エミル・クロニクル・オンライン サーガEX 『機械のガーディアン』

~序章~『虹の光』

 オレは、コックピットのハッチを開け、目の前の光景を肉眼で見ていた。

 虹に似た光を放ちながら、地球から離れていく小惑星。小惑星は地球に落下するはずだった。敵対勢力の作戦で、地球に核の冬を訪れさせるために。

 そして、光の中心にいるのが、我が軍の新型人型機動兵器。

 新型人型機動兵器は、一機で小惑星を押し返そうとした。その姿を見て、オレは戦闘を止め、小惑星に張り付き、自らが乗る人型機動兵器のバーニアを点火させ押し返した。
 気付けば、皆 戦闘を止め、小惑星を押し返そうとした。その間、敵・味方の関係は無かった。
 一部の機体がオーバーヒートを起こし、爆発した。オレが操縦する機体もいつ爆発してもおかしくない状況だった。
 そして…新型人型機動兵器から光が放たれ、オレを含む各機体は小惑星から離れた。『離された』といった方がいいだろう。
 オレの機体はシステムダウンし、ウンともスンとも言わなくなった。状況を確認するため、ハッチを強制開放した。そこに写ったのは、虹のような光を放ちながら、地球から離れていく小惑星。そして、虹の先に『別の地球』があった。

 虹の光を‥『別の地球』を見た時、オレの脳裏にある風景がよぎってくる。
 人、天使に似た者、悪魔に似た者、機械の者が手を取り合い、日々生きる世界。
 その風景を見た時‥オレは何故か郷愁に駆られ、自然と涙が出ていた。
 そして‥そこで、ある姿を見つけた。
 それは、テストパイロットであるが、15年前に搭乗した『新型人型機動兵器』の流れを汲む数世代前の人型機動兵器。
 『RX-78AL-3GU』それが、人型機動兵器の‥いや、相棒の正式名称だ。

「‥お前は‥そこにいるのか……?」
 自然に出た言葉をそっとと呟いた。
 オレは、クーレ・マイスター。階級は曹長。御覧の通り、軍人だ。

“エミル・クロニクル・オンライン サーガEX『機械のガーディアン』”

~第1章~『機械人形』第1話

「けったいなシロモノやなぁ…」
 タイニーかんぱにー、憑依研究室の一画で、二足で立ち、顔を下から上へ移動させた後、四つ足で着いて呟く。
「なあ、コレ、ホンマにアクロポリス地下にあったんか?」
 そのまま、首を180度回して背後を見る。
「ああ本当だ。だが、その仕草は止めてくれ。気分がいいものではない」
 幼女の姿でありながら、どこか妖艶さを持つ、なんでもカウンターの主、受付嬢は、ノーデンスタイニー、通称タイ兄さんに向けて言った。そして、タイ兄さんは顔を向けたまま、ピョンと飛ぶように体を180度回して、受付嬢と正対した。

「エレキテル・ラボのトロン博士達から相談があった。地下を探索中の冒険者達がこれを発見したと。運び出したのはいいが、どうしたらいいのか分からないとな」
「オイオイオイ。メンドウ事はウチもカンベンやで?」
「大丈夫だ。ちゃんと筋は通している。ギルド評議長を始め、各軍のトップに話しをした上でここに持ってきたさ」
「評議長のバアさんはええとして、各軍はええ顔しなかったやろ?」
「確かにいい顔をしなかった。だが‥」
 一拍置いて、受付嬢はニヤリと笑った。
「我が『なんでもカウンダー』には『アイツら』がおるからな。最終的には、『任せる』の一言だったよ」
「あー‥うちのスチャラカ社員どもの事か……。」
 かつて、この世界を救った、多くの冒険者達の顔を思い浮かべた。

「デス‥いや、受付嬢。解析が終わった。」
 声がした方向に二人が顔を向けると、オートメディック・アルマとフォックススロット・アルマの二人がいた。
「結論から言うと、これはDEM勢が製作した物ではない」
「材質、関節、駆動系‥全てが当てはまりません。あの戦い以降、新たなDEMが製作されたという話も聞きませんので」

「まあ‥最悪の状況は回避されたつーわけか」
 タイ兄さんの言葉に、オートメディック・アルマ達は頷いた。
 あの戦い‥ハスターがクゥトルフと融合し、世界を破滅させようとした戦いの事である。
 その戦いの際、エミル族、タイタニア族、ドミニオン族、そして、敵対していたDEM族もが共闘をしたのだった。DEM族の一部の者は『ココロ』に目覚め、同士として同じ道を歩んでいたが、未だ偏見はあった。
 戦い以降、DEMマザーがシステムを掌握し量産をストップ、侵略を企てるDEMがいなくなったわけである。
 だが、それまでに量産されたDEMは数多く、未だに侵略を企てているのが現状である。
 最悪の状況とは、『何者かが新型を開発し、世界を侵略する』という事であった。

「忙しい中、悪かったな。オートメディック、フォックススロット」
「では、私はこれで」
「受付嬢さん、代表、失礼します!」
 一礼をし、踵を返すオートメディック・アルマ達。彼女らの姿が見えなくなるのを確認して、ノーデンスは口を開いた。
「何か、あるちゅーわけやな」
 問いに、受付嬢は一枚の写真を差し出した。
「‥これを見せるのは酷だと思ってな……」
「…なるほど…。お前さんは、優しいやっちゃなぁ…」
 写真を見て、ノーデンスは呟いた。
 そこに写っていたのは、握りつぶされ、または踏みつぶされた数体のフォックススロット、真一文字に両断された巨大なギガンド。そして、その中心で悠然と立つ機械人形の後ろ姿。

「…コイツがやったと言うんか?」
「状況的にな…」
 言葉を交わすと、ノーデンスは後ろを振り返る。
 全長は約2メートル。白と黒を基調としたカラーリング、左右の手首が一際大きく、額にVの字を思わせる青色のアンテナを持つ人型の機械がそこにあった。

「まあ、コイツがやったとして‥握りつぶしたり、踏みつけたりしたんは分かるんが‥真っ二つにしたのは分からんで…。この切断面、どう見ても、『高熱で溶けた』感じやで?」
「それについては、余も見当がつかん。剣士の武器でレーザーブレイドがあるが‥ここまではいかんだろ」
「後な?ワイ、あれを見て、イヤな想像したんやが…」
 二足で立った後、右手を斜め上に突き出す。その先にあるのは、機械人形の右肩に赤く印字された『03』の文字。
「コイツ‥少なくても、後2体いるちゅーことか?」
「かもな……」
 受付嬢は溜息を吐いた後、左肩に注目した。
「だが、この文字を見ると、どうしてもアイツを思い浮かべる」
「ああ‥ワイも、スチャラカ課長の事を思い浮かべたわ…」
 ノーデンスと受付嬢の視線の先には、左肩に赤く印字された『GU』の文字があった。

~第1章~第2話

「へっくしょん!!」
 自分が所持する飛空庭への紐を登り切ると、日課のトレーニングを終えたガーディアンのクーレは大きいくしゃみをした。
「う~ん‥?誰かが噂している?」
 疑問を浮かべたままエレベーターを使い、我が家の前に立つ。
『Bar WildWolf』
 朝の光を浴びて、輝く看板が目に付いた。
 そして、汗で体にピトッと張り付くシャツが気になり、その場で脱いで絞る。
「うへぇ…」
 水を吸った雑巾を絞るかのように出た汗を見ながら呻く。
 絞ったシャツを右肩にかけ、正面の出入り口に手をかけた時だった。
『主様、何ですかその格好は。はしたない』
 守護魔ロウゲツのグランシャリオの顔を思い出したのは。
 この時間は、朝食などの準備でグランシャリオ達が店内におり、このまま入ったら鉢合わせするのは分かっていた。だからといって、濡れたシャツをもう一回着ようという考えが思いつかない。
 しばし考えた後、頭上に電球が現れる。
『裏口から入ればいいじゃん!』
 思いつくと気が楽になり、裏口へと回る。そして扉を開け、そっと中を覗く。中は、しんと静まりかえっていた。
 素早く入り扉を閉めると、忍び足で自室へ向かう。自室に着くと溜め込んだ息を吐き、タオルにシャツとパンツ、ハーフパンツをタンスから出す。
 タオルで体を拭いた後、シャツを着ようと一瞬考えたが、面倒くさいと汗で汚れた体に着るのは嫌だという気持ちが働き、着替えを持って浴室へと向かった。
 先ほどまで慎重だった気持ちは、この時点でかなり薄らいでいた。
 かろうじて、鼻歌を歌いたい衝動を抑えながら浴室への扉を開ける。一歩踏み出した時、クーレの体は固まった。
 視線の先には、人型の姿となったネコマタ・藍のワルツ。それも、下着姿であった。
 口を大きく開け、目をパチクリさせているクーレに、ワルツは慌てて手に持ったバスタオルで体を隠しながら言葉を出した。
「そ‥その…。料理中に衣服を汚してしまって…。あ‥あの‥ぬし様…。じっと見られると‥その‥恥ずかしいです……」
 顔を真っ赤に染めるワルツの言葉を聞き、クーレは慌てるかのように我に返った。
「え!?ああ!ゴ、ゴメン!!」
 そして、180度回転する。ワルツも同じように顔を背けた。
『ワ、ワルツの下着姿………』
『ぬ、ぬし様のお裸……』
 二人は揃って、顔をリンゴのように真っ赤に染めていた。
「…ふわぁぁぁぁぁ~~………」
 その時、大きな欠伸をしながら、清姫・ロアのいろは が現れた。
 淡いピンクのパジャマを着た彼女が眠たい目を擦った後‥現れた光景に目を大きく開けた。
「‥‥きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
 叫び声を上げながら、いろはは後ろへと倒れ込む。目の色をハートの形にして。敬愛する、クーレの裸体を見たからだ。
 クーレは地面に倒れ込む直前で、いろはを抱きかかえる。間一髪、頭が地面にぶつかる事は無かった。
「‥‥だんな様、これはどういった状況でしょうか?」
 声がした方向を見ると、シーホース・アルマのリースがいた。薄い水色のネグリジェを着た彼女は、ニコニコ笑顔を浮かべ、背後に『ゴゴゴゴゴ…』という擬音とともに愛用のトライデントを構えていた。

「どうした!?何かあったか!?」
 悲鳴を聞き、ワーウルフ・ロアのイオリが駆けつける。朝食の準備をしていたのか、テンタクルス・アルマのアップリケが付いたエプロンを着けていた。
「…きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
 そして、悲鳴を聞くと同時に、イオリの顔面に洗濯カゴが激突する。ワルツが投げた洗濯カゴが。
 洗濯カゴが顔から離れると同時に、イオリは静かに後ろに倒れ沈黙した。

「…また、朝から元気だネ‥」
 赤と白の横線が入った寝間着に、同じ模様の入ったナイトキャップを被ったアルカナハート・アルマのシカープは、苦笑を浮かべながら右頬をポリポリ掻く。

「つんつん。つんつん。わんわん君、沈黙確認、にゃー」
 白地に黒のケット・シーのイラストが無数に刺繍されたパジャマを着たバステト・ロアのメアは、右手に持ったパペットでイオリの右頬を突いた。

「うーん‥昨日、飲み過ぎちゃったから、静かにしてほしかったなー……」
 いつもの服で左手に空の一升瓶を持った、守護魔トワのミアーヤは右手で頭を抑えながら呟く。

「‥キサマら…!余の安らかな眠りを邪魔をして……!!」
 神魔バハムートのバハムルは怒りの表情を浮かべながら、右手に赤色のエネルギーを収束させる。
「ZZZZZ…」
 スリーピーのアルルはこんな状況にも関わらず、バハムルの左手に抱きかかえながら、安らかな寝息を立てていた。昨晩はバハムルの抱き枕とされていたようだ。

「オッホン!」
 咳払いの音を聞き、一同、我に返ったかのようにその方向を見た。
「皆様、ご朝食の準備が整いました。冷めない内にどうぞ」
 グランシャリオは眼鏡をクイッと直した後、ニコリと笑顔を浮かべるのであった。

~第1章~第3話

 今日の朝食は、主食は米。副菜として、焼き魚に大根おろし、焼き海苔、大豆を発酵させたナットウ、ミソスープ。アルルには、野菜サラダが用意されていた。
 一同は、店内の床にシートを敷き、中央に置かれた丸テーブルを囲み座っていた。
「あ…ぬし様、お代わりはどうでしょうか…?」
「え?あ、ああ。山盛りで…」
 クーレから空の茶碗を受け取り、おひつからご飯を盛るワルツ。先ほどの事が頭に残っているのか、二人は頬を赤く染めていた。

「はぁ~~…♪今日は、朝から素晴らしい物が見られたわ…♪最高の一日になりそう…♪」
 両頬を両手で押さえながら悦に入いるいろは。

「あら♪今日のお海苔は美味しいですわね♪」
 事情を聞き、怒りを静めたリースは、焼き海苔で包んだご飯を口に入れ、舌鼓を打っていた。

「む‥まだ痛むな…」
 イオリは、右手で顔を押さえながら呻く。
「わんわん君、お魚いらないの?じゃ食べてあげる。猫はお魚が大好物、代わりに大根おろしをあげよう、にゃー♪」
「コラ!メア!勝手に取るな!!」
 その隙を狙って、メアが焼き魚に向け箸を伸ばした所で一喝した。

「うーん。今日のミソスープは美味しいネ☆お代わり行くけど、他に欲しい人いるカナ?」
「あ、お姉ちゃんにお代わりちょうだーい♪飲んだ次の朝は、貝のミソスープが美味しいのよねー♪」
 シカープはミアーヤから椀を受け取ると、鍋からミソスープを注ぐ。

「ふむ…。このナットウという食物は、いつ見ても面白いな!かき混ぜるたびに粘りが増すぞ!」
 ナットウをかき混ぜるたびに白い糸を増やし、粘りを増す姿をバハムルは興味津々に見ていた。

「今日もお野菜、美味しいメェ~♪」
 シャキシャキのレタスを食べながら、アルルは幸福の笑顔を浮かべる。

「ふう……」
 食後の紅茶を飲みながら、グランシャリオは感嘆の息を漏らした。彼の食器はキレイな魚の骨が乗っているだけ。まるで、出したばかりの食器のように光っている。やはり、この執事はただ者ではない。

 これは、彼らにとって『変わらぬ日常』。そして、一番大事にしている事だった。

「ところで、主様。今夜のシフトはいかがなさいますか?」
 グランシャリオはティーカップを置くと、ちょうど湯飲みから口を離したクーレに尋ねた。クーレは湯飲みを丸テーブルに置くと、腕を組んで思案する。
「う~ん‥?今日は水曜日だから‥」

「あ、ゴメン☆ボク、ノーザンに行かなきゃいけないんダ☆帰りは‥明日になっちゃうカモ」
「む‥オレもファーイーストの方に用事が…。すまん」
「だんな様、申し訳ありません。本日、のじゃ様と学校運営の方針会議がありまして…」
「私も‥アルカと遊ぶ予定を…。あ、心配しないでくださいよ!遅くなるかもしれませんが、それ以上の発展はありませんから!断じて!!」
「私も友達と遊ぶ予定。最近知り合った子と。にゃー」
「ボクは、峠でバトルの予定だメェー♪」
「お姉ちゃんは、アカリちゃん達とウルゥ様の様子を見に行くの。クーレちゃん、ゴメンね?」
 こればかりは強制できない。クーレは軽く溜息を吐くと、残りの3人の顔をチラッと見る。
 バハムルは我関せずといった顔をしていた。実際、店の仕事も気まぐれでやってくれるわけだし、改めて頼もうとも思わなかった。
 グランシャリオは、頼めば手伝ってくれるだろうが、今まで仕事をしてくれているので、のんびりできる日は休ませたい。
 ワルツは‥朝の出来事もあるせいか、顔を合わせるたびに顔を真っ赤にしていた。それはクーレも同然である。暫く、お互いに落ち着く時間が必要だろう。

「水曜日はお客さんがあんま来ない日だから、僕一人でやるよ。営業時間も午後5時から午後10時までだし。今日は、自分の時間をゆっくり過ごして」
 笑顔を浮かべながらクーレは言った。
 クーレは、冒険の傍らBarの仕事をしている。
 世界滅亡の危機を救ってからは、冒険よりBarの仕事が多くなっていた。
「分かりました。まあ、私とワルツ様は残っていますから」
『何かあれば呼んでください』この言葉を笑みで伝える。ワルツも伝えようとしたが、クーレの顔を見て顔を真っ赤に染め、視線を下に移す。バハムルはそんな光景を見ながら、大きな欠伸をした。

「じゃ、今日はそういう事で。ごちそうさまでした!」
 クーレは手を合わせながら礼をすると立ち上がり、食べ終えた食器を片付ける。
 
 そして夜、この時の選択を後悔する羽目となった‥‥。

~第2章へ続く~

~第2章『それぞれの夜、未来、悪意』~第1話

 その夜。Bar WildWolfは、多くの客で賑わっていた。

「マスター、次はジントニックをお願いしまーす♪」
 ピンクの髪をツインテールにまとめたエミル族のはにゃ は注文をすると、隣に座っているパンダマスクに白のタキシードを着た冒険者と会話を続けた。時折、『師匠』と呼称しながら。

「賑やかなお酒がおいしくて‥まだ呑みたくなっちゃうね。チェイサーのおかわりくださーい!」
先ほどからワインを勢いよく飲んでいるタイタニア族のパリ☆ミは、サングラスを光らせながら手を振る。

「えーっと・・・後ででも構わないから、次は軽めのカクテルでも・・・いいかな?」
 右目に眼帯、胸にはさらし、狐火と暗い赤の羽を持つ、銀髪のタイタニア族のアイアンウルフは、見た目と異なり、やや控えめに注文をした。

「すみませーん♪このナッツ美味しいんで、いくつかお土産でいただけませんか?きゅ♪‥あ、何でもないです♪」
 せつこは、バツが悪そうに舌を出して誤魔化す。姿こそエミル族の女性であるが、その正体は『想いの力』で人になった、モモンガであった。

「クーレさん、クーレさん。何か食べる物ちょーだい♪バナナ以外でね♪」
 右目を眼帯で隠した銀髪のDEM、Ragdoll(ラグドール)はニコーと笑いながら、
「美味しかったら、お持ち帰りも!うおんとフラットにも食べさせてあげたいの!!」
 ‥なかなか無理な注文をした。

「ちょっとマスター!こっちのグラス、空なんですけどー!」
 ドミニオン族の女性で、赤い長髪を持つビブリアは、空になったタンブラーをクルクル回しながら言った。
「お、おいビブリア…。ここではそういう注文は…」
「うっさい!神様!!私は飲みたい時は飲みたいのよ!!」
 隣に座っていた、『土地神』の名を持つドミニオン族、エラトスに、ビブリアは酔った勢いで噛みつくのであった。

「ほほう‥これは良い‥良いですなぁ……♪」
「なのじゃー♪」
 そんな喧噪を見ながら、ウイスキーが入ったグラスを傾け、恍惚の表情を浮かべるエミル族、三次職ハーヴェストの『豊衣』が実によく似合う吉村みつ。
 高級ジュースを飲みながら笑顔を浮かべるタイタニア族、クルシェンヌ。思わず、モフりたくなる無数の尻尾を嬉しそうに振っていた。

 そして、それはバーカウンターに限らない。カウンターから離れたテーブル席も客が座っていた。
「いやー♪一仕事後のシンデレラは美味しいねー♪って、どうしたのカシス?あたしの顔をじっと見て」
 丸テーブルを挟んで、3人掛けコーナーソファーの右側に座っているエミル族の女性、サラ・チャーチは飲んでいたノン・アルコールカクテルをテーブルに置くと、ニコニコ笑顔を浮かべながら斜め向かいに座るDEMの女性カシスに疑問の声をぶつける。
「いえ、美味しそうに飲むサラ サンがカワイイと思いました」
「カ、カワイイ!?じょ、冗談言うな-!」
 一見ボーイッシュのサラは、顔を真っ赤にしながら勢いよく立ち上がった。その赤みは、怒りのためか恥ずかしさのためか、本人にしか分からない。
「…はい、やっぱりサラ サン、カワイイです♪」
 口調は静かだが、ニコニコ笑顔がそれを物語る。カシスが言うと、サラの顔が更に真っ赤になり、今にも掴みかかりそうな雰囲気になる。
「サラさん、カシスさん」
 そんな中、二人の間に座っていた、タイタニア族の女性マナ=ティアースは静かに口を開く。その声を聞き、二人の体がピシッと凍り付く。
「ここでは、お行儀良く飲みましょう。ね?」
「「は、はーい…」」
 微笑を浮かべるマナの顔を見て、サラとカシスは背筋を伸ばして座ると、それぞれの飲み物を口に運ぶ。それを見て満足したか、マナは静かにノン・アルコールカクテルのシャーリーテンプルを口に運んだ。
 一見、静かなマナの口調であったが、付き合いが長いサラとカシスは直感で感じた。『この声は怒っている』と。

「はい、お待たせしましたジントニックです」

「どうぞ、チェイサーです。今度、エル・シエル産のワインが入荷予定なので、楽しみにしてくださいね」

「ボストンクーラーです。酒の量を少なめに、ジュースを多めにしました」

「はい、用意しておきますので、会計時に受け取ってください

「ラグさん、じゃ生チョコはどうですか?美味しさは、覇王様公認!お土産にもできますよ」

「失礼しましたお客様。では、お次はブラッディメアリーはどうでしょうか?エラトスさんには、ブラッディシーザーをおすすめしますが…」

「みつさん、クルさん、どうぞレーズンバターです。作りすぎたので、サービスという事で」

 次々来る注文を、クーレは笑顔を絶やさず、こなしていった。
『何で週の中日なのに こんなに忙しいのーーー!?シフト間違えたーーーー!!』
 だが、心の中では泣いて叫んでいた。だけど、後悔はしていない。少なくても、来てくれた客が、少しでも楽しめたら。

「あ、サラさん、カシスさん、マナさん。騒ぎ立てるのは大歓迎です!だけど、物は壊さないでくださいねー!」
 クーレの冗談に、サラ達を含む店内の客が一同に笑った。この笑顔がクーレの原動力だ。クーレは、次々と仕事をこなしていった。

~第2章~第2話

「ふうー‥‥‥」
 安堵の溜息が漏れたのは、閉店10分前。客が一気に引け、流し場には大量の洗い物が残っていた。レコードプレイヤーからは静かな音楽が流れ始めた。
「珍しく、今日は盛況だったな」
 額に浮かんだ汗を拭い、洗い物に手をかけた時、カウンター奥に座っていた男が言葉を発した。
「すみません、お相手できなくて‥」
「こっちが無理言ってここにいるんだ。マスターが謝る義理は無いさ」
 言うと、男はロックグラスに入った琥珀色の液体を飲み干すと、傍らにあったボトルを手に取り、グラス4分の1ほど注ぐ。そして、すぐに一口含み、味を確認しながら飲むと、頬杖をついた。
 男は、今日一番の客だった。
「すまないが、閉店になるまで飲みたい。キープしているボトルとグラスをくれれば、後は勝手に飲る」
 普通ならば断る所だが、男はクーレの知り合いであった。思い詰めた顔つきもしていた事から、この頼みを快諾した。途中、話の相手をしようと思ったが、予想以上の客の入りで、それが叶わなく、機を逃してしまったのである。
 静かな音楽が流れる中、洗い物の音が響く。クーレはチラッと、カウンターバー内部の置き時計を見た。
 後10分で終了だが、クーレは楽観的に考えない。常に最悪の事を考えている。
「いらっしゃいませ」
 扉が開くと同時に言葉を出す。来た客を不快にさせぬよう、笑顔を浮かべて。
「あ、あの~…。閉店前だけど‥いいかな…?」
 忍を思わせる紫と黒を基調とした衣装を纏った女性‥サチホは、おずおずしながら尋ねた。
「まだ、営業時間です。お気になさらずに」
 クーレの笑顔を見てサチホは安心した表情を浮かべると、カウンター席中央に座る。
「ご注文は?」
「あの‥ちょっと相談というか、頼み事があるんだけど……」
「…とりあえず、一杯どうでしょうか?ミモザをおすすめしますが」
 クーレの笑みにつられ、サチホはミモザを注文した。
「マスター、金はここに置いていく。釣りはいい」
 それと同時に、男は会計以上の1000ゴールドをカウンター上に置くと、傍らにあった大きめの片手剣を腰に携え、店を出た。
「またのお越しを」
「…ああ、またな」
 顔を向けると、男は店を出た。
「…それで、頼み事って?」
 店の扉が閉まり、一呼吸置いて、クーレはサチホに尋ねた。

『Bar WildWolf閉店、またのお越しをお待ちしております』
 店と飛空庭に終了を告げる看板を掲げた後、クーレはネクタイを緩めながらバーカウンターの中に行く。ロックグラスにウイスキーを注ぐと、薬草タバコに火を点け、煙を吸う。
「フウー………」
 吐いた煙が四散し、薬草タバコから紫煙がゆらめく。最近、薬草タバコを吸う事を覚えた。それでも、店が終わった後や一人の時でしか吸わない。右手で火の付いた薬草タバコを持ちながら、空いた手でロックグラスを持ち、琥珀色の液体を口に運ぶ。通常のウイスキーよりアルコール度数が高めだが、一仕事を終えた後は格別な味だった。
 そして、サチホの頼み事を思い返す。冒険パーティーの誘い。それは、モーグのファイターギルドからの依頼。
『光の塔の遺産を不正に横流ししている者の発見、確保』
 当初は、サチホが『兄様』と慕うエミル族のカーディナル‥くるすと行うはずだったが、ファイターギルドからストップがかかった。未だに、スペルユーザーギルドと犬猿の仲らしい。
 そして、サチホのみが行うと言ったら、くるすは猛反対。
『そんな危険な任務、お嬢様だけで行かせません!』
 では、他の者と…言っても、
『どこぞの馬の骨とお嬢様が組むなんて!!』
 やっぱり、猛反対されたらしい。依頼主もサチホが世話になった者なので、この依頼は受けたい。
『では、クーレさんと組むなら許します。盾役で回復手段を持つガーディアンなら、こちらも安心します』
 これが、依頼を受ける条件であり、頼み事であった。クーレは快諾、サチホはホッとし、ミモザを飲み終えると閉店直前で店を出た。そして、現在に至る。
「それにしても‥何で僕ならいいんだろ?」
 呟くように言うと、仮面を被り、見た目がファイター系のカーディナル、くるすを思い浮かべながら、薬草タバコの煙を吸った。

~第2章~第3話

「はい、兄様。ガーさんのOKが出ました。はい、はい‥フフフ、ではまた♪」
『ピッ』
 持っていた携帯端末の操作をした後、サチホは軽い溜息を吐いた。
  この携帯端末は過去の産物である。『想いの力』を利用し、遠くの望んだ相手と通話ができる代物で、アクロニア全土で広まっている物であった。

 話は変わるが、この携帯端末以前にも伝達手段はあった。
『ウィスパー』
 言葉の意味では『囁く』だが、これは相手の顔と名前を頭にイメージし、『この人と会話したい』という念‥今の言葉で言うなら、『想いの力』を使って会話する手段である。想いの力を受け取った相手が反応すれば、その相手との会話が出来るのだが‥一つ問題があった。それは、リングメンバー、パーティーメンバーにも同様の事ができるのである。
 仮に、ウィスパーを飛ばした時、個人とリングなどの団体が重なったら、有利に働くのは団体である。1対1より1対多数の方が、想いの力が勝るからだ。そのため、個人に話していたつもりが、いつのまにかリングメンバーなどに話しかけている事もあった。間違いに気付いた時、「ごめん、ごばく♪」と誤魔化した事から『誤爆は文化』という言葉が広まった。
 だが、この携帯端末が広まってからは、それは無くなった。互いの携帯端末に互いのデータを登録しておけば、相手の名前と顔をイメージしなくても会話ができるからだ。現状、想いの力で交信するのは変わらないが、将来、通信手段が確立できて、想いの力を使わなくても会話ができるかもしれない。そして、話は戻る。

「兄様ったら‥心配してくれるのは嬉しいんだけど……」
「どうして、クーレさんならいいって言ったのかしら?」
 腕を組みながら悩んだが、答えが出ない事を察し、ワイルドドラゴ・アルマ達が待つ自分の飛空庭の紐を出した。

 男は、アップタウンのベンチに座っていた。冷たい夜風が、酔った体にとても気持ちよかった。
 今日は一人でとことん飲みたくなった。知り合いの店主に頼み、閉店まで自分のボトルで飲むと決めた。閉店まであと僅か。一人の客が現れ、店主に頼み事をしようとしていた。周りの客は自分しかいない。聞いてはまずいと思い、席を立った。4分の3あったボトルは、後一杯分しか残っていなかった。名残惜しかったが、また、ここに来られると納得し、店を出た。
「‥‥今日は寝るか」
 立ち上がり、傍らにあった片手剣を腰に携え、ダウンタウンの方向へ歩いて行く。アップタウンの街灯が男の短く刈った金髪を照らす。まだ、駆け出しの頃に世話になった宿場で寝る事にした。今日はそんな気分だった。
「今度は‥西の方に行ってみるかな……」
 男‥金髪の剣士リュウドは、呟くように言った。

「着替え良し!お土産良し!えっと‥後は‥」
「相棒!チケットを持ったか?これが無いと、天まで続く塔の島まで行けないぞ!」
 一見、クマのぬいぐるみ に見えるタイニーゼロの指摘を受け、女性はハッと気付く。
「うんうん♪一番大事だよねー♪さすが、ゼロちゃん♪」
 女性はタイニーゼロを抱えると、優しく頭をなでた。
「う~ん♪やっぱり、相棒のなでなでは最高だな!」
「ありがとね、ゼロちゃん♪」
 笑みを浮かべると、タイニーゼロをそっと地面に置き、タンスから一枚のチケットを出した。
「けど、おばあちゃんも勝手だなー。『孫が産まれたなら挨拶に来ないかい』って。リーガルが産まれた時、一緒に立ち会ったのに。」
「きっと、照れ隠しだと思うぞ!」
 タイニーゼロの指摘に、女性は微笑を浮かべた。女性の母親と祖母は、とある事で勘当寸前までいっていた。時が流れ、ある事をきっかけに、その仲が修復された。今回もタイニーゼロが指摘する「照れ隠し」だろう。
 本来なら、両親と二人の妹達と祖母の所に行く所だが、明日、所持する飛空庭の定期メンテナンスで、職人に飛空庭を預ける手続きがあるため、女性一人が遅れて行く事となった。
「冒険では何回か行ったけど、家族揃っておばあちゃんの家に行くのは初めてだなー♪」
「相棒!楽しみだな!久しぶりのタイタニア界だな!!」
 女性は笑みを返すと、タイニーゼロを抱きかかえ、寝室へと向かう。
「ゼロちゃん、おやすみ♪それと…おやすみ、旦那さん…♪」
 明かりを消し、ベッドに入り、遠方にいる『最も大事な者であり、一番の理解者』の顔を思い浮かべた後、タイニーゼロを優しく抱きながら両目を閉じる。
 彼女の名はロロピアーナ。ハイエミルで元ホークアイ。何故なら、ある戦いの後、ホークアイの力を失っていたからだ。

~そして、時は遙かに流れる~

 男は執務室の椅子に座りながら、机の陰に隠れるよう、携帯端末を操作していた。
「また、ガセネタ拾いか?」
「情報収集と言ってほしいな」
 右目を眼帯で隠した男にニヤリ顔を浮かべながら答えた。
「見てよ、これ」
 男が携帯端末の画面を眼帯の男に見せる。
『怪奇!?光の塔で発見された黒い影!!』
「アナザーじゃない?」
「‥断定はできんが‥」
 明確な回答を受ける前に、男は椅子から起ち上がり、クロークにかけてあった赤色のマントを羽織る。翔帝の鎧を纏った男に赤色のマントが映える。
「お前自身が行くのか?」
「たまには、みんなを休めさせないとね」
「‥単に、書類仕事が嫌になっただけだろ?」
 眼帯の男の言葉を無視するかのように、男は机の上に積み重ねられた大量の書類を黙殺し、細剣を左腰に携える。その細剣は銀を主体とし、血の色のようなラインが入っている事から、『血剣ダインスレイブ』と呼ばれていた。
「‥‥」
 眼帯の男が無言で傍に行こうとすると、男は携帯端末を再度見せる。
「大丈夫だよ、このアプリの性能も試す所なんだから」
『これで迷わない!誘導の妖精プリムラ』
 それを見て、やや困惑した表情を浮かべる。男の方向音痴がこれで治るのかと不安に駆られながら。そして、思い出したかのように口を開いた。
「だが、モーグ共和国に行くのは問題あるのではないか?」
 男は『治安維持部隊』と呼ばれる部隊の総隊長。その権威はアクロニア全土に広がるが、ノーザンやアイアンサウスなど、アップタウンとは別の国家に対しては有事に関して以外は不介入とされていた。
「大丈夫だよ」
 男は左腕を曲げ、親指を後方の執務机へと向けた。眼帯の男が確認すると、机の上に『カセドラル鉱山の閉山における報告書』と書かれた書類が置かれていた。
 カセドラル鉱山とは100年以上前、モーグの大富豪カセドラルが所有していた鉱山である。中では稀少な鉱石が採掘され、鉱石コレクターとして有名なカセドラルが冒険者達や鉱夫を募り、鉱石を採取させていた。彼の死後、モーグ共和国が権利を買い取ったが、年々鉱夫の希望者が減り、また岩から噴出する毒ガスによって、採掘箇所も徐々に縮まっていった事から、現在、閉山する形となったわけである。
「鉱山には、世界を冠する竜の使い魔がいたという逸話もあるし、鉱石も魔力が込められているという話もあるからね。本当に閉山したのか、また封印状況はどうなっているのか、僕が行くのに十分な理由になるでしょ?」
「だが、それと光の塔とどうつながるんだ?」
「モーグ市長に、『ついでに光の塔も視察したい。視察が終われば、数年は大丈夫かな?』って打診したら、喜んで飛びついてきたよ」
 首だけを回し、悪そうな笑顔を眼帯の男に見せる。
『目的のためなら手段を選ばない』
 この単語が、眼帯の男の頭に浮かんだ。
 ちなみにこの時代、光の塔はモンスターの発生が激減した事から、テーマパークのような観光名所となっていた。激減したとはいえ、安全確認のための視察は入る。次の視察までの期間が長ければ、その分の収益がモーグに入るのだ。
「それじゃ、行ってくるね。2日で戻ってくるよ」
 踵を返し、執務室を出ようとする。
「待て」
 呼び止めると、眼帯の男は手の平サイズの長方形の形をした物を男に放り投げた。
「ん?おっと。これは?」
 片手で受け止めると、男は尋ねる。
「簡易型のイリス武器発動装置だ。今日、試作型が完成した。一回だけアナザーを発動させる事ができる。一応、持って行け」
 イリス武器とは、この世界で『アナザー』を発動させるための武器である。詳しい説明は省くが、この武器と『アナザー』が宿る本が無いと『アナザー』が発動しない。強力な力を宿る『アナザー』の回収は男達の最重要任務でもあった。
「まあ、使う機会は無いと思うけどね。じゃ、行ってくるよ」
 笑みを見せた後、執務室のドアを開け出て行く。いい気分転換になる、男‥ハイエミルのキリヤナギは、爽やかな笑顔を浮かべた。
『そっちじゃなくて、みーぎ!』
 携帯端末からの音声に、キリヤナギは渇いた笑みを浮かべながら方向を修正した。
「‥‥本当の目的はこっちじゃないのか?」
 一人残った執務室で、眼帯の男は書類を手に取り、その下にあったカラー写真のチラシを呆れた表情を浮かべながら見ていた。
『モーグ限定カップ麺!シーフードミルクメン!新発売!!』

~第2章~第4話

  オレは敗れた…。
 無数に別れたオレの分身も全員、冒険者どもに敗れた……。
 …憎い…
 憎い憎い憎い憎い!
 にくいにくいにくい!!
 ニクイニクイニクイ!!!
 『一部のオレ』は戦闘後に満足したのか、何も残さず消失した。
 『一部のオレ』はアイツの言葉に耳を貸し、そのまま吸収された。
 そして、オレは…。敗れた後、別次元に渡った。
 戦いが常に広がり、束の間の平和でも常に憎しみが広がる世界。それが、直感的に感じられた。
 そして、オレは何かに引っ張られる感覚に陥られた。
 気付いた時、オレは機械人形の中にいた。周りにいる人のサイズから、18メートルはあるだろう。
 そして、オレの中‥正確には、機械人形の中に一人の人がいる事に気付いた。
 そいつの思考を読む。この機械人形の操縦者で、隙あれば強奪する算段を立てていた。いわゆる、スパイというやつか。
『‥面白い』
 まず、オレはコイツを操る事にした。外部ならまだしも、内部にいれば操る事など動作も無い。
「では、これより起動実験を‥はぐあわのばがら!?れ、レヴァ……」
 それが、ヤツの最後の言葉となった。オレの体を動かすのだ。命などいらん。
 周囲が慌てふためく。どうやら、コイツの言葉を聞いたからだろう。一人の人がオレの胸の辺りに近づいてくる。水中というわけではないが、まるで泳ぐような動作をしたのが気になったが、そんな些細な事はどうでもいい。問題なのは『外から操作し、中を確認しようとした動作』をした事だ。オレは胸の辺りで操作している男を左手で掴むと、
『グシャ』
 そのまま握りつぶしてやった。そして、そのまま壁に投げつける。
 辺りから悲鳴が響く。ククク、いい声じゃないか。そして、血が泡のように無数浮かぶ風景を見て思い出した。確か、オレの記憶にある。ここは宇宙だ。
 右を見ると、上下左右に筒のような物が備わった、オレが入っている機械人形より長い銃のような物を見つけた。頭の中に単語と性能が浮かぶ。
『ロング・レールガン。プラズマを収束させ放つ銃』
 オレはそれを手に取り、前方に構える。中央に電気のような物が集まり、やがて、一つの球となった。それを発射する。
 前方の壁が激しい爆発とともに崩れ、その先に漆黒の闇と無数の星が出現した。人どもが宇宙空間に放り出される中、オレは外に出た。ある程度の距離を取って振り返ると、全長30メートルくらいのシャトルが見えた。なるほど、あれを拠点にして、これを作っていたのか。
「03チーム!応答せよ!こちら02チーム!」
 シャトルからの無線が響く。ちょうどいい、コイツの最大出力を試してやろう。
 ロング・レールガンをシャトルに向け、チャージする。先程は最低出力で撃ったが、最大となると時間がかかる。やがて、プラズマの球が形成され、シャトルに向け発射される。
「HAが強奪!ハス………」
 無線の声が途絶える。ブリッジは消失し、シャトルは「く」の字に曲がると、派手な爆発を起こした。
 …ククク…ハハハ!ハァ~ハッハッハツ!!!!
 声が出たならば、オレは高笑いをしていただろう。何という力だ。クゥトルフと融合した時よりもスゴイではないのか?開発して、それに滅ぼされる人の滑稽な姿は実に愉悦だ。
 そして、オレはある一つの気配に気付く。
 この気配は‥アイツだ!
 分身になっても、オレ達は意識を共有していた。アイツと戦ったオレは、戦闘に満足して消えていったが‥オレは違う!アイツに関しては憎しみしかない!
 この世界のアイツはアイツと違うが‥同じ事は変わらん。まず、お前を消してやる。恨むなら、あっちの世界のアイツを恨むがいい。
 オレは背後のバーニアを噴射させ、アイツの元へと急ぐ。
 待っていろぉぉぉぉ!!クゥゥゥレェェェェ!!

 …気付くと、オレは下半身を失った状態で宙を漂っていた。
 何も無い空間。自分以外は闇に支配された世界。まれに光が点き、すぐに消える世界。
 そこで、オレは思い出した。
 オレは‥再び負けたのだ。
 アイツに…!クーレに…!クーレが乗っていた機械人形に…!!
 オレの攻撃で、ヤツの機械人形を沈黙させた。
 『勝った』と思った。
 だが‥破壊、廃棄されていた建造物から放たれた放電を受け‥ヤツの機械人形は再び動いた。
 ありえない‥ありえないありえないアリエナイ!!
 ヤツの機械人形は、持っていた槍をオレに突き刺す前に‥乗っていたクーレを脱出させていた。
 そして‥槍に突き刺されたオレは‥何かの攻撃を受け、負けた…。
 ちくしょう…ちくしょうちくしょうチクショウ!!
 恨みの声を上げ、暫くすると落ち着いてくる。
 オレは、中に『人間』がいる事を思い出す。
 意識を中に集中する。人間は体がバラバラになっていた。だが、頭は残っていた。
 頭が残っているのは幸運だった。情報を引き出す事ができるからだ。
 頭をのぞき、オレの体の情報を集める。
『RX-78AL-3HA』
 それが、オレの体に付けられた名前だが、そんなのはどうでもいい。
 オレが欲しいのは、ロング・レールガンと両肩にある武器以外の武装の情報だ。
 そして‥オレが求めている情報を引き出した。‥なるほど、オレはこういう武器を扱えるのか…!
 オレは意識を集中させる。完成体になるために。アイツらは『想いの力』と呼んでいたが、どうにも虫酸が走る。『恨みの力』…この方がしっくりくる。
 素材は、オレの中にいる人間を使ってやろう。光栄に思うがいい。死んでもオレの力になれることを。
 周りの闇より、一際濃い闇がオレの体を包んだ後‥オレは、失った下半身を取り戻していた。右手にはロング・レールガン、左手にはオレの身長よりやや短めのライフル銃。そう、オレは完全たる姿を手に入れたのだ。全長がかなり短くなったと感じるが、些細な事ではないだろう。
 次に、オレは今いる空間を確かめる。
 一瞬に光る光‥それに集中する。
 そこに写っていたのは、とある世界。それは、一つでは無い。光のたびに、別の世界が映し出される。オレは理解する。ここは、「次元の狭間」だと。
 なら、焦る必要は無い。オレが知る世界が出れば、その世界に行けばいい。そして、その世界を破滅させ、次の世界に行き、また破滅させる。
 ククク‥面白くなってきたじゃないか…!
 オレは、高揚感に浸りながら、自分の武器などをここで試す事にした。

~第3章へ続く~

~第3章『邂逅』~第1話

「クーレさん、手続きは?」
「今、終わった-。けど、この一回限りのスタンプ、どうにかならないのかね…」
 紫と黒を基調とした『忍』のような衣装を纏ったサチホが、にこやかな笑顔を浮かべていたの対し、翔帝の上半身に膝や具足に装甲が付いた下半身、グロリアスマント、頭に闘牛の鉢巻きを着けたクーレは、右手の甲に付いた『光の塔行きOK』と記されたスタンプを見ながら、げんなりしていた。
“クーレさん、分かってますけど、重要な事はパーティーウィスパーでお願いしますね”
“OK、分かってますよ”
 頭に響いた声を聞きながら、サチホに向けて親指を上げる。それを見ると、サチホはニコッと笑った。
「じゃ、光の塔に行きましょう!久しぶりですー♪」
「上手く、素材が集まるといいね♪」
 両腕を上に上げるサチホに対し、クーレは笑顔を浮かべて言った。
 これは、『ふり』である。実際は、『光の塔の遺産を不正に横流ししている者の発見、確保』だ。二人は、『素材を集める冒険者達』を装っていた。どこで、誰が聞いているか分からないからだ。
「ところで、クーレさん。翔帝装備、随分と変わっていません?」
 サチホは、光の塔に向かう発着場に向かいながら、先を進むクーレに口に出した。
「これ?ほら、あの戦いで装備がボロボロになっちゃってね。知り合いの所に、修理と改修を依頼したんだ」
 右手でドラゴンスピアを肩に担ぎながら、歩を止めずに言う。
 あの戦い‥この世界を滅ぼそうとした、ハスターとの戦いだった。
「‥それで、五体当地スライディングした後、頼み込んで‥って、サチホさん、何笑っているの?」
「ぷっ‥ふふふ…。ご、ごめんなさい‥五体当地スライディングがツボに入って‥ぷ、くく…」
 歩を止め、腹を抱えながら笑うサチホに、クーレは振り返りながら歩を止めると、左手で頭をボリボリ掻いた。
“はいはい、自分でも何であんな事したのか分かってないんだから…。ほら、任務行きますよ”
“ふふふ‥ご、ごめんなさい…。けど、カッコイイですよ♪”
“でっしょー♪それに、この防具には、ある秘密があるのだ!”
“えっ?どんな秘密ですか!?”
“それは…?”
“秘密です♪”
 右人差し指を口に当てながら、うさんくさい笑みを浮かべたクーレに、一瞬呆気に囚われた後、サチホは軽い溜息を吐いた。
「はい、ちゃっちゃと行って、素材集めましょう」
「…悲しいなぁ…」
 クーレを追い越し、サチホは光の塔に向かう飛空庭へと歩を進める。クーレも行こうとしたが、一人の同行者がいない事に気付いた。見当はつく、たぶんあそこだろう。
“ごめん、先に乗ってて。迎えに行ってくるから”
“迎え?あ、そういえば、いつの間にかいなくなってましたね…”
 短いウィスパーを終えると、クーレは飛空庭へのルートから外れ、目的地へと歩を進めた。目的地に近づくにつれ、生臭いニオイが強くなっていく。着くと、20メートル四方の広さにセメントの床と雨を避けるためだけの屋根が付いた小屋が目の前にあり、10人の男達が黙々と木箱に入った大量の魚を仕分け、加工作業をしていた。

 モーグはモーグ炭しか無いと思われがちだが、漁獲量は各国と比べて年間1位である。曇りが多いこの国では農耕に適しておらず、食物は肉、海に面しているため、特に魚が主である。だが、ただ単純に釣りをしただけではこれだけの量は捕れない。インスマウスに似た古の民との盟約もあり、船を海に出して漁をする事もできない。
 では、これだけの量をどうやって捕るのか?答えは、軍艦島からモーグへ、モーグから光の塔へ向かう飛空庭から網を放り投げ、漁をしているのだ。そのため、飛空庭はギリギリの高度で低空飛行する。稀に古の民を巻き込む事もあるが、その場の謝罪と捕れた量の4分の1を渡す事によって免罪されている。

 そして、黒い修道服に似た服を着た少女が、尻尾を左右に振りながら 魚の加工作業をじっと見ていた。
「……じゅるり、にゃー」
「メア」
 クーレが呼ぶと、メアはハッとした表情を浮かべた後、トコトコとクーレに近づいていった。
「クーレ、お魚が食べたい、ネコは要求する、にゃー」
「お仕事終わったら食べようね、モーグの魚料理は美味しいから」
「それは楽しみ、にゃー♪」
 頭を撫でられたメアは、至福の表情を浮かべる。その時、着ている鎧、持っている槍が震える様に感じた。クーレは、左手で鎧、槍の順で撫でる様に触る。すると、感じた震えは無くなった。最後にマントを撫でると、光の塔に向かう飛空庭へと向かう。メアは、クーレの後ろをトコトコと歩いて行った。


 時、同じくして。
 青色のコートに黒のロングブーツ、ダークブルーの鉢巻きをした金髪の剣士‥リュウドは、モーグ行きの飛空庭に搭乗した。
 飛空庭には航行中の待機場所としてゲストハウスが設けられているがそこには行かず、腰に携えていた青色の片手剣を傍らに置くと、外に設置されていたベンチに座った。航行中、飛空庭全体に魔力のバリアが貼られるため追い風で飛ばされる事は無いが、それでも多少の風は受ける。ズタボロの黒いマントで体を包みながら、リュウドは自分に問いた。
『このままでいいのか?』
 リュウドの目標は単純明快、『強くなること』。
 そのために、毎日の鍛錬は欠かさず、強者の噂を聞けば赴いて手合わせをする。各地を回り、あらゆる状況に合わせて、戦闘技術を向上させる。今回のモーグ行きもそれであった。
 だが、今、心を支配しつつあるのは、『虚しさ』だった。それを感じるようになったのは、ハスターとの戦い後だった。自分はこの戦いに勝った。だが、恨みを持ち、ただひたすら強さを求めるハスターの姿が、自分と被るようになった。先日、クーレの所で飲んだのもこの思いが強くなり、酒に頼りたくなったのだ。
 嫌な想像。強さを求めた結果、自らの刃を仲間や友に向ける姿。絶対無いと思うが、イメージを払拭する事ができない。考えるなと言い聞かせても、イメージは徐々に大きくなっていく。
 そんなリュウドの前を、一人の女性が通り過ぎた。大抵の客は、ゲストハウスで目的地に着くのを待っている。自分以外にも酔狂なヤツがいるのだなと思ったリュウドは、自然と女性を視線で追っていた。
 肩の位置まで伸ばした金髪に頭の両側に付けた赤色のリボン、赤を基調としたドレスのような甲冑に銀色の服、それを見て既視感に囚われたが、すぐ答えが出た。
“ああ‥エリーゼの色違いの装備か…”
 頭に、御霊エリーゼの姿をリュウドは思い浮かべた。
“ん…?この女性、どこかで…?”
「相棒!スゴイな!雲がどんどん流れていくぞ!」
「そっかー。普段は家の中で移動しているから、ゼロちゃんには初めての風景だよね♪」
 会話が聞こえるとリュウドの疑問は消え、誰と会話しているのかという好奇心が生まれる。よく見ると、女性はクマのぬいぐるみを抱いていた。
“タイニーゼロ‥か…”
 思った時、女性と視線が合った。急に気恥ずかしくなり、慌てるかのように女性への視線を逸らす。女性はきょとんとしたが、笑みをタイニーゼロに向けた。
「じゃ、ゼロちゃん。そろそろゲストハウスに戻ろうか。寒くなってきたしね」
「おう!体を冷やすのは良くないぞ!」
 再びリュウドの前を通り過ぎ、ゲストハウスに向かう女性。

“…クソッ!オレは何をやっているんだ…!”
 右手で後頭部を激しく掻きむしった後、体を包んでいるマントに顔を隠し、そのまま寝る事にした。この時、先程まで支配していた嫌なイメージはいつの間にか消えていた。

“…あの人‥私に何か用でもあったのかな?”
 リュウドの視線を思いだし、女性‥ロロピアーナは疑問を浮かべたが、すぐ頭から消して、体を温めるために注文した、熱いコーヒーを体に流し込んだ。

~第3章~第2話

「はあ!」
 光の塔A-8にて、クナイを逆手に持ったサチホは、掛け声とともにフォックスハウンドB3の銃身と胴体をつなぐ箇所を突き刺す。クリティカルヒット、フォックスハウンドB3は大きな音を立て、崩れ落ちる。
 そして、自分に向かってくる銃弾を素早く左右へと避ける。銃弾が止むと、恐れも無く駆ける。銃弾を発射した相手、フォックスハウンドC2は次の銃弾を発射する前に大きな音を立て、崩れ落ちる。イレイザーのスキル、『刹那』を受けた事によって。
 サチホは油断せず、周囲を警戒する。襲ってくる相手はもういない。大半はクーレが放ったスパイラルスピアで沈黙したのだから。
 軽い溜息を吐いた時‥それは、B-8につながる連絡通路から現れた。ギガントR3、大砲と4本の脚を備えた機械系モンスター。回避行動を取る前に大砲から弾が発射される。
『間に合わない!』
 ダメージを軽減するため、両腕を胸の前に交差させ、防御の姿勢を取る。そして、サチホの前に立つ姿。
「フォートレスサークル!」
 クーレであった。ガーディアンの紋章が地面に現れ、その周りを光が照らす。ギガントR3から放たれた弾はクーレに弾かれる。
「今だ!」
「はい!!」
 サチホは、前傾姿勢を取ったクーレの背中を踏み台にし、高く跳躍する。そして、自然落下の際、高く振り上げた右足を振り下とす。強烈な右踵落としを受けたギガントR3の砲身が真下を向く。着地すると、体を落としたまま回転するかのように足払い、そして後方へ宙返りをしながら蹴りを繰り出す。スカウトのスキル、サマーソルトキックだ。着地すると、逆手に持ったクナイを前に突き出すと、ギガントR3に向け跳ぶ。
 クナイが、ギガントR3の砲身と胴体をつなぐ箇所に深々と突き刺さる。クナイを抜くと、ギガントR3は大きな音を立て崩れ落ち、動かなくなった。

「ネコは最強の追跡者、ネコからは誰も逃れる事ができない、にゃー」
「ええい、手こずらせて!サチホ殿-!捕まえました-!!」
 その時、階段からメアとワイルドドラコアルマが降りてくる。ワイルドドラコアルマは、捕まえたぞと言わんばかりに、ダークグレーのスーツを着た恰幅がいい男の襟首を左手で持ちながら、前に突き出した。男は抵抗したのだが反撃を受けたのだろう。顔には無数の引っ掻き傷があり、右頬は赤く、大きく腫れていた。
 クーレは男の前に立つと、スーツの裏側に手を突っ込み、30センチくらいのプラスチックで形成された小箱を取り出す。ボタンが二つあり、一つは押されたままで、横の赤いランプが点灯していた。もう一つのボタンを押す。押されたままのボタンが元に戻り、赤いランプが消えると同時に機械系モンスターが襲ってくる気配が消えた。それを確認すると、クーレとサチホは、そろって安堵の溜息を吐いた。
「機械系モンスターを操る装置‥完全クロだね」
「さて‥この装置、誰に売ろうとしたのかしら?」

 事は遡る事、数十分前。光の塔を探索中、この男をB-8で発見した。身なりで怪しいと直感し、様子を見ていると‥この装置を使ってギガントR3を操り、周りのモンスターを倒していた。マリオネストのスキルで、モンスターテイミングがあるが、あれとは明らかに違う。対象者と確信したクーレとサチホは前に出たが、男はすぐさまA塔につながる連絡通路の方へと逃げ出した。クーレ達はすぐさま追いかけA-8に入ったが、操られたフォックスハウンドの群れに襲われたのである。男はA-9に逃げようとしていた。クーレは同行していたメアに、サチホは腰に携えていた革袋からワイルドドラコアルマを呼び出して追跡を命じ、フォックスハウンドを迎え撃ったのである。

 ここで、アイテムの収納について説明したい。ファイター系やスペルユーザー系などは戦闘などで最高の動きを発揮させるため、ウエストポーチを始めとする小型の収納袋を好んで装備する。しかし、バックパッカーが装備する超大型リュックならまだしも、どう考えても人と同じ大きさのアルマモンスターを入れる事ができない。
 だが、この世界ではそれが出来る。何故なら、魔法があるからだ。収納袋などに魔法をかけ、収納する物を小型化、いくばくかの軽量化ができるのだ。ただし、これには制限がある。アイテム、アルマを始めとするパートナーには適用されるが、エミル族、タイタニア族、ドミニオン族、DEM族は除外される。『魔力が高い』、『想いの力を宿している』、様々な憶測が挙げられるが、真相はハッキリとしていない。
 ハッキリと言えるのは、『各種族以外ならいくらでも収納可能、だが自分が持てる以上の重さだと動けなくなる』事だ。
 また、アップタウンを始めとする各地にあるゴミ箱も この収納方法が用いられている。以前、ゴミ箱に家を捨てるシュールな光景があったが、それでもゴミ箱はいっぱいにならない。中がどうなっているのか、誰が回収しているのか。以前、ゴミ箱にいたネコマタ桃なら知っているかもしれないが、これは永遠の謎である。そして、話は戻る。

「まあ、後は向こうの仕事でしょ。あなたも痛いかもしんないけど、そのままで‥」
 話す途中で、男はクーレの顔に唾を吐きかけた。
「うるせぇ偽善者!痛めつけておいて、そんなセリフ吐いてんじゃねぇ!!」
 唾を手の甲でぬぐうと、困惑した表情を浮かべる。すると、鎧が激しく震えだし、ポンッという音とともに、一人の女性が現れる。いろはであった。
「ちょっとアンタ…!クーレ様が優しくしてればつけあがって…!大体、アンタが原因でしょ…?なのに、逆恨みでクーレ様に唾を吐くなんて…!ねえ‥燃える…?燃えたいのね…?いっそ、燃やしましょう‥うふふ‥あははは…♪」
 怪しく、暗い笑みを浮かべる いろは。そして、次は槍が震えだし、ポンッという音とともにリースが現れた。
「あら、いろは様。まず、私が つんつん♪しますから、その後でお願いいたします♪」
 にこやかな笑顔を浮かべながら、トライデントを手に持ち、突きの動きをする。ただし、その動きは つんつん♪ではない。ズンズン!と言った方が正しいだろう。
 最後にグロリアスマントが震え、音とともにワルツが現れる。
「謝ってください!わたくしの ぬし様に!!」
 怒りの表情を浮かべ、男に迫る。普段怒らない分、表情は鬼気迫ってた。
「…ネコの怒りは有頂天になった、にゃー…」
 いつの間にか、メアも男の前に立ち、冷たい視線をぶつけている。手に持っているパペットは左ジャブ左ジャブ右ストレートを繰り返していた。
「あー…怒ってくれるのは嬉しいけど、僕はそんなに気にしていないからね」
「はーい♪わっかりましたー♪はにゃーん♪」
 クーレに頭を撫でられた いろはは笑みで破顔させながら、鎧に憑依していく。
「リースもね。けど、ありがとう」
「さすが、だんな様♪心が広いですわ♪」
 クーレがリースの右肩に左手を添えると、リースはニッコリ笑顔を浮かべ、槍に憑依する。
「ほら、ワルツは笑顔が似合うんだから」
「ぬ、ぬし様…は‥はい…♪」
 頬にクーレの左手のひらの感触でうっとりしながら、ワルツはマントに憑依した。
「メア、お腹空いたでしょ?お仕事終わったから、ご飯食べにいこ?」
「…ネコの食欲は加速した、にゃー♪」
 表情を戻すメア。パペットは喜びのあまり、バンザイを繰り返していた。
「…兄様がクーレさんを指定した理由がよく分かったわ…」
 この状況を見て、サチホは呆気にとられながら、そっと呟いた。
「…おっと。サチホ殿、この者はどうしますか?」
 我に返ったワイルドドラゴアルマは左手に持ったままの男について尋ねる。男はあまりの恐怖のあまり、失神してた。
「あ、ドラゴさん。悪いけど、そのまま運んでくれるかな?ファイターズギルドに引き渡すから」
「了解です、お任せください!」
 笑みを浮かべるサチホに、ワイルドドラコアルマは、右手に持ったツーハンドアックスを高らかに上げて応えた。
「あ、サチホさん達もご飯食べに行く-?おごるよー」
「やったー♪さすガーさん!」
 クーレの問いににっこり笑うとサチホ。そして、一同はモーグへと戻る飛空庭発着場へと向かった。

~第3章~第3話

「モーグ着、モーグ着。ご利用ありがとうございました。当庭は最終フライトのため、これより整備に入ります。ご利用、ありがとうございました」
 アナウンスが流れ、リュウドはマントから頭を上げた。
「お、珍しく晴れているのか」
 夕日を浴びながら、そっと呟いた。立ち上がると傍らの青い片手剣を腰に携え、昇降装置の所へ移動する。
「…キレイな夕日だな…」
 夕空は童心に戻し、センチな気分にさせる。それが、モーグのような曇りが多い国の夕日なら尚更だ。
 剣を握り、ひたすら修行に明け暮れ、強くなる事だけを考えていた幼き頃。
 友と助け合い、あるいは競い合った冒険者駆け出しの頃。
 そして…
「きゃ!」
 今の嫌なイメージが沸く前に衝撃と声で我に返る。
「ああ、すまない。ちょっと考え事をしていて…」
 だが、視線の先には誰もいない。下を向くと、小柄の女性が尻餅をついていた。
『さっきの女性か…』
 思うと、右手を差し出す。女性は意図を知り、右手を掴む。
「すまなかったな」
 起こす時、女性の姿、顔を見て思い出した。彼女もまた、あの戦いに参加していた事を。戦いの前に、仲間であろうタイタニアの女性とドミニオンの女性に、笑顔で会話していた姿が印象に残っていた。
「あ!すみません!前方不注意でした!!」
「なあ、アンタ‥」
 リュウドが言いかけようとした時、女性の後ろから声が上がる。
「相棒ー大丈夫かー?それより、時間は大丈夫かー?」
「そうだ!急がなきゃ!!」
 女性は慌てて落とした荷物を拾うと、リュウドに頭を下げる。
「本当にすみませんでした!ちょっと急いでいるので、先に失礼しますね!!」
 そして、女性はタイニーゼロとともに急ぎ昇降装置に入る。扉が閉まるのを見て、リュウドは右手で頭を掻いた。そして、ふと足下に一枚の紙が落ちているのを見つけた。拾い上げ、確認する。それは、天まで続く塔の島に行く航空チケットだった。
「落とし物か…」
 先程の女性を思い浮かべながら呟く。
「急いでいると言っていたが‥知っているのか…?」
 暫し逡巡すると、着いた昇降装置に乗り込む。
「届けてやるか。走れば間に合うか?」
 昇降装置を降り、地上に向かう紐を降りると、リュウドは天まで続く塔の島の発着場に向けて走り出した。

「何やってんのよロロ姉ーーー!!」
 携帯端末から耳を離し、怒声に顔をしかめる。その声は、耳から離してもはっきり聞こえた。
「時間を確認せず!あげくにチケットを無くして乗れませんでしたって、どんだけ耄碌しているのよ!」
「うっうっ‥ミーナ…。こっちだって、時間が変更したなんて知らなかったんだじょー‥‥」
「いくら、冒険者止めたからと言って、時間を確認するのは旅の基本でしょ!!」
「うう‥それ以上言わないでほしいじょー‥‥」
 携帯端末で会話しながら、女性‥ロロピアーナは泣いていた。
 事の顛末は、ロロピアーナがモーグ行きの飛空庭ゲストハウスでくつろいでいた時、彼女の妹‥ドミニオンのセミナーラ、ミーナから携帯端末を通じて、ウィスパーが入った。何でも、ECOタウン跡まで家族総出で出迎えに来るらしい。その事が嬉しく思い、当たり障りの雑談をしていた。ホットコーヒーが甘く感じ、実に美味かった。そして‥
「ところで、ロロ姉。じゃ、最終フライトでこっちに来るの?」
 ミーナの一言で体がピシッと固まる。
「さ‥最終フライト…?」
「そう、最終フライト。午後4時30分が天塔の最終フライトだから‥そこから3時間はかかるかな…」
 午後4時30分。この単語だけ頭が記憶し、以降の会話は頭に入らなかった。モーグ到着予定時刻を見る。『午後4時15分』絶望的な文字を見ると、ロロピアーナは落ち着かせるためにホットコーヒーを口に運ぶ。その味は実に苦かった。
「もしもし?もしもーし?ロロ姉?」
「ダ、ダイジョウブダヨー。ウ、ウォーターレイアー ニ ツイタラ、マタ レンラクスルネー…」
 片言の言葉で告げると、通話終了ボタンを押す。
「あ、相棒・・・・」
「だ、大丈夫‥走れば間に合う距離だから…」
 言うと、ロロピアーナは手提げバッグから航空チケットを取り出すと、バッグ外部のポケットに移す。おそらく搭乗がギリギリになるため、スッと手続きを行うためだ。
 モーグに着くと、猛ダッシュで発着場に向かう。タイニーゼロもそのスピードに付いていった。飛空庭はまだある、時間に間に合った。息を整え、流れる額の汗をぬぐい、チケットを出そうとしたら‥体がピシッと固まり、イヤな汗がダラダラと流れた。入れたはずのチケットが無かったからだ。そして‥非情にも、ロロピアーナの目の前で、飛空庭は発進した。そして、ひどく落胆した後、この結果を告げるのであった。
「ふぅ‥まあ、過ぎちゃった事はしょうがないか。お父さん達には上手く伝えておくから」
「ごめんね…。明日、着いたら連絡するね……」
 通話を終えると、明日の初フライトの時間を片付け作業をしている作業員に聞いた。午前10時が初フライトとの事だった。聞くと力尽きた状態で、近くに設置してあるベンチに腰掛ける。
「うう…以前はいっぱいあったのに、何で激減したんだじょー…。チケット、ここでも買えるかなぁ……。今夜のご飯どうしよう…。寝る所も探さないと…。こんな事なら、飛空庭を点検に出すんじゃなかったじょー……」
「相棒、元気出せ……」
 深くうなだれるロロピアーナに、タイニーゼロは励ましの言葉をかける。だが、ロロピアーナの耳に入らなかった。その時、視界に1枚のチケットがスッと入ってきた。
「最近、モーグが権利を手にして国営にしたんだ。ドミニオン界の攻防戦がある日は便が多いが、それ以外は少なくしたのさ」
 顔を上げると、男性がチケットを差し出していた。
「あ、さっきの…」
「リュウドだ。落とし物を届けに来たんだが‥間に合わなかったか」
「あ、気にしないでください。時間を確認しなかった私も悪かったので」
 チケットを受け取り、頭を下げるロロピアーナ。
「ここまで届けていただいて、ありがとうございます」
「礼はいい。アンタ、あの戦いに参加してたんだろ?」
「え、ええ…」
「だったら、オレの仲間だ。仲間に礼はいらん」
 ニカッと笑うリュウドを見て、ロロピアーナはようやく笑みを取り戻す事ができた。
「相棒-。そろそろご飯にしないかー?」
 タイニーゼロの言葉で、空腹に気付く。
「メシどうだ?美味いメシ屋を知っている」
「じゃ‥ご相伴にあずかります」
 リュウドとロロピアーナ、タイニーゼロは発着場を放れ、モーグシティへと移動を開始した。

~第3章~第4話

「って、リュウドさんにロロさん?」
 モーグシティの外れにある宿屋兼食堂『ルイーザ亭』。その前で知っている顔を見つけ、クーレは声をかけた。
「マスター‥っと、ここではクーレか。それにそっちは‥あの時の‥」
「サチホと言います。リュウドさん‥ですよね?」
「ああ、よろしくな」
 頭を下げるサチホに、リュウドは右手を上げて応えた。
「じー…。クーレ君‥団長?救星主?どっち?」
「ロロさん、何を言ってるの……?」
 ワルツ、いろは、リース、メア、サチホにワイルドドラゴ・アルマを連れたクーレに、ロロピアーナは、からかう表情を浮かべていた。
「あ、サチホさん。紹介するよ。こちらは、ロロピアーナさん。ホークアイで‥」
「元冒険者ね。えっと‥サチホちゃんでいいかな?私の事はロロでいいからね」
「あ、はい。えっと‥よろしくお願いします、ロロさん」
 頭を下げるサチホに、ロロピアーナはニッコリと笑った。
「それで‥珍しい組み合わせだけど、何かあったの?」
「まあ‥ちょっと縁があってな。それで、メシでもどうだと。そっちは、例の帰りか?」
「うん、無事に終わって。みんなでご飯食べようって」
 じっと見つめるクーレとリュウド。先に声を上げたのはリュウドだった。
「ここのメシは!」
「美味い!!」
「しかも!」
「安い!!」
「「さらに量が多い!同士っ!!」」
 ガシッと抱き合う二人。
「‥これが噂のBL?」
「ロロさん‥違います‥‥」
 興味津々な表情を浮かべるロロピアーナに、サチホは苦笑しながら答えた。
「あ、じゃみんなでご飯食べる?奢っちゃうよー♪」
「「さすガーさん!!やったぜっ!!」」
 リュウド、サチホ、ロロピアーナはサムズアップをクーレに向ける。
「‥グランシャリオさんに怒鳴られる姿が思い浮かびますねー…」
「グランシャリオ様は厳しいお方ですからね…」
「まあ‥けど、これが ぬし様のいい所ですから…」
「明日、執事さんの雷が落ちる、にゃー」
 楽しい表情を浮かべるクーレに、いろは達は揃って溜息を吐くのであった。

「……ぷっはー!んまぁ~い!すみませーん!大ジョッキもう一杯ー♪」
 エールの入った木のジョッキを空にして、高らかに上げるクーレ。
「もう空にしたのか…。うん、この刺身は美味いな」
 白身魚の刺身を租借した後、米を醸して作られた酒を口に運ぶリュウド。
「ふう、宿の手配もできてよかったー。あ、この焼き魚、美味しい♪」
 イワシのショウユ漬け焼きという料理を食べたロロピアーナは舌鼓を打った。ちなみに、ショウユとは大豆を材料にした調味料で、この店だけのオリジナルだった。
「良かったですね、ロロさん♪」
 言った後、白身魚のフリッターに付いているフライドポテトを食べるサチホ。その顔は幸せに満ちていた。
 互いに合流して、1時間後。彼らの宴が始まった。宿の手配や湯浴み、着替えをしていたからだ。元より、宿を取るつもりだったロロピアーナ、じゃついでにとリュウドも宿を取った。クーレは、『もうバーが開いてるから飛空庭呼び出せない』と言って、同じように宿を取った。主がいない間は店はイオリ達が経営している。サチホもせっかくだからと、同じ宿を取った。
 四角のテーブルに、クーレ、リュウド、反対側にサチホ、ロロピアーナと座る。クーレは、翔帝装備を外し、ベスト付きシャツにジーンズ、スニーカー。サチホは、白のブラウスシャツ、黒のホットパンツ、白のストッキング、黒のパンプス。ロロピアーナは、赤に白のラインが入ったワンピース、濃赤のローファーと着替えていた。リュウドにあっては、そのままの格好で、片手剣を傍らに大事に置いていた。
 そして、パートナー達は、
「あら、いいお味です♪お店の方に聞いてみましょう♪」
「はぁ~♪ここのエールは格別ねー♪次は樽でいっちゃいましょうー♪」
「あら♪お魚だけじゃなく、タコのサラダも美味しいですわ♪」
「そ‥それは‥でびるふぃっしゅ‥というやつではありませんか……?」
「それはタコー!ってまんまだー!相棒-!リンゴジュース美味しすぎて酔っ払っちゃったぞー!」
「生魚、煮魚、焼き魚、干し魚、ここはお魚天国、ネコのパラダイス、にゃー♪」
 隣の丸テーブルで、料理や酒、ジュースで楽しくやっていた。
「はぁ~い♪お待たせしましたー♪大ジョッキで~す♪」
「わぁーい♪ありが‥と…?」
 酒を受け取り、給仕と目が合うと、クーレは疑問を頭に浮かべた。腰まで伸びた黒のロングヘアー、黒いキツネのような耳、玉藻・ロアのような複数の尻尾を持ち、赤紫を基調としたメイド服に身を包んだ給仕の女性は驚きの表情を浮かべ、掛けている眼鏡をずり落とす。
「アマガツさん!?どうしてここに!?」
「ククククーレ君!?何でここに!?何で!?何で!?ナンデー!!??」
「いや‥うちは仕事でモーグに‥って、ダウンタウンの店はどうしたの!?マスターさんは!?」
「聞いてよーー!マスターったらヒドいんだよーーー!!新装備の開発中に爆発して、店壊したら、『お金貯まるまで帰ってこないでね♪』って言うんだよーー!!もう、ここに派遣されて3日経つんだよ!?3日!!うぇぇぇぇん!!マスターに会いたいよぉぉぉ!!マスター成分が足りないよぉぉぉぉ!!」
 クーレ達のテーブルに突っ伏して、号泣するアマガツ。クーレはマスターと呼ばれる、ピンク色の長い髪をした幼い少女の姿を思い浮かべ、『自業自得』の言葉がノドまで出かかったが、それを飲み込んだ。そして、声を掛けようとしたその時だった。
「コラァ!バイト!いつまで油売ってんだい!時給下げるよ!?」
 店の奥から、左目に眼帯を付けた女性が叫ぶ。この店の女将、ルイーザだ。フライパンを手に持っていたが、鞭の方が似合いそうだった。その声を聞くとガバッと起き上がり、アマガツは営業スマイルを浮かべた。
「それでは、皆様、ごゆっくり~♪」
 しずしずと奥に向かうアマガツ。そして、サチホは口を開いた。
「クーレさん‥あの方、誰ですか…?スゴイ人だったんですが…」
「ああ‥ほら、鎧の修理、改修をしてくれた人だよ」
「そ、そうですか……」
 サチホは無理矢理納得すると、果物などを漬け込んだサングリアという赤ワインを一口含んだ。
「リュウド君?どうしたの?何か、怖い顔してるけど…」
「ん?…ああ、何でも無い」
 ロロピアーナの指摘を受けた後、猪口の米酒を一気に飲む。アマガツが隠し持つ、戦闘力や潜在能力を本能的に感じ、身構えてしまったからだ。空になった猪口に酒を注ぐと、逆に聞いた。
「そういえば‥さっき、元冒険者と言ったな?あれはどういう意味だ?」
「あ‥えっと‥その…」
 言いよどんだ後、アップルワインの水割りを一口飲み、それから言葉をつなげた。
「あの戦いで無茶しちゃったから‥ホークアイとかのスキルが使えなくなっちゃったんだ…」
「そんな事‥」
 『あるわけ無い』という単語を言おうとしたが止めた。あの戦い自体が激しかったのだ、何が起きてもおかしくない。サチホも あの戦いを経験していたため、ロロピアーナの告白を聞いて言葉を失っていた。
「すま‥」
「あっれー?リュウドさん、ロロさんに気があるわけー?」
 謝罪の言葉が出かかった時、クーレの陽気な声が沈黙を破った。
「あー!アマガツさーん、大ジョッキもういっぱーい♪」
「はーい♪喜んでー♪」
「もう空になったのかよ!!」
 店の奥から聞こえるアマガツの声。そして、リュウドは驚きの表情を浮かべながら、クーレにツッコむ。それを見て、サチホ達は大声で笑った。
「だけど、リュウドさ~ん。ロロさんに手を出しちゃダメだよ~?もう結婚して、人妻なんだから~」
「だから!そんなんじゃ‥って?」
 暫しの沈黙、そして、
「「ええええ~~!!??」」
 リュウドとサチホは、揃って驚きの声を上げた。
「人妻なのだ、フフフ…♪」
 酔いが回ったのか、赤ら顔をしたロロピアーナは、からかうように笑った。そして、歓談は続くのであった。

~一方、キリヤナギの時代では~

「…うま」
 テントの中、鎧を脱ぎ、黒のインナースーツ姿のキリヤナギはカップ麺をすすりながら、幸せな表情を浮かべていた。
 午前中にカセドラル鉱山の視察を終え、午後一で光の塔の視察に入った。モーグ市長は護衛を付けようと提案したが、丁重に断った。目的はアナザーの探索であり、何より、護衛なんか付いたら、自由きままな時間が無くなってしまう。周囲が暗くなり、野営する事を携帯端末を通じてモーグ市長に連絡すると、腰部の小型バッグからテントを取り出す。
 マジックアイテム『誰でもテント』。バックパッカーの知識が無くても、出した瞬間にテントが建つ優れ物。中で焚き火もでき、出た煙もいつの間にか外に出てる。魔物避けの魔法が掛けられているため中は安全安心、保温にも優れ、寒さや暑さが厳しい所で大活躍する代物だ。
「モーグ限定のシーフードミルクメン‥帰りに買いだめしていこうかな…」
 スープまで飲み干すと、空の容器と箸を焚き火に投げる。こういう時、紙製の容器は実にいいと思った。
「B塔の屋上まで探索したけど、何も無かった。明日、A塔の屋上まで探索して‥終わりかな」
 裸足の裏側をじっくり押し、ケアしながら独り言を言う。
「けど‥何か寂しいなぁ……」
 小型バッグからミネラルウォーターを取り出し、一気に飲むと眠気が襲ってきた。
「…寝るか、おやすみ……」
 事前に拾った大きい木片をタオルでグルグル巻き、それを枕にして、キリヤナギは目を閉じる。そして、光の塔、A塔からB塔につながる連絡通路に設営されたテントの明かりが消えた。

~そして、時代は戻る~

~第3章~第5話

「さっきは、ありがとな」
 ベッドに腰掛けたリュウドは、対面のクーレに言うと、角氷の入ったグラスに注がれたウイスキーを口に運んだ。
「ん?何のこと?」
 同じく、ベッドに腰掛けていたクーレは、グラスに入ったウイスキーを一口飲んだ後、頭に疑問を浮かべた。
「いや、何でも無い。ところで‥オレと同じ部屋でいいのか?」
「へ?」
「いや、ほら。パートナー達と一緒の部屋じゃなくていいのかって話だよ」
「ちょ、ちょっとー!ワルツ達は女性だよ?一緒の部屋で寝れないじゃん!」
「‥お前、それ本気で言ってる?」
「当たり前だよ!本気と書いてマジと読む!」
 そして、リュウドは思い出す。宿を取った時、クーレが自分と同じ部屋を選んだ際、ワルツ達が残念そうな表情を浮かべた事を。
「オレも人の事言えんが‥女心をよく知った方がいいぞ?」
「え?」
 分かってない表情を浮かべるクーレを見て、リュウドは溜息を吐いた後、友の剣士を思い出した。
『アイツは、ドラッキーとよろしくやってんだけどな…』
 ちなみに、ワルツ達は別の大部屋で休んでいた。そして、『誰がタイニーゼロと一緒に寝るのか』を決めるジャンケン大会が行われていた。
「ところでさぁ、以前うちの店に来た時、あんな頼み事してたでしょ?何かあった?」
 クーレの問いに言葉を詰まらせると、リュウドはウイスキーを煽るように飲む。そして、傍のテーブルに置かれていたボトルを手に取り、空のグラスにウイスキーを注いでいく。
「…強くなるって何なのか、分からなくなってな…」
「それって?」
「…被るんだ。今の自分とハスターの姿が…」
「けど‥リュウドさんだったら、そんなの気にしないんじゃ?」
「ああ‥一つの可能性で、そんなのは気にせず、友を助け、競い合い、剣を磨くオレがいるだろう。だが‥現実は、迷っている……」
 言うと、グラス半分のウイスキーを一気に飲んだ。
「…強いヤツほど、笑顔はまぶしい」
「…何だそりゃ?」
「昔、おとん‥父さんから聞いた言葉」
「何でまぶしいんだ?」
「強さは愛だって。そう教わった」
 言うと、クーレはウイスキーを一口飲む。
「ハスターの笑顔はまぶしかった?」
「‥まぶしくなかったな」
 納得すると、リュウドは自然と笑みができていた。
「楽になった、ありがとよ」
「礼はいらないよ、仲間でしょ?」
「オレのセリフ、取られたな…」
 そして、二人は合わせるように、ウイスキーを口に運んだ。

「ロロさん!結婚するってどんな感じになるんですか!?」
 薄いピンクの寝間着に着替えたサチホは、隣のベッドに腰掛けるロロピアーナにズイッと迫った。酔っているのか、頬はうっすらと赤くなっていた。
「ま‥まあ、落ち着こうね、サチホちゃん」
 なだめ、ベッドに腰掛けるよう促した後、薄緑色のネグリジェを着たロロピアーナは手に持ったコップを口に運び、中の水を一口飲む。
「私!とても気になるんです!!」
 言うと、ベッドに腰掛け、近くのテーブルに置いていた『おとなののみもの』と書かれた缶を手に取り、栓を開け、ゴクゴクと飲み始める。
「‥はっは~ん。さては、気になる人がいるのね~♪」
「んぐ!?‥‥ふぅ~…。ちょ、ちょっとロロさ~ん」
 思わず吹き出しそうになったが、それを抑え、飲み込んだ。ロロピアーナはコップをテーブルに置くと、代わりに未開栓の『おとなののみもの』を手に取り、開けて一口飲む。
「んー…。する前とした後って言われても、生活が変わったわけじゃないからなー。ただ‥お互いのつながりが、強くなったのは実感する‥かな」
「つながり‥ですか?」
「まあ、子供ができたら、すごく変わると思うけどね♪」
「こ、子供!?」
 あっけらかんと笑うロロピアーナに対し、サチホはボッと顔を赤めた。
「あっれー?サチホちゃん、何を想像したのかなー?」
「か、からかわないでください!!」
 サチホは照れ隠しに缶を口に運び、ゴクゴク飲み、空になった缶をテーブルに置いた。それを見ると、ロロピアーナも一口飲み、表情を柔らかくした。
「けど‥愛した人と暮らし、その人の子供を産む…。これって、とても素敵で‥とても幸せな事だと思うの」
「………………」
「だから‥結婚は幸せ。それが、私の答えかな?」
 ロロピアーナは缶をテーブルに置くと立ち上がり、サチホの横に座ると、胸元まで抱き寄せ、右手で頭を撫でる。
「焦らなくてもいい、その人との『今』を大事にすればいいんだから。サチホちゃん、大丈夫。絶対に大丈夫だよ…♪」
「ロ、ロロさぁ~ん‥はにゃ~ん……♪」
 頭を撫でられ続けながら、サチホは うっとりと、幸せそうな表情を浮かべた。

『…ったくよ‥捕まるような代物をオレに売ったのか、アイツはよぉ…』
 深夜、周囲を警戒しながら小走りする男。
 その日の仕事を終え、家に帰る途中、ワイルドドラコ・アルマに引きずられる恰幅のいい男を見つけた。見覚えがある、光の塔の掘り出し物と言って、何かの部品を売ってきた男だ。男は、そのままファイターギルドに連れて行かれた。周りに人だかりが出来ていたので、状況を聞いてみた。
「光の塔の遺産を勝手に売り、お縄になった」
 それを聞き、全身に寒気が走り、家へと走る。そして、慌てるかのように部屋を探し、件の部品を発見する。機械いじりが好きで、いつか分解して未知の技術を解明しようと思っていたが‥捕まるような代物なら手元に置いておきたくない。それに、あの男が何を喋るか分からない。給料一ヶ月分の値段はしたが、背に腹はかえられない。本当なら今すぐ手放したかったが、日没の時間だ。周りには、仕事を終えた者で溢れている。皆が寝静まる深夜まで待った。その間、心が安まる時間は一度も無かった。
 街を抜け、海に面する崖まで移動する。ゴミ箱に捨てたかったが、ひょっとしたら回収する者が現れ、バレる可能性がある。男は海に向かって、部品を投げ捨てる。『ポチャン』という音が聞こえ、慌てるかのように後ろ左右を見るが、気付いた者はいない。仮にいたとしても、波の音または魚が飛び跳ねた音と勘違いするだろう。大きな仕事を終えた後のように、男は大きく安堵の溜息を吐く。
『酒でも飲んで寝よう。オレは知らないし、何も見てない』
 自分に言い聞かせるように思うと、急ぎ足で周囲を警戒しながら家に向かった。
 モーグの夜は更けていく。良き想いも悪き想いも含めて、朝が来るのを待つのであった…。

~第3章~第6話

~そして、時代はキリヤナギの時間軸へ~

「A塔屋上に着いたよ♪道に迷ったら、いつでも声を掛けてね♪」
 携帯端末を操作し、プリムラと呼ばれる妖精のキャラクターが消え、黒い画面になるのを確認して、懐にしまう。
 時刻は午前8時頃か。曇りが多い空のため、太陽でおおよその時刻が確認できない。
 1時間前、目を覚ましたキリヤナギは、余ったミネラルウォーターで洗顔などを行った。携帯食料で朝食を済ませ、翔帝の鎧を身に纏い、テントから出た。その瞬間、テントは腰に付けた小型バッグに収納されていく。最初はシュールに思っていたが、今では慣れたものだ。
 携帯端末を操作し、誘導アプリを起動させる。このアプリはモンスターの索敵にも優れ、余計な戦闘をせずに済んだ。最も、プリムラに怒声を浴びられたのは数回ではすまないが。
「ガセネタ‥だったかな?」
 くまなく検索した後、口を開く。幸い、屋上にモンスターは一匹もいなかった。高い所にいるためか風は常に吹いており、所々に自生するキョナッツの穂が揺れる。
 再び空を見る。空は変わらず、曇天に支配されている。稲光のような物が見えた。一雨来るかもしれない。そう思ったキリヤナギは来た道を戻る事にした。

「!?‥ククク‥見つけたぞ…!」
 光の向こう側に知った人物を発見したオレは、反射的に右手に持つロング・レールガンの引き金を引く。プラズマを発射させるのではない、電磁パルスと呼ばれる物を放出させるためだ。
 光が消えず、固定される。ここに来て色々と試した結果、このロング・レールガンはプラズマを発射する以外に、電磁パルスを放出させ電磁バリアを張る事ができるらしい。
 確実な防御方法があるため、バリアなど無用と思っていたが、この電磁パルスはここの光を一定時間固定させる働きがある事に気付いた。
 何回か試している内、オレの姿が他のヤツらに見られたかもしれないが、そんなものは些細な事だ。
 重要なのは!ヤツが!目の前にヤツがいることだ!過去に跳び、オレを倒したヤツが!!
 オレはブースターを噴射させ、光に飛び込む。
「キィィ!リィィ!ヤァァ!ナァァ!ギィィィィィ!!」
 オレはヤツに向け、ロング・レールガンを発射した。

「!?」
 危険を感じ、右に飛びこむ。その瞬間、轟音とともに階下につながる階段がガレキで埋まる。地に着く瞬間、回転するかのように受け身を取り、素早く起ち上がると、腰に携えたダインスレイブを抜き、構える。
 そして、ソレは背中のバーニアを噴射させながら、ゆっくりと降りてきた。
 全長は約2メートル。紫色を帯びた暗い青色‥紺青色を主体とした、所々に暗い紫色のラインが施されているカラーリング、血の色を思わせる異様に大きい赤い右目とVの字を思い浮かべるアンテナが特徴の機械人形。右手には身長より大きい、上下左右に4本の筒のような物が備わった銃らしき物、左手には身長と同じ大きさの銃、両肩にはブースターが突起物のように付いていた。
「DEMの新型!?」
 赤い文字で、右肩に『02』、左肩に『HA』と印字された機械人形を見て、反射的に思いついた言葉を口に出す。機械人形は躊躇せず、右手に持った銃のような物を突き出す。電気のような物が収束され、球体が形成されていく。本能的に危険と感じ、キリヤナギは右側に飛ぶ。その瞬間、球体はすさまじい加速でキリヤナギの横を飛んでいった。
「危なかった…!?」
 安堵する暇も無く、今度は左手に持った銃から光線が発射される。身をかがんで回避しようと思ったが、イヤな予感がしたため、左側に飛ぶ。光線がキリヤナギの横を通過する。光線の下にあったキョナッツの穂が燃え上がり、露出していた鉄材がグズグズに溶ける。それを見て、横に避けたのは正解だと思った。だが、光線は途切れる事なく、キリヤナギへと迫ってくる。機械人形が、銃を右の方へと動かしていたからだ。
「なんて反則的な!!」
 左、左とサイドステップを繰り返す。数秒たって、光線が途切れる。そして、しばらくしたら右の銃から電気の球体が発射される。
 この攻防を繰り返す内に、キリヤナギはようやく特性に気付いた。
 右側の銃は発射してから次弾まで5秒かかる。連射はできないようだ。
 左側の銃は3秒間継続して発射されるが、次の発射まで少なくても数秒はかかる。
『チャンスは‥右から左への連続発射の後の2秒間…!』
「ハァー!ハァー!ハァー!」
 荒い呼吸をし、片膝をつく。それを見た機械人形は、まず右側の銃を撃つ。危なく、左に飛んで回避する。その隙を狙って、左の銃から光線を発射する。
「それを待っていた!」
 迅速に起ち上がると、左側に飛びながらダインスレイブを投げる。疲労困憊のフリをし、相手の油断を誘っていたのだ。狙いは顔、あわよくば目。だが、顔に当たる瞬間、ダインスレイブは何かに弾かれ、空中で回転を繰り返すと、音を立てながら地面に落ちる。
 機械人形の顔を守ったのは、巨大な長方形の盾。盾は宙を浮いていた。いや‥上下に付いたブースターの噴射によって浮いていた。よく見ると、ケーブルらしき物が、機械人形の背中と盾をつなげていた。盾は上下バーニアの噴射を繰り返し、背中に取り付く。そして、右側の銃がキリヤナギに向けられた。
 この間、2秒。キリヤナギは全ての準備を終えていた。投擲は外れて当たり前、当たれば御の字くらいにしか思っていない。
「うおおおおおおおお!!」
 簡易型イリス武器を使ってルチフェロアナザーを開放し、左右にサタンブレイドを持ったキリヤナギが迫る。この時、右側の銃を通り過ぎ、本体まで数歩の所まで迫っていた。両手を振り上げ、斬りかかろうとした時‥違和感に気付いた。それと同時に、両腕から熱い激痛が伝わった。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 そして、今度は両足に熱い激痛が走る。一太刀浴びせる事なく、キリヤナギは前のめりに倒れる。苦痛の表情を浮かべながら、顔を上げる。違和感の正体は両肩にあったブースターが無かった事だ。そして、そのブースターは、自分の目の前に現れ、からかうように上下に動くと、機械人形の両肩へと戻っていった。
「残念だったなぁキリヤナギ。確か、その方法でオレを倒したんだよなぁ?クックックックッ」
「!?」
 機械人形からの声を聞き、驚きの表情を浮かべる。受けた傷の再生はされているが、まだ動きそうにもない。
「確か、パーティザンを体に宿しているんだよなぁ。そのために、致命傷を負ってもすぐ立ち上がれる事ができる…。ククク‥」
「何が‥おかしい‥!」
 後ちょっとで再生は終わる。その計算も含めて、キリヤナギは声を上げた。
「お前‥それでも人と言えるのか?それを命じたヤツは‥人以下という事か、クックックッ!!」
「キサマァァァァァァァァァ!!」
 『言ってはいけない言葉』。それを言われ、キリヤナギは冷静を失い、怒りが頂点に達した。自分の事は構わない。だが‥自分が敬愛し、尊敬する人を侮辱する事は、絶対に許されない事だった。
「オレは万全を整えるため、一つの分身を残した。恨みの力を貯め、世界を滅ぼすためにな。そのために長い年月を要した…。その中でお前を知ったよ、キリヤナギ。だから、オレは半分の力を使って過去に戻った。お前には勝てないと思ったからな。なのに‥なのに!!」
 機械人形は、後方へ距離を取った後、背中のバーニアを噴射させ、垂直に飛んでいく。
「キサマは過去に来やがった!オレを倒すためだけに!!憎い!憎い憎い憎い憎い!!」
 それを聞き、キリヤナギは思い出す。主の命により、『想いの力』という物が込められた装置で過去に行き、ある者と戦った事を。戦いに勝利し、主から託された想いの品を使って、その者の恨みを消した事を。
「キサマ!まさかハス‥」
「だから、オレからのプレゼントだ!コイツで貫かれ、焼かれても生きているのか実験してやんよ!!」
 両手に持った銃をキリヤナギに向ける。傷の再生は済んでない。今のキリヤナギに出来る事は、顔を上げ睨む事だけだった。その時、曇天に一つの稲光が光る。そして、一つの姿が現れた。
 それは、頭からダイブするかのように斜めに落下してきた。右腕と一体化したような巨大な槍のような物を前に突き出し、肘を曲げ後ろに引く。左右の穂、後方に付いたバーニアが点火する。そのスピードを利用し、浮いていた機械人形に目がけ、突きを繰り出す。
 だが、機械人形の後部から盾が移動し、その攻撃を防ぐ。それにより、浮力のバランスを失った紺青色の機械人形は、地面に降り立つ事となった。
 槍を突き刺そうとした者は、ふくらはぎと足裏に付いたバーニアを噴射させ、キリヤナギを守るかのように立つ。それは、もう一体の機械人形だった。後ろ姿しか分からないが、白と黒を基調にしたカラーリングに、頭部についた深い青色をしたVの字を思わすアンテナを見た時、紺青色の機械人形と同型の物だと直感した。
「お前も生きてやがったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 紺青色の機械人形は、右手に持った銃を前に突き出す。白と黒色の機械人形は、右腕の槍を前に突き出す。
 銃と槍に電気が収束され、球体が形成されていく。互いの武器から球体が発射され、互いの球体がぶつかり合う。
 広がるプラズマ。その閃光に包まれながら、キリヤナギの意識は途切れた。

~第3章~第7話

……予定時刻経過、スリープモード解除、状況を確認。
……各部チェック、問題なし。機体残量エネルギー、二度の戦闘により30%まで低下。
「…ん?何か喋ったか?」
「いや、余は何も」
……パーソナルデータ確認‥固体名‥詳細不明、データにあるノーデンスタイニーと呼称、敵対反応無し。デス・アルマ、敵対反応無し。一部補足、無数のデータが流れ込んでくる。原因にあっては不明。調査継続。
……当機の武装確認。サブレッグ喪失、サブアーム喪失、ブレードシールド喪失、レールガンランス喪失、ビームサーベル両肩に確認、エネルギー充電率10%、使用可能時間10秒。
「代表、持ってきたぞ」
「ふーふー…。重かったです…。師匠と二人でやっと持てましたよ……」
……武装一部訂正、レールガンランス確認。同時にパーソナルデータ確認、神魔ヤタガラス、サイクロプス・アルマと判明。両名ともに敵対反応無し。
「おう、ご苦労やったな。それで‥コレがコイツの近くにあったちゅーヤツかい。また、ごっつい槍やなぁ」
「上下左右に備わった穂‥これを見ると、シャガイを思い出すな…」
……データ確認‥正式名称 神穿槍・シャガイ。ツーハンドスピア、ガーディアンと呼ばれる者だけが使える。ガーディアン‥ガーディアン…。
「…もう一度確認するが‥これは、アップタウンの地下にあったんだよな?」
「そうや。エレキテル・ラボの探索は、お前さんも知ってるやろ?」
「具体的には、どこで見つけたんだ?」
「ん?確か‥上層部の最下層と聞いたで?ほら、下層部に続く手前の」
「これは‥私の推測なのだが‥『同じ場所』で何かあるんじゃないか?」
「おいおい、何言っとんねん。同じ場所なんてあるわけ‥」
「気付いたようだな。そうだ、光の塔だ」
「いや、確かに似たような場所やが‥それだけで、何か起きるちゅーのは無理があるとちゃうか?」
「私もそう思う。だが‥」
「だが?」
「‥何が起きてもおかしくない…。そう思わないか…?」
「うーん‥せやなぁ…。とりあえず、明日一番でモーグに連絡しとくか。ところで、誰が適任やと思う?」
「ロアの件で、ナナイという者を知っている。今ちょうど、モーグに帰省しているらしい。その者を通じて、向こうのギルド等に警戒を求めるよう、伝達してもらおう」
「後、確か、フールやカロンちゅーやつもおるやろ?」
「フェールにフロンな。まあ、何事も無ければ、それでよいのだが」
「せやな。ほな、もう遅いし、そろそろ休もうや。ヤタガラスもサイクロプスも遅くまで悪かったな。手当、色付けとくからな」
……周囲、人影無し。音声データ、再生。
「やるぞ!お前も‥ザザッなら意地を見せろ!ガーディアン!!」
……ガーディアン‥私はガーディアン…。
……エネルギー保持のため、重要単語を確認した後、行動を開始。重要単語‥『モーグ』『光の塔』『ガーディアン』。最重要単語『クーレ・マイスター』。尚、『クーレ』のみでも最重要とみなす。スリープモード移行……。

「グオオオオオオオオオオン!!」
 体を貫かれたサイトドラゴンは、断末魔の叫びを上げると地面に横たわり、暫くして光の粒子となって消え去った。
 同様に、体を焼かれ横たわっていたアルケーやドミニオン・ペナンスも、光の粒子となって消える。その一瞬の光で照らされた、紺青色の機械の体。飛び出た様に付いた一際大きい右目だけが、血のような赤い光を煌々と輝かせていた。それを見たウィッキーブーやリリカルは、怯えるかのように、物陰へと隠れた。
「…ククク…ハァ~ハッハッハッハッ!!」
 ソレは、高らかに笑った。

 太陽は曇天に隠れているが、周囲は明るくなってきた。モーグは朝を迎えた。厩舎から放たれた馬達は、運動を楽しみ、草を食べる。一頭の馬がうつぶせに倒れている人を見つけ、鼻先を近づきニオイを確認していた。他の数頭の馬も近づき、ニオイを嗅ぐ。
「……うっ……」
 人は、うめき声を上げた。それを聞いた馬達は、ビクッと体を震わせる。
 目を開け、両腕を使い、ゆっくりと体を起こすと、地べたにあぐらをかいた。
 首を大きく項垂れる。目に入ったのは、左右の腿に空いてる直径5センチくらいの穴、そこから見える、傷一つ無い自分の素肌。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
 声にならない叫び声を上げた後、右拳を地面に力一杯叩きつけた。その音を聞き、馬達は怯え、四散していく。
「何も‥出来なかった……!!」
 右拳から伝わる痛みで、冷静を取り戻す。そして、深呼吸をし、自分らしさを取り戻す。今すべき事は、悔しがる事でも怒りに駆られる事でもない。起きた事、そこから起きえる事に対処する事だ。
 懐を探り、携帯端末を手に取ったが、画面は大きく割れ、操作しても黒い画面のままだった。懐にしまうと立ち上がり、投げたダインスレイブを拾うために周囲を見渡す。そして、驚きの表情を浮かべる。ここが、光の塔A塔屋上でないからだ。
「ここは‥どこだ…?」
 曇天の空、怯えるかのようにこちらを観察する馬達。そして、遠くに見える街並み。
「モーグ‥か…?けど‥どうして、僕はここに…?」
 疑問は尽きないが、モーグにいる事実を認めるしかない。
「街まで行けば、連絡手段はあるだろう…」
 横風が吹き、戦闘で汚れた赤色のマントがはためく。
 人‥キリヤナギは、街から目を離さず、歩を進めた。

~第3章~第8話

「う~ん…!いい天気‥じゃないのが残念」
「曇天の空。まあ、モーグじゃ当たり前の空か」
 時刻は午前9時。ルイーザ亭の前で、翔帝の防具を身に纏ったクーレは背伸びをし、リュウドは空を見上げた。
「サチホちゃん、眠気はとれた?」
「ええ‥朝ご飯と紅茶で、やっと脳が起きてきました‥ふあぁぁぁぁ~……」
 ロロピアーナの爽やかな笑顔と対象に、サチホは寝ぼけ眼のまま、大きな欠伸をした。二人とも、いつもの服装をしていた。
「お待たせしました、ぬし様♪」
「クーレ様ー♪あなたのいろは、ただいま参上です♪キャー!言っちゃったー♪」
「準備は万全です、だんな様♪」
「ネコも準備完了、惜しむのがクマさんの抱き心地が確認できなかったこと。羊さんと比べたかった、にゃー…」
「タイニーゼロ殿の抱き心地‥格別でした…♪」
「もうヤダだぞー!相棒と一緒に寝るのが、一番いいぞー!」
 続いて、ワルツ達が宿屋から出てきた。彼女達の会話を聞き、クーレ達はそろって笑みをこぼした。
「さて‥みんなはこれから?」
「オレは光の塔に行く。実戦を兼ねての修行だ」
「私は、せっかくですから観光していきます。兄様にお土産も買っていきたいので♪」
「ちょっと早いけど、発着場に行くわ。また、妹に怒られたくないしねー」
 皆の回答を聞き、クーレはニコッと笑いながら、右手を高らかに上げ、左右に振った。
「じゃ、またね♪」
「ああ、またな」
 リュウドは、右手を軽く上げると左の方向へと足を向ける。
「また、飲みに行きますね~♪」
「では、失礼します」
 サチホは笑みを浮かべると踵を返し、ワイルドドラコ・アルマとともに、向いた方向へと歩いて行く。
「また、元気に会いましょー♪」
「さらばだぞー!」
 上げた右腕を振って返した後、ロロピアーナは地面に置いていた手提げバッグを手に取り、右の方向へと歩いて行く。タイニーゼロは、その後ろをトコトコと付いていった。
「さて‥じゃ、帰るとしますか」
 ウエストポーチから飛空庭の呼び出しキーを出そうとした時だった。
「あの‥ぬし様?皆様にお土産を買っていくのはどうでしょうか?」
「あー!それ、いいですねー!きっと、皆さん喜びますよ!!」
「何でも、モーグのオイルサーディンは絶品との事。お酒を嗜むグランシャリオ様達に喜ばれますわ♪」
「後、覇王様用にお菓子も買えば効果はバツグン、にゃー」
 ワルツ達の提案を聞き、考えるとポンッと手を叩く。
「そうだね、昨日もお仕事やってくれたんだし。何か、買って帰ろうか♪」
 両手を頭の後ろで組みながら、商店街へと向かう。後ろ姿を確認すると、ワルツ達は素早く顔を互いに近づけた。
「…うまくいきましたね…」
「…これで、グランシャリオ様のお怒りも少しは静まりそうですわ…」
「…これも、ぬし様のためです…」
「…後、覇王様。『何故、余を連れていかなかったー!』って絶対怒る。けど、お菓子を献上すれば無問題、にゃー…」
「みんなー?何しているのー?置いてちゃうよー?」
「「はーい♪」」
 笑顔を浮かべながら一斉に返事をすると、ワルツ達はクーレに駆け寄った。

「ところで、相棒。チケットはちゃんとあるかー?」
「ちゃんと、ここにあるわよ。ゼロちゃんは心配性だなー♪」
 ロロピアーナが懐からチケットを出し、タイニーゼロの方へ顔を向けた時だった。前からの衝撃を受け、後ろに倒れる感覚に襲われた。
『え?また?』
 思って、衝撃に備えようと目をつむったが、後ろに倒れる事は無かった。目を開け、横を見ると、さわやかな笑顔を浮かべる男性がいた。
「ごめんね」
 ぶつかった瞬間、素早く後ろに回り、両手でロロピアーナの肩を支えると、ゆっくりと体を元の位置に戻す。その一連の流れがとても美しく、ロロピアーナは言葉を失っていた。そして、男性は落ちたチケットを拾うと、ロロピアーナに差し出す。
「はい、落とし物」
「あ‥ありがとうございます…」
 男性が持つ高貴なオーラに当てられ、ロロピアーナは言葉が出るのが精一杯だった。
「ところで、市庁舎に行きたいんだけど、道を教えてくれないかな?」
「え?あ、ああ‥そこの階段を降りて、右に曲がってまっすぐです」
「どうも、ありがとう」
 男性は一礼すると、赤いマントをなびかせるように踵を返し、歩を進める。
「‥誰だったんだろうなー」
「うーん‥翔帝の鎧着てたから、フェンサー職の人だと思うんだけど…」
 男性が階段を降りるのを見て、ロロピアーナも発着場へと足を向けた。
 だが、ロロピアーナは知らない。男性が右ではなく、左に向かった事を。
 男性‥キリヤナギが、極度の方向音痴である事を。

「‥うん?」
 ディアマンテの店から出た時に視線を感じ、その方を向くリュウド。暫く観察していたが、何も出てこない。
「気のせいか……」
 視線を右手の甲に移す。『光の塔行きOK』の文字を確認すると、発着場へと向かう。
 リュウドの姿が完全に消えた時、物陰から驚きと疲れが混濁した表情を浮かべるキリヤナギが倒れ込んだ。
『どうして!?どうしてここにリュウドが!?』
 心の中で必死に叫ぶ。一度目の出会いは果たし合いだった。そこから苦手意識が生まれたのだが‥そして、二度目の出会いは‥
『うーーーーーわーーーーーーー!!』
 その時の状況‥全力で逃げたにもかかわらず、追いつかれ、後ろから押し倒された事を思い出すと、キリヤナギは心の中で絶叫し、脂汗をダラダラと流すのであった。

「うーん♪美味しー♪」
 オープンカフェで、マシュマロをチョコレートで包んだ一口サイズの菓子を食べ、チョコレートドリンクを飲んだ後、サチホは満面な笑顔を浮かべる。前に座るワイルドドラコ・アルマも、満面な笑みを浮かべていた。
 最近、チョコレートを使ったスイーツが、モーグで流行っていた。アクロニア全土にある果物の木から獲れるカカオ豆を買い取り、モーグ独自の製法でチョコレートを作る。そのチョコレートを使って、様々な菓子を生み出す、ショコラティエと呼ばれる料理人が、モーグで誕生していたのだった。
 くるすに無事に終わった事を連絡し、この情報を聞いたサチホは、早速行ってみる事にしたのである。無論、お土産の仮面を買った事は伏せていた。
「あ、やっぱりサチホだ。こんにちは」
 サチホの視線に、翔帝の鎧と赤いマントを羽織った男性が写る。男性は、柔らかい表情を浮かべながら右手を上げた。
「え?あ、はい、こんにちは…」
 疑問を浮かべながら、反射的に挨拶が出る。
「友達と歓談中かな?ゴメンね、顔を見かけたからさ」
「は、はぁ……」
「アップタウンで見かけた店は、ここが本店なのか。興味はあるんだけど、仕事でなかなか来られなくてね」
「はぁ……」
「ああ、ゴメン!歓談の邪魔しちゃってたね。僕も用事があるから、ここで失礼するね」
 男性は会釈すると、そのままサチホの横を通り過ぎていく。
「誰‥だったのかな?私の事、知っているみたいだったけど……」
「新手のナンパかもしれませんぞ!サチホ殿!ご用心を!!」
「う~ん…?それにしては、何か違ってたような…。それに‥あの人、おかしな事言ってたよね?ここのお店‥支店は出してないって聞いたんだけど……」

「うーん‥サチホに悪い事しちゃったかなぁ……」
 腕を組みながら、目をつむって歩くキリヤナギ。
 サチホとの交流は、崖上から跳躍し、着地の体勢を崩した彼女を受け止めた事から始まった。そこで誤解が生じ、擦った揉んだがあったが、誤解は解け、今では普通に接してくれている。
「二度、知ってる人に出会ったという事は‥三度目もあるかもなぁ。な~んて、何かの物語じゃあるまいし…」
 独り言を呟くと、大きな紙袋を持った者とぶつかる。幸いにも、二人とも倒れる事は無かった。
「ああ!ごめんなさい!!ちょっと前が見えなくて!!」
「こちらこそ、すみません。ちょっと考え事を……」
 紙袋の横から覗いた顔を見て、キリヤナギは言葉を失い、顔面が蒼白になっていく。
「あ…あ…あ…あ…」
「あ、あ、あ、あ?勇者の名前?」
「アイエエエエエエエエエエエエエ!?クーレ君、ナンデ!?」
「あ‥昨日、聞いたようなセリフ」
 キリヤナギは反転すると、脱兎のごとく駆け出す。そして、クーレの周りにワルツ達が集まる。
「ぬし様、お知り合いですか?」
「いや‥初めて見る顔だったと思うけど……」
「それにしても、失礼ねアイツ…。クーレ様の顔見て、逃げ出すなんて…!」
「けど‥悪い方には見えませんでしたわ」
「あの走り‥猫脚15に匹敵する、にゃー」

「ハァー!ハァー!ハァー!」
 壁に背を預け、荒い呼吸を繰り返すキリヤナギ。悪い事をしたと後悔の念が襲ってくる。だが、あの時、逃げ出したいというのも素直な気持ちだった。
 クーレは、普段行くバーのオーナー兼バーテンダーであった。ただし、何故かは分からないが、自分の行動が全て把握されていたのだ。この前も、身内でバーベキューをした後に部下を連れて飲みに行ったが、その時の詳細を告げられた時は身震いもした。
「ほ、本当に僕のストーカーしてるわけ‥ないよね……?」
 不穏な考えがよぎる。身内だけに光の塔へ行くと言った。もし、その情報が漏れて、キリヤナギを追ってモーグまで来たとしたら…?
「うわーーー!!考えたくない!考えたくない!!」
 両手で頭を抱えると、首をブンブンと横に振る。その時、1枚のポスターが目に入った。
『カセドラル鉱山、鉱夫募集中!』
 レイアウトされた文字が目に入った時、動きが止まり、恐る恐るポスターに近づく。
 山をバックに、いかにも成金商人という者が右人差し指を突き出しているポスターだった。破れや剥がれもなく、日焼けどころか、ホコリや汚れもついていない。どう見ても、貼られて間もないポスター。
「ど、どういうことだ…?」
 驚愕の表情を浮かべながら、キリヤナギは呟く。部下からの報告書を確認し、自分も閉山されている事を視察した。その事実が、キリヤナギを混乱させる。
「カセドラル鉱山は‥閉山したはずじゃ……?」

~第4章へ続く~

~第4章『激闘のモーグ』~第1話

「はぁ~…。漁一発目で、当たり引いちまうとはツイてないなぁ…」
「当たり引くの数年ぶりじゃね?」
 モーグ最南端に位置する魚加工場で、二人の男が会話をしていた。獲れた魚を新鮮の内に捌くため、加工場は各地に存在していた。彼らが言っている当たりとは、古の民を間違って捕まえてしまい、漁獲の4分の1を没収される事だった。
「参ったなぁ…。今月、入り用で金が必要なんだけど…」
「二人目が産まれるんだっけ?大変だな、妻帯者も」
「黙れ、独身貴族。ところで‥これ何だ?」
「古の民様も『ウミ ニ ステルナ』としか言ってなかったからな。まあ‥見た感じ、何かの部品のように思うけど」
「その割には、ボタンとか何も無いぜ?真ん中に大きなランプが付いてるだけで」
「まあ、後でジャンク屋に持って行きやぁ分かるべ。それより働いて金だ。父ちゃん頑張らねぇとな」
「いよ!モーグとっつあん!アクロニア1!」
「茶化すな独身貴族!」
 笑った後、とっつあんと呼ばれた男は部品を投げ捨てると、魚を手に取り加工作業に入る。そして、部品のランプ部が地面に衝突すると、暫くした後、ランプは赤色の光を点滅させた。
「‥‥‥ケイコクジカンケイカ、ケイコクジカンケイカ、テンソウカイシ、テンソウカイシ」
「‥ん?お前何か言ったか?」
「いや?何‥も………」
 独身貴族と呼ばれた男が言葉を失い、後方を指さす。それを確認したとっつあんと呼ばれた男は後ろを振り返り‥顔が引きつった。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
 二人は抱き合い、悲鳴をあげた。そこには、人以上の大きさを持つフォックススロットが、ドリルを回転させながら上下に振っていた。

「…うん?」
 飛空庭に乗り込む前、リュウドは何かの声を聞いた。視線をそちらに移した時には駆けだしていた。腰に携えていた片手剣を抜きながら。
 駆けていた二人の男はつんのめり、揃って転んだ。すぐに立ち上がって逃げようとしたが‥それを見て、恐怖のあまり腰が抜ける。
「「ヒ‥ヒィィィィィィィ!!」」
 出来たことは、恐怖に怯えた悲鳴。そして、回転するドリルが自分達に襲いかかろうと‥しなかった。
 片手剣を深々と突き刺すリュウド。突き刺さった相手はドリルの回転を止め、大きな音を立て、崩れ落ちる。
「おい、大丈夫か?何があった?」
 リュウドは男達の前に立ち質問するが、怯えて言葉が出なかった。もし、言葉が出たならこう言うだろう。『後ろ!』と。
「話し中だ!」
 リュウドは、回転しながら片手剣を振るう。その直後、後ろから襲いかかろうとしたDEM-01の上半身と下半身が別れ、そのまま地面に倒れた。
「み、南の加工場からコイツらが次々と!」
「お、オレが変な部品投げ捨てたから!」
 リュウドの強さを見て安心したか、二人の男は早口でまくしたてる様に言った。
「南か…」
 その方向を見ると、リュウドは舌打ちを打った。
「まるで、都市攻防戦みたいじゃないか…!」
 機械系モンスターの群れを確認すると、首を男達に向ける。
「おい!この事を早く伝えろ!モーグはこういう事態に備えているんだろ!?」
 リュウドの言葉を聞き、二人の男は思い出したかのように互いを見た。
「あ、ああ!助けてくれてあんがとよ!」
「アンちゃん、死ぬんじゃねぇぞ!!」
 男達の言葉を背中で聞き、不敵に笑う。
「光の塔へ行く手間が省けたか…。いい修行になりそうだな!」
 リュウドは片手剣を腰の位置に持って行くと、刃を後方に水平に構え、モンスターの群れへと突進を開始した。

「カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!…」
 計9回の鐘の音が鳴り響き、一拍を置いて再度9回鳴り響く。
 それを聞いたサチホは視線を鋭くし、襟元にあったスカーフ様な物を上げ、顔下半分を隠すと、懐からクナイを取り出す。
「ドラゴさん!行くよ!!」
「了解!お任せください!!」

 鐘の音を聞いたクーレは、近くにいた商人に荷物を預けると、ウエストポーチからドラゴンスピアを取り出し、右肩に担ぐ。
「憑依無し!僕とリースは前衛、ワルツといろは は後衛!」
「「はい!!」」
 険しい表情を浮かべるクーレに、ワルツ達は一斉に返事をする。そして、クーレは飛空庭の起動キーを商人に投げ渡す。
「ちょっと!こんな大事な物、預けられませんよ!!」
「飛空庭出して中の者にパターンAって伝えて!非常事態でしょ!!」
「もうー!しょうがないですね!!手数料は取りますよ!?」
 本当は自分が行くべきだが、時間が惜しかった。少しでも加勢に行きたかった。焦るクーレの裾を、メアはグイグイ引っ張った。
「クーレ。私は?」
 マイペースなメアを見て、心が少し落ち着く。
「遠慮はいらない。思いっきりネコを崇めさせてやれ!」
「にゃー!」

「万が一にと思って持って来ちゃったのが、仇になったのかなー…」
 ロロピアーナは、手提げバッグから取り出した弓と矢筒を装備すると、束になった矢2つをタイニーゼロに持たし、一束を解いて矢筒に入れる。
「ゼロちゃん、大丈夫?持てる?」
「オレは力持ちだー!相棒心配するなー!」
 タイニーゼロに向けて笑みで返すと、発着場の壮年作業員に向けて一礼をする。
「それじゃすみませんが、荷物を預かっててくださいね♪」
「それはかまわぇが‥嬢ちゃん、スキルが使えなくなって、冒険者止めたんじゃねぇか?」
 待ち時間にしていた雑談を思い出す。
「スキルは使えないけど、技は失っていないから‥それに…」
「それに?」
「私はお姉ちゃんだから、放っておけないんだ♪」
 言うと、ロロピアーナは二人の妹の姿を思い浮かべ、タイニーゼロと共に南の方角目指して走って行った。

 鐘が鳴り響き、街は喧噪と化す。戦いに向かう兵士や冒険者達。そして、怯えの色を見せる住人。
「みんなー!この わたしにお任せだー!」
「私とナナイ、それに西軍の方や冒険者の皆様もいます。皆様は安全な所に避難を」
「私がオフェンス、フェールがディフェンス。いいわね?」
「はい!フロンさん!私の盾で必ずお護りします!!」
 ある者達が高らかに声を上げ、住民を安心させた後、戦場へ向かう。
 その喧噪の中で、キリヤナギは頭を垂れながらベンチに座っていた。
 あのポスターを見てから自分なりに調べてみたが、この世界は自分がいた時間帯ではなく、過去である事が分かった。事実を突きつけられたと言った方がいいだろう。
 以前、主に命じられ過去に跳んだ時、必要以上の接触は避けるよう言われた。
 今がその状況だった。
“過去の出来事に、自分が干渉してもいいのだろうか?”
 迷いと葛藤に支配され、キリヤナギは動く事が出来なかった。

~第4章~第2話

「フンッ!」
 リュウドが繰り出した『神速斬り』を受け、通常の倍の大きさを持ったギガントは、音を立てて崩れ落ちる。
 片手剣を抜くと腰の位置に持って行き、溜めた後、素早く横に薙ぎ払う。バウンティハンターのスキル、『一閃』を受けた数体のフォックスハウンド、DEM-01が横に真っ二つになる。
 一呼吸置き、群れに目がけて神速斬りを繰り出す。餌食になったのはDEM-01。素早く片手剣を抜くと、腰の位置に持って行き、目をつむる。一瞬の時の後、目をカッと開き、片手剣を横に薙ぎ払う。グラディエーターのスキル、『ジリオンブレイド』。自分の周りにいる者全てが、見えない剣閃に斬り刻まれ、崩れ落ちる。
 それを確認すると、腰部の革袋から濃縮スタミナポーションを取り出し、一口含む。
「苦ぇ!」
 ドロリとした感触がノドを通り越すと、疲労が回復する。まだまだ戦える。剣を握り返して、前方を確認する。敵は減っていない。むしろ、増え続けていた。
「へっ!いい修行だな!!」
 再び、『神速斬り』を繰りだそうとした時、リュウドの横を黒い影が通り過ぎた。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 影は加速を生かして、群れの中心にいたDEM-01の顔を目がけて跳び蹴りを喰らわす。後ずさりするDEM-01、周囲の機械達が一斉に影へと襲いかかる。影は恐れる事なく、素早くDEM-01に近づき、何かを付けると大きく後方へ宙返りをし、群れから離脱する。
「爆っ!」
 着地と同時に、左手の平を右拳で叩く。それと同時に、DEM-01を中心に爆発が起きる。イレイザーのスキル『ヴェノムブラスト』を応用した、コマンドのスキル『セットボム』。唯一生き残ったフォックスロットが影に迫るが、
「龍章鳳姿!!」
 ワイルドドラコ・アルマの一撃を受け、沈黙した。
「やるな!」
「リュウドさんこそ!」
 影‥サチホは、ワイルドドラコ・アルマと共に武器を構える。リュウドも片手剣を構え直す。
「「てりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
 3人は、合わせた掛け声とともに、機械の群れへと突っ込んだ。

「かかってこぉぉぉぉぉい!!」
 クーレが高らかに叫ぶ。戦場に響く声。この声を聞いた機械系モンスターは、一斉に声がした方へと向かう。ナイトのスキル『一騎当千』。十分に引き寄せると、両腕を前に交差した後、両腕を斜め下に開くと同時に胸を張る。
「フォートレスサークル!!」
 自身の下にガーディアンの紋章が現れ、近づいてきたモンスターを弾き飛ばす。ギガントやフォックスハウンドが大砲や銃弾を撃つが、それすらも弾き飛ばした。
「ルミナリティノヴァ!!」
「もえつきろ~……」
 ワルツが持つ杖から光が、いろはが放った矢がクーレの横を通り過ぎ、ギガントやフォックスハウンドに命中する。そして、光は周囲を巻き込む爆発を起こし、矢は炎と化し周囲を燃やす。爆発や炎が収まると、レオタードのような格好になったリースが、機械の群れに目がけて跳ぶ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 着地すると、掛け声とともに、回転しながら周囲の機械系モンスターに槍を突き刺す。そして、後方へ大きく宙返りで離脱すると、交代するかのように、ドラゴンスピアを持ったクーレが飛び出した。
「スパイラルスピアァァァァァ!!」
 大きく横に薙ぎ払うと同時に、竜巻のような螺旋が現れ、機械モンスター達が飲み込まれていく。
「ここで私が登場、にゃー」
 クーレの前に、メアがスッと現れる。
「あの子、直伝」
 手に持ったパペットを前に突き出す。パペットが右腕を高らかに上げると、人で言う拳の位置が段々と大きくなっていく。
 螺旋が消え、機械モンスターが地面に叩きつけられる。
「今、必殺の…振り下ろす猫一発逆転腕、にゃー」
 巨大な塊となった右腕を振り下ろす。地面に叩きつけられた後、重い一撃を受けた無数の機械モンスターは、動きを停止させた。
「…あの子直伝って言ってたけど、誰に教わったの?」
「クーレの中にいるあの子、にゃー」
 クーレの問いに答えると、右腕で顔を洗う仕草をするメア。
「…そっか」
 言うと、左手で胸を触る。『にゃー』と、バステトアナザーの声が聞こえた気がした。
「ぬし様!」
 ワルツが声をあげると、周囲を見渡す。倒れていたギガンドが砲身を僅かばかりに起こし、砲台をクーレに向けていた。その時、一本の矢が発射口に入る。砲台が暴発し、ギガンドは破壊された。
 矢が放れた方向を確認し、微笑を浮かべ右親指を立てた。その先にいたロロピアーナは、ニコッと笑いながら、矢を放ったばかりの右手で親指を立てた。

「…チッ!」
 空になった濃縮スタミナポーションの瓶を投げ捨てると、リュウドは舌打ちを打った。
 後、何回繰り返せばいいのか?1分が1時間のように感じられる。
 リュウドは凄腕の剣士だ。多数の対決でも引けを取らない。
 だが、延々と続く戦いならどうだろうか?それも、ポーションを口に含む僅かな時間しか取れない場合。答えは気が鈍る。体の疲労は回復できても、脳の疲労は簡単に回復できないからだ。それも減るのではなく、増える一方の現実が、疲れを加速させていた。
 サチホにいたっては、肩で息をしていた。護るようにツーハンドアックスを構えるワイルドドラコ・アルマの顔にも、疲労の色が出ている。
 片手剣を構え直した時、リュウドは気付いた。一体のDEM-01が跳躍し、拳をこちらに向けて突こうとする姿が。
 慌てて、剣の位置を向き返し、迎撃に入ろうとしたところ、大きな影が前に現れ、跳躍してきたDEM-01の顔を左腕で掴んでいた。足掻くDEM-01の胴体に、狼のように鋭い爪と体毛に包まれた右腕を突き刺す。
「む‥余計な世話だったか?」
「いや‥助かった」
 ワーウルフ・ロアのイオリに向け、リュウドはニヤッと笑った。
「お、おろしてくださ~い!」
「キサマ!サチホ殿になんて破廉恥な!!」
「ハイハイ☆文句は、君たちのもう一人のボクに言ってネ~♪」
 アルカナハート・アルマのシカープが、サチホをいわゆる『お姫様抱っこ』をし、疲労を通り越して怒りの表情を浮かべるワイルドドラゴ・アルマに追いかけられながら、リュウド達の方へと駆け寄ってくる。
 シカープは、リュウドの隣にサチホをそっと降ろすと、帽子を脱ぎ、中からハルバードを出して手にし、イオリの隣に立つ。ワイルドドラコ・アルマは、片膝を着きながらサチホの横に座ると、キッとシカープの背中を睨むのであった。
「お疲れでしょー?お姉ちゃんパワー全かぁぁぁぁい!!」
 リュウド達の背後にいた、守護魔トワのミアーヤが、スキル「桜花爛漫」を発動する。暖かい光と桜吹雪の幻影が、リュウド達の体と心を癒やしていく。
「ハァ~ハッハッハッハツ!!泣け!叫べ!覇王たる余の手にかかる事を光栄に思うがいい!!」
 上空で、神魔バハムートのバハムルが敵の群れ目がけて、『穿つ魔弾』を連発していた。
「‥もうアイツ一人でいいんじゃないか?」
「ダメですよ、リュウドさん。クーレさんの家からお菓子が消えますよ?それに」
 サチホが遠くを指さす。そこには、一定の間隔で現れては消える、螺旋の姿があった。
「‥そうだな。アイツには負けてらんねぇな」

 機械系モンスターが迫ってくる中、水筒の中身を一口飲むと蓋を閉め、ウエストポーチにしまう。
「‥テンション上がってきたぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 クーレが叫ぶ。その叫びは一騎当千のごとく、より多くの敵を引き寄せた。
「スパイラルぅぅぅスピアぁぁ!スピアぁぁ!スピアぁぁぁぁぁ!!」
 一定の間隔で放たれる螺旋。
 クーレが飲んだのは ほうじ茶。クーレの飛空庭の一画に、小さいながらも皆が世話をする茶畑があった。あの『覇王』のプライドを持つバハムルも世話をしていた。正確に言えば、『菓子につられ、世話する事になった』だが。
 それを摘み、丁寧に炒り、ワルツが煎れたほうじ茶。皆の想いが込められたほうじ茶を飲み、クーレのテンションはマックスになる。
 力はあるが、グラディエーターのリュウドに負けるだろう。
 素早さは人並み。イレイザーのサチホに比べたら雲泥の差だ。
 そこそこの器用さはあるが、元ホークアイのロロピアーナみたいな正確な射撃など絶対にできない。
 だが、クーレは、誰にも負けない物を二つ持っている。
 一つは体力。無尽蔵に湧き出るスタミナ。故郷のファーイーストでは、『ファーイーストの粘り腰野郎』『タフネスクレりん』と噂されていた。
 そして、もう一つは『最後まで絶対に諦めない心』
 この二つがある限り、クーレは負ける事は無かった。

「相棒!新しい矢だー!」
 タイニーゼロが矢を筒に入れている間、方膝を地面に着けたロロピアーナは、額の汗をぬぐった。
 前線には出られず、後方の丘からの援護射撃。それがもどかしかった。もし、スキルが使えるなら前線まで近づき、『テンペストショット』や『ミラージュショット』などで支援できるだろう。『精密射撃』、『オーバーレンジ』が使えれば、援護射撃の幅も広がるだろう。
「もっと近づけたらなぁ……」
 呟いた時、一発の流れ弾がロロピアーナに向かってくる。気付いた時には、回避できない距離まで来ていた。そして…弾は、キンッという音とともに弾け飛んだ。
「お怪我はありませんか?」
 人の大きさとなった守護魔ロウゲツのグランシャリオは、涼しい顔をしながら、レイピアを腰の鞘にしまう。
「は‥はい、助かりました…」
「ご安心を。『お客様の要望は迅速に、迷惑をかける者は退店を』これが、我がBar WildWolfのモットーでございます」
 グランシャリオが言うと、ロロピアーナの背後から土煙を上げながら、赤色の車が迫ってくる。ギャギャギャ!と言わんばかりにドリフトを決めながら、ロロピアーナ達の横に止まると、
「‥嬢ちゃん、乗るかい?メェ~!」
 運転席に座ったスリーピーのアルルが、かけたサングラスをキラーンと光らせながら、右腕を上げた。
「では、迷惑をかける悪い客を退店させにいきましょう」
 元の守護魔の姿になったグランシャリオは、宙に浮く無数のレイピアを音も無く出現させた。

「…何だ?」
「…車?」
 戦闘に戻ったリュウドとサチホは、土煙を上げながら東の方向から迫ってくる物を見て呟いた。
「何人たりともボクを止められないメェ~♪」
 DEM-01達を弾き飛ばしながら、スリーピーカーは爆走する。そして、車の後方に立ったロロピアーナは、弓を引いて矢を飛ばした。
「正鵠、お見事です」
 ロロピアーナの右肩付近に位置するグランシャリオは、銃口に矢が入り、暴発したフォックスハウンドを見ながら言葉を発する。倒れる間際にフォックスハウンドは無数の銃弾をロロピアーナ達に向けて発射したが、宙に浮くレイピアが全て弾き飛ばした。
「あ!リュウド君にサチホちゃん!やっほー♪」
 知った顔を見て、ニッコリ笑うと筒から矢を取り出し、構える。
「ゼロちゃん♪しっかり持っててね♪」
「合点承知の助だー!」
 体勢が崩れないよう、ロロピアーナの足下をしっかり抑えるタイニーゼロ。そして、スリーピーカーはドリフトを決めながら急反転すると、また元の方角へと走り去っていった。
「…ロロさんの動体視力すごい…」
 クナイをギガントに刺しながら、サチホは呆然と呟いた。
「ああ……。そして‥道が開けたぞ!!」
 リュウドの目に、遠方にある加工場、そして、一定の間隔で機械系モンスターが現れる光景が写った。

~第4章~第3話

 赤く、巨大な右目内部のレンズが外から内に小さくなる。
「ほう‥オレが調べ物をしている間に、面白い事が起きているじゃないか…」
 光の塔A塔の屋上で、紺青色の機械人形は呟いた。そして、視線を遙か先のリュウド、サチホ、ロロピアーナ、そしてクーレへと順に移した。
「…ククク。善戦しているじゃないか」
 そして、視線を赤く点滅させる部品に移す。
「…なるほど。DEMの技術を応用してエミル族が作った物か…」
『愚かしい。思えば、この体を作ったのも人だった。結果、その作られた物にヤツらは殺された。全く、愚かの一言だ』
 転送元を確認する。場所はここ、光の塔の地下奥深く。意識を集中させ、光の塔とリンクする。そこには、機械系モンスターが台座のような物に乗り、転送される姿。そして‥その奥にいた、目を閉じたままのDEM-01達。DEM-01達はハンガーラックのような長方形の箱の中に収納されていた。その数、9体。
 その内の一体を注視する。
『DEM-01を捕獲、改修。スピード特化』
 情報が流れ込んでくる。
「DEM達を操作する機械を作り地下に移動させ、人目知られず改修、事が起きて日の光を浴びられなかった‥って事か?」
 状況から推測する。現に、改修する前の機械は次々と動作していくが、このDEM達は一切動かない。起動すらさせた事が無いのだろう。
「ククク‥お前ら、ノーマルモードも飽きただろ?」
 眠り続けるDEM達に意識を集中させる。“中に入り、起動させる”事は容易い。
「ハードモードに移行だ!楽しんでくれよ!!」
 機械人形が叫ぶと同時に、地下のDEM達の目が一斉に開く。箱の中から出ると、それぞれの武器を持って、台座の方へと移動を開始した。

「…いつまでそうしてるつもり?」
 自分に掛けられた言葉と知ると、キリヤナギは静かに頭を上げる。視線に写ったのは、腰まで伸びた黒い髪にキツネのような耳、メイド服に身を纏った、視線が鋭い眼鏡の女性だった。
「…自分がいた世界じゃないからと言って、迷う必要ある?」
「!?」
「雰囲気で分かるよ。私も同じようなモンだからね」
 言うと女性は、豊満な胸の谷間から小さな小袋を取り出す。
「何があったかは詳しく聞かないよ。だけど、これだけは言わせて。」
 小さな小袋を左手で開くと右手で袋の上を握る。出てきたのは、柄の前方に楕円型のカバーのような物、後方にリングが、それぞれ上中下に3つ付いた鋭い細剣。その姿は、神器の一つ、神衝剣・パシフィスに類似していた。
「心に従え」
 女性は、細剣を地面に突き刺す。
「レプリカだけど、威力は保証するよ?気に入ったら、アマガツ工房をよろしく~♪」
 人懐っこい笑顔を見せると、女性はスキップ足でその場を去っていった。キリヤナギは、突き刺された細剣をじっと見ていた。
「心に‥従え…」
 言葉を口に出す。そして、ベンチから勢いよく立つと、細剣を手に取り、地面から抜く。
「僕は…私は…貴族騎士だ!」
 腰に携えていた空の鞘に細剣を収める。違和感は無かった。そして、駆け出す。避難する住民と逆の方向へ。キリヤナギの足は、確実に戦場へと向かっていた。

「アンタは行かなくていいのかい?」
 ルイーザは、戻ってきたアマガツに聞いた。
「ヤダなー。女将さん、私はしがないバイトですよ?それに…」
 アマガツは、街の中央、モーグ炭採掘場を見る。そこには、大勢の市民が避難していた。
「炊き出しするんですよね!そこが私の戦場です!」
「よし!バイト代、色付けてやるからしっかりやりな!!ところで、アンタは料理できるのかい?」
「包丁の扱いならお任せを!細切れからみじん切りまで、何でも切ってやります!」
 自信満々にアマガツは言った。ルイーザは、
“刀を持って、敵をみじん斬りにするアマガツ”
の姿をなぜか想像する。そして、二人はモーグ採掘場へと駆けだした。

「何やてぇ!?モーグで機械モンスターの襲来!?光の塔から来おったんかい!?」
…重要単語確認、スリープモード解除。
「ナナイに連絡した後、向こうにも確認を取った。何でも、次々と機械系モンスターが転送されているらしい」
「そんで!?状況は!?」
「ファイターギルドやナナイ達、西軍の兵士達が対応に当たっているが、状況は芳しくない」
「他の国の連中は‥と、聞くだけ無駄か」
「ああ。さっき見てきたが、各国が醜い言い争いをしていた。軍が派遣されるのに時間がかかるだろう」
「はぁ…しゃーないなぁ。おい、オリヴィア。モーグに着くまで、どんだけかかる?」
「はい!ここからですと‥20分です!」
「聞いたな、ガイドマシーン。飛空城を‥とと、お前さん、ついていっていいんかい?」
「最初からそのつまりさ。ハッ!」
「お~。その姿、始めて見たわ。流石はデス様やな。ちゅーことで、ガイドマシーン。飛空城をモーグに向けや」
「はイ、カシこまりマしタ」
「おい、クロノス。外にいるアルマ達を中に入れや。ついでに、他の連中にも連絡頼んだで」
「何で私が!?」
「お前さんが近くにおったからや!さっさといかんかい!給料下げるで!」
「横暴なんだからーー!」
「たく‥ところで、お前さんとこのロア達はどうしてる?」
「既に行動を移し、アルティ嬢の飛空庭で移動している」
「例の御霊という連中か。けど、その割には行動が早いなあ」
「戦っている冒険者の中に、アイツがいるらしいからな」
「アイツ?あ~うちのスチャラカ課長か。全く‥アイツ最近、顔も見せへん。課長の自覚あるんかい?クーレのスットコドッコイは!」
…最重要単語確認。状況を分析、現在モーグで交戦中と判断。
…行動開始。
「ん?何か音が‥どうした受付‥ああ、今はデスでいいんやっけ。そんな、鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」
「う、うし、後ろ…」
「シムラ後ろー!ってか?まあ、定番でホッとするギャグやが、うちにそんなギャグ言わせるんは命知ら‥ず……う、動いているやんけーーーーー!!」
…レールガンランス保持完了。全エネルギー、ブースターに集中。
「ヤバイ!コイツ、飛ぶつもりや!オイ!誰か抑えんかい!!」
「はいぃぃぃぃ!この偉大な大悪魔!アスモデウスにお任せを!…って、あっついぃぃぃぃぃ!!」
「このドアホ!火点いてるとこに顔突っ込むバカがどこにいるねん!!」
「ど、どうなさいましたか!?うわ!天井に大きな穴が!」
「ええとこ来たホウオウ!ひとっ飛びして、アイツ捕まえてこい!!」
「は、はい!!」
…最高高度到達。距離算出、解析開始。…解析終了。突入角30度、到着予想時間5分。到着時の残量エネルギー5%。対象との接触を最優先とする。
「おとなくして‥キャ!?」
…ブースター最大出力を保持。角度修正完了。出撃。
「…すみません、代表。取り逃がしました…」
「はぁ‥まあ、あの時点でワイもダメかと思ったからしゃーない。…どっかのドアホがヘマしなきゃあな!」
「ごめんなさいぃごめんなさいぃっ!!」
「オリヴィア、アイツの追跡頼むわ。モーグとアイツの探索を分けんとな」
「はい!…到達予想地点判明…?場所は‥モーグです……」
「モーグ‥やて?一体、モーグで何が起きているんや……」

~第4章~第4話

「クッ!」
 全身を真っ赤に染めたDEM-01が持つ巨大な斧の一撃を片手剣で防ぐ。片手剣を盾のように押し、体勢が崩れた隙を狙って斬りかかろうとするが、別方向から銃弾が襲ってくるため、それが叶わない。
 もう一体の赤いDEMが、ライフルのような物で発射しているからだ。それも一発ではなく、フォックスハウンドのように連射しながら。
 回避したところを狙って、さらにもう一体の赤いDEMが、ギガンドの砲台を小さく長くしたような大砲でリュウドを狙う。バックステップで回避。砲弾はリュウドがいた地点の土を大きく、深くえぐった。
 そして、最初の一体がまた斧で斬りかかる。速度は通常のDEM-01の倍‥いや3倍はあった。
「性能強化にチームワーク‥コイツら、いつものヤツと違うぞ!!」
 リュウドは状況を思い出す。目標が見え、一気に制圧しようとしたところ、このDEM達が現れた。
 斧と銃、大砲を持った真っ赤なDEM-01が3体。
 全身を黒く染め、大砲を右手に持ち、大きい鉤爪のような異様の形をした左手を持つDEM-01が3体。
 全身の色は青、右手に黒色の片手剣、左手に青色の盾を持ったDEM-01が3体。
 計9体のDEM達が現れた時、戦況は悪化した。
 いくら、歴戦の剣士リュウドとはいえ、チームワークを駆使する3体を同時に相手にするのは分が悪かった。
 斧を持った相手が迫る。カウンターで迎え撃とうとし、片手剣を右腰の位置に持って行き、刃を返す。十分に接近させ、横一文字に斬るためだ。
「な!?」
 回転しながら飛んでくる斧を見て、リュウドは驚愕と同時に片手剣を振る。飛んできたボールをバットで打つように。そして、次に写ったのは、接近を許してしまった赤いDEMの姿。
 宙で回転した後、斧はリュウド近くの地面に突き刺さる。
「ぐほぁ!」
 そして、リュウドは赤いDEMの飛び蹴りを腹で受け、うめき声を上げる。体をくの字にさせながら、後方へ大きく吹っ飛ぶ。
 赤いDEMは着地すると、突き刺さった斧を引き抜くと肩で担ぎ、リュウドにトドメを刺すために近づいていった。

「クッ!このちょこまかと!!」
 バハムルが上空から魔弾を放つが、右へ左へと蛇行走行をする黒いDEM達に当たらない。黒いDEM達は膝を折り曲げ、前傾姿勢を保ったまま走行する。足を僅かばかりに浮かせ、ふくらはぎに付いたバーニアを点火させながら。そして、手に持った大砲をバハムルに向けて発射する。
「ぬお!」
 攻撃後の隙を突かれ、砲弾が当たる。バハムルは落下し、地面に激突した。
「バハムルちゃん!大丈夫ー!?」
 ミアーヤが駆けつけようとするが、砲弾に阻まれ、近づく事ができない。一体の黒いDEMが大砲をミアーヤに向けて撃とうとした時、前掲していた体を起こす。右側から飛んできた手裏剣を躱すと右脚を軸に半回転し、飛んできた方向へ大砲を発射する。
「クッ!」
 次々に飛来してくる砲弾をサイドステップ、バックステップで回避し、着地に手裏剣を投げ続けるサチホ。
「攻撃後の隙が無いから、全然当たらない…!」
 手裏剣を使い果たし、クナイを逆手に持つ。
「けど、敵側はこちらを意識し始めました」
 ツーハンドアックスを構えるワイルドドラコ・アルマ。黒いDEM達は動きを止め、横に並び、サチホ達と対峙していた。サチホは横目でミアーヤ達を見る。桜吹雪の幻影を確認してから、視線を黒いDEM達に戻した。
「…サチホ殿、一体ずつ片付けましょう。私が動きを止めます。その間に刹那を…」
「…分かったわ。ドラゴさん、お願い…!」
「了解!お任せください!!‥はああああああああ!!」
 主の命を受け、ワイルドドラコ・アルマが飛び出す。その動きに反応し、黒いDEM達も僅かに足を浮かせ、前掲姿勢で動き出す。中央にいた者はまっすぐ、左右にいた者は右、左と位置を移動させながら向かってきた。
「てりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
 ワイルドドラゴ・アルマがツーハンドアックスを縦に振るう。その一撃を、中央にいた黒いDEMは左手の鉤爪で防ぐ。ワイルドドラゴ・アルマの力が勝っているため、黒いDEMは動く事ができなかった。
「ドラゴさん!!」
 サチホの声を聞くと、ツーハンドアックスを勢いよく押し、右斜め後方へ大きく跳ぶ。その横をサチホが疾走する。
 ここから、ワイルドラゴ・アルマの時間はゆっくりとなった。
 後一歩で刹那が当たる距離で、中央の黒いDEMの背後から大砲を発射する別のDEM。
 それに気付き、刹那を止め、体を大きく左に逸らして砲弾を回避するサチホ。
 そして‥中央の黒いDEMの右側から別のDEMが現れ、高らかに上げた左の手の鉤爪を無防備にさらしているサチホの正面目がけ、斜めに振り下ろす。
 サチホの体が後ろに倒れ込む。ワイルドドラゴ・アルマの時間は、まだスローで支配されていた。

「メェ!?」
 跳躍して、走行中のスリーピーカーのボンネットに乗ってきた青いDEMを見て、アルルは驚愕の表情を浮かべる。
「まずいですね。ロロピアーナ様」
 片手剣を逆手に持ち、エンジンを貫こうとする青いDEMを見て、ハートメイトの姿に戻るグランシャリオ。左手は既にスリーピーを抱きかかえていた。声を聞き、足下のタイニーゼロを抱きかかえると、グランシャリオに近づく。右腕で抱きかかえられた時、ロロピアーナの頭にあるヴィジョンが浮かび上がる。
『ロロピアーナ達を抱きかかえたまま、左の方向へ跳んだ時、剣を突き刺したDEMの右腕からワイヤーな物が発射され、グルグルに巻かれる。その後、電流が流れ、皆が苦悶の表情を浮かべる』
「右に跳んで!」
「!?」
 ロロピアーナの言葉を聞き、左側に跳ぼうとした体を踏みとどませ、無理矢理右側へと跳ぶ。青いDEMは剣をエンジンに突き刺した後、グランシャリオが飛ぼうとした方向に右手首上にある突起物からワイヤー様な物を発射するが、目的が達せられる事は無かった。
 運転手とエンジンの機能を失ったスリーピーカーは、そのまま木にぶつかり、白煙をあげた後、漏れた燃料に静電気などで発火し、音を立て爆発する。
「ああ~!ボクの車が~!まだローンが残ってるのに~!メェ~!!」
「び、びっくりしたぞー……」
 頭を両腕で抱えながらショックするアルルと驚きの顔を浮かべるタイニーゼロ。
「ロロピアーナ様、今のは…」
 ロロピアーナ達を地面に降ろしながら、グランシャリオは少し目を大きく開ける。
「え?私にも何が…!?」
 ロロピアーナの尋常ではない顔つきを見て、グランシャリオは体を反転させると腰に携えたレイピアを抜いた。
「認めたくありませんが‥ピンチというやつですね…」
 燃える炎の中から、青色のDEMが一歩、また一歩とグランシャリオ達に近づいてきた。

「ぐわああああああああああああ!!」
 右腕に巻き付かれたワイヤー、その後に流れた電流を受け、クーレはドラゴンスピアを落とし、前のめりに倒れる。
「ぬし様!」
「クーレ様!」
「だんな様!」
「クーレ…!」
 ワルツ達がクーレに駆け寄ろうとするが、その行方を阻むかのように、青いDEMが立ち塞ぐ。ワルツ達は、クーレが倒れた事によってすっかり動転しまい、ただ後ずさりするだけだった。
「う‥うう……」
 うめき声を上げながら、首を上げるクーレ。写ったのは、トドメを刺すために逆手に持った剣を振り上げる青いDEMの姿。
 全身に痛みが走る。右腕は電流のショックのためか、感覚が一切無かった。
「諦めるか‥最後まで諦めてたまるか…!!」
 必死に足掻くクーレ。青いDEMは何も感情を持たず、腕を振り下ろした。

…モーグ着。ブースター出力停止。自由落下に移行。
…落下時のショックを最小限度にするため、適宜ブースター噴射開始。
…落下地点に障害物発見。解析‥DEM-01の改良型と判明。敵対反応有り。着地と同時に排除を開始。
…着地完了。それに伴うダメージ無し。同時にDEM-01の排除完了。
「な……?」
…一人のエミル族を確認。パーソナルデータ解析‥クーレと判明。発見に伴い、システム起動。
…システム憑依‥開始。

~第4章~第5話

 僕は必死で体を動かそうとしたが、どこを動かそうとしても激痛が走り、それが叶わなかった。右腕はひどく、痛みどころか感覚すら感じられない。辛うじて、首だけが上がった。そして、視界に入ったのは、逆手に持った黒い剣を高らかに上げる、青いDEMの姿だった。
「諦めるか……最後まで諦めてたまるか……!!」
 自分に言い聞かせるように呻く。だけど、状況は変わらない。せめて、最後まで足掻こう。僕らしさを失わずに。
 そして、気付いた。青いDEMの頭上、遙か上の空に小さい光が点いたり消えたりするのが。その光は段々と大きくなり、気付いた時には、大きな音を立てていた。
 僕の目に入ったのは、白と黒を基調としたカラーリング、青いVの字を持つアンテナのような物を頭部に付けた、一体の機械人形。今まで見てきたDEMとは明らかに姿が違っていた。
 機械人形は、右膝と左拳を地面に付けながら、中腰の姿勢を取っていた。青いDEMは、機械人形の右手に持つ、巨大な槍のような物を背中から突き刺され、俯せに倒れたままピクリとも動かなかった。
「な……?」
 僕は疑問の声を上げる事しかできなかった。そして、機械人形の胸中央のの装甲が真上に上がり、その下にあった球体のような部品から発せられた光に包まれ、僕は意識を失った。
 ……意識が戻り、僕は目を開けた。目に映ったのは地面ではなく、木や草原、そして、僕らが倒した、機械系モンスターの残骸。おかしいと思ったが、すぐに怒りで頭に血が上った。青いDEMが、左手に持った盾でワルツを殴る光景が目に入ったからだ。
「ワルツに手を出してんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 僕は駆けだした。怒りのためか、さっきまで襲っていた激痛は一切感じなかった。それどころか、体がものすごく軽く感じた。さっき駆けたと言ったが、跳んだと言った方がいいかもしれない。何故なら一瞬にして、ワルツ達に近づけたからだ。まるで、僕の両足に噴射口みたいな物が付いていて、それが一気に噴射したかの様に。
 僕は右足を後方に振ると、大きなボールを蹴るかのように、青いDEMに蹴りを喰らわした。
 青いDEMは回転しながら吹っ飛ぶ。ガン!ガン!ゴロゴロゴロゴロ!ガツン!!こんな音を立てながら、地面に2回ぶつかった後、勢いよく後ろに回転しながら地面を転がり、露出していた岩に激突して、そのまま動かなくなった。冷静だったらありえないと思うが、今の僕はワルツの事が心配で堪らなかった。
「ワルツ大丈夫!?」
 青いDEMの結末を見ず、僕はワルツの方を向く。尻餅をついているワルツは、何があったのか分からない表情を浮かべていた。
「……え……?ぬ、ぬし様……ですよね……?」
 可哀想に……。ショックを受けている。僕は、いろは達に顔を向けた。
「いろは!リース!メア!ワルツがショックを受けている!連れて後退するんだ!」
「え……?その声……クーレ様……?」
「だ、だんな様ですか……?」
「にゃー……」
 いろは は白目を、リースは惚けた表情を、メアは驚いた表情を浮かべている。僕は僕だろ?何を言っているんだ?
 いつもの癖で、右手で頭を掻いた時‥自分でも異変に気付いた。頭皮を掻いている感じがしないからだ。感じたのは、磨いた鉄を触っているような感触。慌てるかのように、僕は自分の両手を見た。そこにあったのは、鉄でできた異様に大きい黒色の手。そして、写った腕は翔帝の鎧では無く、白色で塗られ、横の両端に赤色のラインが入った鉄製の腕。見覚えがある……。確か、これは……。
 僕は跳んだ場所を確認する。そこにあったのは、巨大な槍で突き刺された青色のDEMの姿。それだけだった。あの時見た、あの機械人形はいなかった。そして、僕は理解した。
「えーーーーーー!?僕の体、機械人形ーーーーーー!!??」
 僕はがに股になりながら、両手で頭を抱え、驚愕の声を上げた。

「メ、メェ~……」
「あ、相棒ー……」
 一歩ずつ近づいてくる青いDEMを見て、アルルとタイニーゼロは怯えるかのようにロロピアーナの足首にくっつく。衝撃と炎のためか、顔の左半分の装甲は無く、鉄でできた頭蓋骨が露出し、円形の赤い左目がギロッとグランシャリオ達を睨んでいた。グランシャリオは相手の動向を絶えず観察し、攻撃を仕掛けるタイミングを計っていた。
 弓を失ったロロピアーナは、恐怖、怯え、一切の感情を持たず、近づいてくる青いDEMをただ見ていた。
 そして、脳裏に浮かんだのは後方から黒い大きな手で頭を掴まれる青いDEMの姿。
「……頭を……掴まれる……」
 ボソッと呟くと同時に、青いDEMが右腕を前に突き出す。先程のワイヤー攻撃と予測したグランシャリオが攻撃に備える。そして、青いDEMの体が僅かばかりに浮いた。後ろから掴まれた、黒く、大きな手によって。僅かばかりの抵抗を見せた後、青いDEMの頭は握りつぶされ、体が地面に倒れる。
「何この力ーーーー!僕、握っただけだよーーーーー!!??」
「そ、その声……。主様……ですか……?」
 握りつぶした白い機械人形、クーレの声を聞き、グランシャリオは驚きの声を漏らす。
「……私……どうしちゃったの……?」
「あ、相棒……?」
 自分に何が起きたか理解していないロロピアーナの姿を見て、タイニーゼロはただ声を掛ける事しかできなかった。

 斧が倒れたリュウドに振り下ろされた。だが、斧はリュウドに当たる事なく、横から出てきたハルバードによって阻止される。その直後、倒れているリュウドを飛び越え、イオリの爪が襲いかかる。赤いDEMはバックステップで躱す。その間にリュウドは立ち上がり、体勢を立て直していた。
「む……速いな……」
「角付けてたら似合うんじゃないカナ☆」
 険しい顔つきをするイオリと軽口を叩くシカープは、リュウドとともに襲いかかってきた銃弾と砲弾を躱していた。
「注文だ」
 銃弾と砲弾が止み、斧を持った赤いDEMを視線に捉え、リュウドは口を開いた。
「残り2体の足止めを頼む」
「オーダー入ったヨ☆」
「かしこまりました、お客様」
右、左とそれぞれの方向に跳ぶシカープとイオリ。ほどなくして、銃弾と砲弾の音が響く。
 リュウドと赤いDEMは、それぞれの武器を前に構えたまま対峙する。一陣の風が吹いた。それと同時に、二人は動き出した。片手剣と斧がぶつかる。一瞬の鍔迫り合いの後、二人は揃ってバックステップし、距離を取る。
「…かかってこいよ」
 片手剣を右肩に担ぎ、空いた左手で手招きするリュウド。赤いDEMは表情を変えない。その代わりに腰を落とし、溜めていた力を一気に解き放つように前へ跳躍する。
 リュウドは、迎え撃つために左足を大きく一歩踏み込む。
 赤いDEMは踏み込むモーションを予測し、斧を投げると同時に素早く左足で地面を蹴り、飛び込み蹴りの姿勢を取る。
「同じ技は通用しない!」
 踏み込んだ足を軸に左側へ回転する。斧がリュウドの鼻すれすれを飛んでいく。回転の動きはそのまま、肩に担いだ片手剣を胸の高さまで移動させ、刃を水平にしながら両手で柄を掴み、そのまま振り抜く。
「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 叫びとともに、スキル『大車輪』を繰り出す。刃は跳び蹴りをしてきた赤いDEMの胴を捉え、真っ二つにする。上半身がきりもみしながら、地面に落ちる。赤いDEMは首と右腕を僅かに上げたが、背中から片手剣を突き刺され、上げた箇所を地面に落とし沈黙した。それを確認すると片手剣を抜き、まず銃弾がする方向へと駆ける。
 シカープは敵をからかいながら、銃弾を回避していた。時たま、カードの様な物を投げ、相手の注意を引きつける。シカープが気付き、右手を振る。その瞬間、リュウドの『神速斬り』が、ライフルを持つ赤いDEMの右脇腹を深々と突き刺した。剣を素早く抜くと、最後に向かう。
 イオリは大砲を撃たせないよう接近戦を持ち込み、爪による突き、斬撃などの攻撃を繰り出す。
 大砲を持つDEMは距離を取り、大砲を発射するが難なく躱される。
 再び、接近戦に持ち込むイオリ。連続攻撃した後、バックステップする。
 赤いDEMはチャンスと言わんばかりに大砲を構えるが、それは誤った行動だった。イオリの背後から、一つの影が飛び上がる。
「チェストォォォォォォォォ!!」
 リュウドは掛け声を上げながら、右上段に構えた片手剣を落下すると同時に縦へと振り下ろした。ブレイドマスターのスキル『兜割り』。赤いDEMの体が左右に別れ、それぞれの方向へと倒れていった。
「ハァー!ハァー!ハァー!」
 片手剣を構えたまま、荒い呼吸をするリュウド。
「お疲れ様ー☆ハイ、濃縮エナジーポーション♪」
「今のうちに飲んでおけ」
「……アルコールは入ってないだろうな?」
 リュウドは冗談で返すと、シカープから受け取ったポーションを一口飲む。
「……苦ぇ」

~第4章~第6話

 時間が元に戻り、ワイルドドラゴ・アルマは倒れたサチホに駆け寄り、抱きかかえる。
「うっ……」
 サチホの声を聞き、胸を撫で下ろす。右胸元の衣装は4本の爪痕で破れ、その下にある素肌からは血が流れていた。攻撃が当たる瞬間、後方に仰け反って致命傷を防いだのだろう。
 そんなサチホ達をあざ笑うかのように、3体の黒いDEM達は蛇行走行をしながら距離を取ると、一列に並び前傾姿勢のまま向かってくる。先程、サチホを襲った攻撃をするのだろう。ワイルドドラゴ・アルマは立ち上がって迎撃しようとしたところ、スッとサチホ達を護るかのように一人の男が立つ。
「ヒーリング」
 男は顔を黒いDEM達に向けながら、右手を後ろにかざし、癒やしの光をサチホに浴びさせる。
「今度は見てないとハッキリ言うからね」
「……え?」
 ヒーリングを受け、痛みが治まったサチホは、男が着けている赤いマントに向けて疑問の声をぶつけた。
 そして、男は腰に携えたレイピアを抜くと駆け出す。黒いDEM達に向かって。
 互いに近づき、数歩の距離になると、先頭の黒いDEMは左の鉤爪を横に振るう。
 男はバックステップでかわすが、その隙を突き、2番目に並んでいたDEMが体を起こし、大砲を発射しようとする。
 男はその動きを読んでいた。バックステップの後 中腰になり、足のバネを使って前へ高く飛ぶ。
「黒いDEMを踏み台にしたー!?」
 サチホ達に近づいたミアーヤが驚きの声を上げる。先頭のDEMを踏み台にし、さらに高く飛ぶ男。大砲から発射された砲弾は男の足下を虚しく通過する。3番目のDEMは大砲を捨て、ふくらはぎのバーニアを使って男より上昇し、両手を組んで後方に振る。ハンマーナックルを喰らわすためだ。
「遅いよ!」
 男は素早く、右手に持ったレイピアを上昇してきた黒いDEMの顔に突き刺す。そして、そのまま下に切り裂くと同時に前に一回転し、2体の黒いDEM達の背後に降り立った。2番目のDEMが振り返り、大砲を男に向ける。
「……僕に気を取られていいの?」
 顔を向け一瞥すると、男は迎撃せずに走り出す。その直後だった。
「よくも偉大なる余に攻撃を喰らわしてくれたなぁぁぁぁぁぁ!!」
「よくもサチホ殿をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 先頭のDEMが、覇王の名を冠する竜の右ストレートを。野生の名を冠する竜の左ストレートを顔面に喰らい、2番目のDEMを巻き込みながら後方へと吹っ飛ぶ。もし、この技に名を付けるのなら こう名付けたい。『ダブル・ドラゴンパンチ』と。
 足のバーニアを使い、踏みとどまる2番目のDEM。そして振り返った時、視界に入ったのは、逆手に持ったクナイを前に突き出しながら突進してくるサチホの姿。
「刹那ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 光の羽のような物を背中に生やしながら、黒いDEM達を通り過ぎる。光の羽が消えると同時に、2体のDEMは音を立てて崩れ落ちる。人で言う心臓の位置には、大きな穴が開いていた。
「サチホちゃん、お疲れ様-!お姉ちゃんパワー全かぁぁぁぁい!!」
 ミアーヤがサチホに近づき、『桜花爛漫』を発動する。暖かい癒やしの光がサチホに付いた傷を無くしていった。
「ほらー?覇王様もー。まだ、途中でしょー?」
「フン!覇王たる余にとって、このような傷は蚊に刺されたようなものだ!それより、この怒りをヤツらにぶつけんと気が済まん!!」
「お姉ちゃんの言う事を聞かないと、グランシャリオちゃんが作ったお菓子あげないよー!!」
「…………まあ、臣下の忠言を聞くのも覇王たる余の勤めだ。聞いてやろう、ありがたく思え」
「あ、こっちに立って。サチホちゃんの壁に立つように」
「おい、ちょっと待て!余はキサマの指図なぞ――」
「ワルツちゃんが作った桜餅も付けるよ!!」
「…………ふむ、何となくこちら側に立ちたくなった。これも覇王たる余の気まぐれよ」
「ドラゴちゃんも回復しないとねー。あ、こっち側に立って、サチホちゃんの壁になってねー」
「あ……は、はい……」
 ミアーヤとバハムルの掛け合いを見て呆然としながら、ワイルドドラゴ・アルマは指示に従った。
「あ、あの~……ミ、ミアーヤさんでいいんですよね……?」
「はいは~い♪みんなのお姉ちゃん♪守護魔トワのミアーヤだよー♪」
 恐る恐る聞くサチホに、ミアーヤは右手でVサインを作りながら真横に向け、満面の笑みを浮かべる右目付近に持っていった。
「き、傷も治りましたので、私も戦線に復帰――」
「ダメです」
 サチホの言葉を遮るかのように、ミアーヤは真剣な表情で言葉を発した。
「乙女の柔肌を晒すのは絶対にダメです。お姉ちゃんが許しません!!」
「え?……キャア!!」
 視線を下に移すと、血は止まり、傷は治っていた。そして、破れた衣類から胸の素肌が晒されている事に気付いたサチホは、悲鳴を上げながら両腕を使って素肌を隠した。
「こう見えてもお姉ちゃんは裁縫が得意なのー♪ちゃちゃと直すよー♪うーん、けど、縫うよりアップリケ付けた方が早いかなー?」
 観察した後、着物の右裾から裁縫道具を取り出し、左裾を探す。
「え、えっと……。は、恥ずかしいですけど、皆さんがまだ戦っているのに、私だけこんな事――」
「あー!あった、あったー♪ねえ、サチホちゃん?『忍』という文字と『闘』という文字のアップリケあるけど、どっちがいいー?」
「『忍』でお願いします!!」
 サチホは目をキラキラさせながら、反射的に答えていた。
「はーい♪じゃ、そのままでちょっと待っててねー♪」
 修繕作業に入るミアーヤ。サチホは先程の男を思い出し、顔を向ける。遙か先に、赤いマントが写った。
「……あの人は……」
 サチホは呟いた。男の名はキリヤナギ、未来から過去に跳んだストレンジャー。

「邪魔だ!」
 襲いかかるフォックススロット、DEM-01を走りながら片手剣で斬り裂くリュウド。 サチホ達や他の者の活躍により数は確実に減ってきたが、元を絶たないとイタチごっこは終わらない。100メートル先に見える加工場から、煌々と輝やく赤色の転送ゲートがよく見える。そして、先に加工場に着いた者を確認した時、リュウドは走りながら力一杯叫んだ。

「近くの部品を壊せ!!」
 知った声を聞き、体を一瞬ビクッとさせた後、キリヤナギは首を左右に動かす。加工場から少し離れた所に、点滅する赤いランプから転送ゲートを照射する部品が転がっているのを発見した。素早く近づき、レイピアを逆手に持ち替えた後 両手で掴み、部品に突き刺す。赤いランプの光が徐々に小さくなり、そして完全に消えた。それに伴い、赤色の転送ゲートも消える。
「ふぅ…」
 溜息を吐いた時だった。
「ワーニング、ワーニング。セイトウ ナ テジュン イガイ デノ テイシ ヲ カクニン。キケンレベルSト ハンダン。コード『Z(ゼット)』ヲ テンソウ。キミツホジ ノ タメ、ホンキ ハ ジドウテキ ニ ショウメツスル」
 言葉の後に部品は爆発し、木っ端微塵となる。
「……コードZ……?」
 キリヤナギが呟くと同時に、部品があった地点を中心に赤色の転送ゲートが魔方陣のように広がる。直径は約15メートル。完全に広がる前に、バックステップしながら転送ゲートの外に出る。転送ゲートは地面に露出している岩や木、機械系モンスターの残骸をことごとく押し出していたからだ。
 レイピアを構える。出現が確定されている敵に備えて。そして、まるで召喚される悪魔のように、それは転送ゲートからゆっくりとせり上がってきた。
「な…………!」
 浮かんだ単語は『鉄(くろがね)の城』。大きさは推定12メートル。メタルブラックに輝くボディに、胸中心に大きく『Z』と描かれた機械モンスター、ガッテンガーZを見て、キリヤナギは絶句した。

「デ……ケェ……」
 加工場跡に着いたリュウドが、呆然としながらガッテンガーZを見上げる。そして、首をキリヤナギに向ける。
「お前何をした!?」
「ぼ、僕のせいじゃない!僕のせいじゃない!リュウドが壊せって言ったから!!」
「オレのせいにすんのかよ!!」
 そして、ガッテンガーZは高らかに両腕を上げ、肘を曲げると同時に両目を輝かせる。
「ガオォォォォォォン!!」
「やる気満々か!デカブツを倒すセオリー通りに行くぞ!」
 ガッテンガーZの右側に回り込むリュウド。キリヤナギも意図を理解し、左側に回り込む。
「「てりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
 掛け声を合わせ、二人同時に突っ込む。リュウドは片手剣でガッテンガーZの右膝付近に斬りかかり、キリヤナギは左膝付近に突きかかる。
「「な!?」」
 二人同時に驚きの声を上げる。剣が当たった時、障壁が現れ防御されたからだ。
「エセリアルボディ!?」
「防御も備えているわけか!」
 失敗した事を悟り、二人はバックステップで離脱する。それと同時に、ガッテンガーZは右腕をリュウドに、左腕をキリヤナギに向けると、腕を分離させ飛ばしてきた。
「ロケットパ……いやロケットクローか!」
「何て無茶苦茶な!!」
 リュウド達は叫びながら前に飛び込むように回避する。ロケットクローは外れるとそのまま空に向かって飛び、軌道修正して再び襲ってくる。立ち上がろうとしたキリヤナギ達は、回避が間に合わないと悟る。

「危ない!!」
 飛び込むサチホ。キリヤナギに抱きつきながら前方に倒れ込む。そして、キリヤナギがいた地点に深々と突き刺さる左爪。
「大丈夫ですか!?」
「……ああ、助かったよ」
 サチホに押し倒される格好になったキリヤナギは、苦笑を交えて言った。

「ホォォォムラァァァァァン!!」
 リュウドに向かってきた右爪を巨大な槍みたいな物を使って振り抜く。右爪は大きく弧を描きながら飛んでいく。
「リュウドさん!怪我は無い!?」
「!?そ、その声、クーレか!?」
 白と黒を基調としたカラーリングの機械人形を見ながら、リュウドは驚きの声をあげた。
「え……?クーレさん……?」
「……クーレ君……?あの機械人形が……?」
 その声を聞き、呆然と機械人形を見るサチホとキリヤナギ。
そして、飛んでいった右爪は回転を終えると軌道修正をして再び向かってくる。それに気付き、リュウドは叫んだ。
「!?危ねぇ!!」
「え?おわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 右爪の直撃を受け、クーレは大きく吹っ飛ぶ。手から離れた大きな槍は、そのまま地面に落ちた。
「クーレ!?チッ!!」
 体勢を取り戻したリュウドは片手剣を構える。反対側を見ると、キリヤナギとサチホがレイピア、クナイを構えていた。ガッテンガーZは左右の爪を戻すと、再び両腕を上げ肘を曲げる。それと同時に、真ん中のZの文字が左右に分かれ、複数の砲台を出した。
「ガッテンガーミサイル!?」
「一斉発射!?」
「きゃああああああ!!」
 砲台から発射されたミサイルの雨をリュウド達は回避するしかできなかった。

「もう!早くクーレ達の援護に行きたいのニ!」
「邪魔だ!!」
 次々に襲いかかる機械系モンスターに、シカープとイオリは攻撃を仕掛けた。

「ああ!自分もサチホ殿に付いていくべきだった!!」
「クーレちゃん達が心配なの!これ以上お姉ちゃんを怒らせないで!!」
 叫びながら武器を振るうワイルドドラゴ・アルマとミアーヤ。そして、バハムルはじっとガッテンガーZを見つめていた。
「……敵ながらカッコイイではないか……」

「アンタ達……邪魔なのよぉぉぉぉ!!」
「そこをおどきください!!」
 いろはの炎とリースの槍がギガンド達を襲う。
「いろは様!リース様!ディバインバリア!!」
 ワルツが叫ぶと、物理魔法の体勢防御膜が いろは達を包む。
「ワルツ様、お怪我を治したばかりなので、ご無理はなさらないように」
 言いながらグランシャリオはレイピアで、ワルツに向かってきた銃弾を弾く。
「我々に何かあった時、一番悲しい顔をするのは主様ですからね」

「……アルルちゃん、ゼロちゃんを見てもらえるかな?」
「メェ?」
「あ、相棒?」
「ごめんね、ゼロちゃん。ちょっと行ってくるね」
 抱きかかえていたタイニーゼロをアルルに託すと、ロロピアーナは武器を持たず、ガッテンガーZの方へと走っていった。

~第4章~第7話

「痛たたた……」
 地面に大きく叩きつけられたが、ダメージは少なかった。この体は思った以上に頑丈らしい。そして、槍を手放してしまった事に気付き探す。すぐに見つかったが、位置は遙か前方、ガッテンガーZの近くにあった。
「何か――何か代わりの武器は……!」
 辺りを見渡す。そして、クーレの視界に白い線で描かれた機械人形の絵が現れると、両肩の部分が光で点滅すると同時に『ビームサーベル』という文字が現れた。
「び、びーむ――サーベル……?細剣か!よぉーし!!」
 意識すると、右と左の肩上部のハッチが開く。そこにそれぞれの手を近づかせ、飛び出た筒を掴む。
「細剣二刀流だ!――ってえええええ!?」
 視線を左右の手に移した時、驚きの声を上げる。
「刃が!刃が無い!!どこがサーベルだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 首を左右に、両腕を上下に動かしながら慌てふためく。その時、両の親指が筒の突起物を押し込むと筒からピンク色に輝く、2メートル以上はある細長い刃が形成される。
「こ、これが――ビームサーベル……。うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 叫びとともに跳ぶ。両足のふくらはぎと足裏に付いたバーニアが点火し、その加速を増した。

「チルビームに火炎放射――だと……!?」
「二足歩行ロボのスキル――全てを備えているのか……!」
 攻撃を回避しながら、リュウドとキリヤナギは同時に言葉を発した。
「ん……?という事は――あのスキルがあるんじゃ……」
 サチホが呟いた時だった。ガッテンガーZのボディに描かれた『Z』の文字が左右に別れ、巨大な砲台が現れる。
「「サチホォォォォォォォォォォ!!!」」
「えええええ!?私の!私のせいですかぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
 リュウドとキリヤナギが叫び、サチホは驚きと困惑の声を上げる。
 『ラビッジカノン』、全てを薙ぎ払うレーザーが今にも発射される時だった。両手にピンク色に輝く剣を持った、機械人形のクーレがガッテンガーZの右方向から跳んできた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 叫びとともに、右手に持ったピンク色に輝く刃をガッテンガーZの右膝付近を突く。だが、障壁がそれを防ぐ。
「くぅぅぅぅ……負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 気合いの言葉とともに力を込める。キンキンキンという音はやがてパリーンという音になると、ビームサーベルは右膝を貫き、高熱で鉄が溶けたような穴を空ける。
「でりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 そのまま右へと薙ぎ払い、右足を切り落とす。バーニアを点火させたまま、勢いを殺さない。そして、左腕を大きく右に振り、一気に振り抜くと同時に進行方向へ離脱する。障壁を失った左足はビームサーベルの直撃を受け、切断される。そして、ダルマ落としのダルマの様に、ガッテンガーZの体は地面へ落ちた。
 クーレが着地すると、両手に持っていたサーベルの光が消える。
『ビームサーベル、残量エネルギーゼロ』
 クーレの視界に文字が現れる。両肩にビームサーベルの筒を収納すると、槍を拾いに行った。
「――すごい……」
「――何だ、あの武器は……」
 サチホとリュウドが声を上げた時だった。
「――!?油断するな!!」
 キリヤナギが声を上げる。ハッとした表情を浮かべ、武器を構えるリュウドとサチホ。ダルマのように落ちたガッテンガーZは体を震わせた後、下半身を切り離し、悠然と飛び立つ。足があった位置には、巨大なバーニアが付いていた。
「な!?足は飾りってか!?」
「お偉いさんには分からないってやつですか!?」
 リュウドとサチホは、キリヤナギを見ながら叫んだ。
「ええええ!?何で二人、僕を見るの!!??」
 二人の視線を受け、元の時代では『治安維持部隊総隊長』の肩書きを持つキリヤナギは困惑の表情を浮かべた。
「どうやって相手にすれば――うわぁ!」
 宙に浮かぶガッテンガーZからのチルレーザー、火炎放射、ガッテンガーミサイルを回避するクーレ達。
「クーレ君!その槍、右手にくっつけられない!?」
 回避しながら、キリヤナギは叫ぶ。白と黒を基調したカラーリングに青いVの字を思わせるアンテナを額に付けている姿を見て、光の塔A塔屋上での戦闘を思い出していた。
 キリヤナギの問いを受け、クーレは改めて槍を観察した。
 上下左右に備わった穂。その内、左右の穂後方には噴射口が取り付けられていた。
 穂の後ろに長方形の部位を経て、柄とつながっている。これだけなら一般的に槍と言えるが、柄の部分が異なっていた。
 柄は長方形の部位後部下から伸びていた。通常なら、バランスを取るために穂から柄まで水平になっているのだが、穂から一段下がって柄という作りになっている。一際大きい手がしっかりと持っていたため疑問に浮かばなかったが、指摘されるとアンバランスな作りになっている事と、長方形の部位後部に手首大の穴がある事に気付く。
 その穴を凝視すると、クーレの視界に白い線で描かれた図が現れる。『右手を平手にし、槍長方形部位の穴に入れる』図が。
 右手を平手にし、穴に恐る恐る入れる。手首の位置まで入ると、穴の左右から鉄板の様な物で挟まれ、手首が固定される。
『レールガンランス、セット』
「れ、れーるがんらんす?」
 頭に響いた声を口に出し、槍と一体化となった右腕を上げる。重さはさほど感じなかった。
『やはり――あの時の機械人形か……』
 キリヤナギは呟く。そして、槍から放たれた光の球体を思い出す。
「クーレ君!」
「その腕を60度――え、えっと――光の塔が見える位置に合わせて屋上に向けて!!」
 キリヤナギの声に続くように響く声。主はロロピアーナであった。向けると同時に、頭に声が響く。
『レールガン、チャージ。5、4、3、2、1』
 頭に響く声。そして、上下左右に分かれた穂の中心に電気のような物が集まり、球体を形成していく。
『――0』
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
 ゼロの声と同時に叫ぶ。巨大な槍の中心に形成された光の球体が発射される。光の球体は凄まじい加速で飛んでいく。
 クーレ達を小馬鹿にする様に飛び回るガッテンガーZ。『ラビッジカノン』を発射するため、胸の装甲を左右に開いた時、光の球体に貫かれた。胸に大きな穴を空けられたガッテンガーZは首と両腕をダランと落とすと爆発し、モーグの海へと落ちていった。
「一撃か……」
「すごい威力……」
 リュウドとサチホが驚きの声を上げる中、キリヤナギはクーレに駆け寄ってきた。
「クーレ君、やったね!」
 だが、クーレは何も答える事ができなかった。機械の顔なので表情は分からない。ただ、右腕を曲げ槍をじっと見ていた。
「……何、この力……。怖いよ……」
 クーレはそっと呟いた。

 ガッテンガーZとの戦闘が終わると、ロロピアーナはへたりと地面に座り込む。あちこちで勝ち鬨の声が上がる。戦いは終結した。
「…やっぱり――私、未来が見えるんだ……」
 三度目で確信に気付くと、ロロピアーナは深く頭を項垂れた。

~第4章~第8話

「……ククク。いい見物だったな」
 ロング・レールガンを背中の盾右横に設置した紺青色の機械人形は、空いた右手に手の平サイズの黒い長方体の部品を持ちながら呟いた。長方体の部品には赤いコードが伸びており、紺青色の機械人形の赤く大きな右目横とつながっていた。
「お前もこの時代に飛ばされていたとはなぁ、キリヤナギ~!」
 赤い右目の内部レンズが外から内へ小さくなった時、勝利に喜ぶキリヤナギの顔が写る。それと同時に、
『キリヤナギ。データ登録……完了』
の文字が長方体の部品に備わった液晶画面に映し出される。そして、
『登録完了リスト、リュウド、サチホ、キリヤナギ』
となった。
「まともに戦えないみたいだが、オレは忘れてねぇぞ?一旦、負の力に落とされておきながら、家族の情とかいう甘っちょろい感情で正の力を取り戻した一撃でオレを倒したお前をなぁ……!」
 赤い右目が地べたに座り込むロロピアーナの姿を映し出す。
『ロロピアーナ。データ登録……完了。登録完了リスト、リュウド、サチホ、キリヤナギ、ロロピアーナ』
 長方体の部品に新たな情報が登録される。
「最後はお前だ……!まさか、お前がアイツと一緒になるとはなぁ……!」
 赤い右目が捉えたのは、白と黒を基調とした機械人形。
『クーレ&RX-78AL-3GU。データ登録……完了』
「決めたぞ!オレの相手はお前だ!アイツと一緒のお前!クーレだァァァァァァ!!」
『登録完了リスト、リュウド、サチホ、キリヤナギ、ロロピアーナ、クーレ&RX-78AL3-GU』
 液晶画面に表示されると、赤い右目につながっていたコードが自然に外れ、長方体の部品にしまわれていく。
「ハァ~ハッハッハッハツ!!」
 背中の盾下部に設置されたバーニアが点火し、光の塔A塔屋上から飛び立つ紺青色の機械人形。完全に姿が見えなくなると、隠れていたウィッキーブーやリリカルが恐る恐る物陰から出てくる。
『リストのデータを反映。C塔転送許可者。リュウド、サチホ、キリヤナギ、ロロピアーナ、クーレ&RX-78AL3-GU、ハ‥&RX-78AL2-HA』
 液晶画面に映し出された一部の文字を右親指で隠しながら、紺青色の機械人形は激闘を終えたばかりのモーグへ飛んでいった。

「よお、そんなとこにいたのか」
 リュウドは人から離れ、木の幹に背中を預けながら座るキリヤナギに声をかけた。
「え?あ、ああリュウドか……」
 リュウドに苦手意識を持つキリヤナギは顔をひきつきながらも、笑みを浮かべた。
「ほら、炊き出しだ」
 右手に持った湯気が立ち上るお椀を差し出す。左手にも同じお椀を持っていた。
「箸で良かったか?」
「あ――あ、ありがとう……」
 礼を言いながらお椀とその上に乗っていた箸を受け取る。リュウドは受け取るのを確認すると、地べたにあぐらをかいた。
「どうした?冷めちまうぞ?」
 正面に座り、お椀の中身をすするリュウドを見て、居心地が悪くなったキリヤナギは、とりあえずお椀に視線を移した。沸き立つ湯気とともに懐かしさを感じる香りが鼻孔をくすぐる。途端に胃袋が刺激され、我慢できず中のスープを一口飲んだ。
「……はぁ~……」
 幸せの溜息を漏らすキリヤナギ。中身はミソスープだった。
『疲れた体に程よい塩分が優しく染み渡るなぁ。ごろごろに入ったニンジンや大根、じゃがいもが嬉しい。モーグだから魚なのだろうか?なますに切られたアジがいい味を出し、程よく煮られた身が柔らかく絶品だなぁ……』
 幸せの笑顔を浮かべるキリヤナギ。そして、更なる香りに気付く。
「……ほらよ」
 リュウドはキリヤナギに、竹の皮で作られた包みを開きながら差し出していた。腰部の革袋に入れていたのだろう。
「これは――」
「焼きおにぎり!それもショウユ味!さらに焼きたてじゃないか!!」
「――ああ、そうだ」
 言うと、リュウドは空いた左手で焼きおにぎりを取り口に運ぶ。キリヤナギはお椀をそっと地面に置くと、残り1個の焼きおにぎりを両手で取り、口に運んだ。
「~~~~~~~~♪」
 言葉が出ないほど、キリヤナギの顔は幸せに満ちていた。
『外はカリカリ、中はしっとりの米がたまらない……!そして、その旨味をショウユが何倍にも引き出す……!くぅ~~~♪やっぱり、ミソスープには米だよね♪』
 キリヤナギはあっという間に焼きおにぎりを食べ終えると、地面に置いたお椀を手に取り、残りのミソスープを堪能するのであった。
 先に食事を終えたリュウドは空になったお椀を地面に置くと、キリヤナギの目を見た。
「――なあ」
「……ん?何、リュウド?」
 返事をすると、キリヤナギは大きめのじゃがいもを口に運んだ。。
「お前――オレを知っているだろ?どこかで会ったか?」
「んぐ!?」
 突然の問いに、思わずじゃがいもを飲みこそうになる。落ち着いて咀嚼しながら、シミュレートを頭の中でする。
「私はハイエミル・ガーディアンのキリヤナギ。未来から来た。リュウドは未来で会っていて、果たし合いや押し倒されたりしたんだ」
「……テメェ――オレをおちょくっているのか……?」
『ダメダメダメ……』
 じゃがいもを飲み込んだ後、『悠然と語る自分と片手剣を構えるリュウド』のイメージを消すように、両目を閉じながら首を軽く左右に振るキリヤナギ。そして、何かいい案は無いかと思索する。
「……まあ、演習や攻防戦などでオレを知ったんだろ?そういう事にしとく」
「え?」
 沈黙の後、口を開いたリュウドにキリヤナギは疑問の声をあげた。
「お前が誰なのか、どこから来たのかは重要じゃない。重要なのは、一緒に戦ったという事だ」
 リュウドは右手を差しだしながら言葉を続けた。
「という事は、オレの友だ。怒鳴った事もあったが、助かった」
 キリヤナギはリュウドの意図を知ると強引だなと思いつつも、お椀と箸を地面に置き、右手で握手をした。
「改めて紹介だ。オレはリュウド、グラディエーターだ」
「わ――いや、僕はキ――キーリ。ガーディアンだよ」
 キリヤナギは、咄嗟に浮かんだ名前を口に出した。
「ところで、お前もショウユの味を――」
『あの店で知ったのか?』
 こう言葉を続ける前に、キリヤナギは笑顔を浮かべながら言葉を発した。
「うん、ショウユ味は好きだよ。日常的に使っているから、落ち着くよね♪」
「――ああ、そうだな」
 リュウドはショウユがルイーザ亭独自の調味料である事を知っていたが、余計な詮索はしないと決めたため、笑顔を浮かべながら同意した。

「ローローさん♪」
「……うん?ああ、サチホちゃんかー♪」
 崖に座り、海を見ていたロロピアーナは、サチホに向けて笑顔を見せた。
「……隣、いいですか?」
「うん」
 了承の言葉を聞くと、サチホはロロピアーナの右隣に座った。サチホが座る前に、ロロピアーナは海へと視線を戻す。
「そういえばゼロちゃんはどうしたんですか?」
「疲れて眠っちゃった。アルルちゃんにお礼を言わないとなぁ。ドラゴさんはどうしたの?」
「負傷者の運搬や片付けをやっています。私も手伝うって言ったんですけど、『サチホ殿は休んでください!』って怒られちゃいました」
「アハハ♪サチホちゃん、モノマネ上手ね♪」
「それで兄様に報告したんです。『怪我したけど、ミアーヤさんに治してもらいました』って言ったら、これまた怒られちゃいました。『何でそんな無茶するんや!!今から行くからじっとしとき!!』って」
「フフ♪サチホちゃん、その人に愛されているね♪」
「ロロさん」
「何?」
「――何かありました?」
 この言葉を聞き、ロロピアーナはサチホの顔を見た。サチホは真剣な瞳で、じっとロロピアーナ見つめていた。
「……ふう。サチホちゃんには敵わないなぁ……」
 そして、ロロピアーナは視線を海に移す。サチホはロロピアーナの横顔をじっと見ていた。
「……サチホちゃん。戦う時、相手の動きが読める?こうしたら、ああ動くなーって感じで」
「ええ――多少はですが……」
 答えると、右胸に刺繍された『忍』の黒文字を無意識になぞった。完全に読んでいたら、この攻撃を受ける事は無かったという後悔も含めて。
「じゃ――『実際に起こる場面』が分かった事は?」
「え?いや、そんな事はできませんよ。超能力者じゃ――」
 そして、サチホの頭にある言葉が再生される。
『その腕を60度――え、えっと――光の塔が見える位置に合わせて屋上に向けて!!』
 その時はさほど気にしてはいなかった。何せ、揺れる車上の上で矢を放ち、機械系モンスターの急所や銃口に当てていたのだ。動体視力の賜物と弓の練度が高いのだろうと思っていた。
 だが、あの時は違う。実際に撃ったのは、射撃が得意ではないクーレだ。
「……うん。何故だか分からないけど――未来が見えるようになっちゃったの。冒険者している時は、こんな事一回も無かったのになぁ……」
 驚きの表情を浮かべるサチホを横目で見た後、再び海を見る。
「……丈……です」
「うん?何か――」
「大丈夫です!ロロさんなら絶対に大丈夫です!!」
 地べたに正座をしながらズイと迫るサチホ。ロロピアーナは気迫に飲まれ、思わず体を引く。そして、自分が崖にいる事を思い出した。
「ほ、ほら。ここ危ないから――」
「今の私の行動が分かりましたか?分かりませんよね?分かっていたなら私を停止させますよね?だから、ロロさんは絶対に大丈夫です!!」
 勢いよくサチホは言葉を続けた。その言葉に根拠は無かったが、不思議とロロピアーナは安心を感じていた。
「……昨日、言った言葉を使われるなんて……。やっぱり、サチホちゃんには敵わないな♪」
 言うとロロピアーナは立ち上がり、笑顔を向けた。
「安心したらお腹空いちゃった♪何か、食べに行かない?」
「はい!お付き合いします」
 サチホも笑顔を浮かべ、立ち上がった。
「ところで――何で私に声かけたの?」
「えっと……。何か思い詰めたような表情で崖の方に行くので心配しちゃって……」
「そんな顔してたんだ……。あちゃー」
 ロロピアーナは額に右掌を当て、悔いた表情を浮かべる。
「そうだ、サチホちゃんの話で思い出したけど、私も連絡しなきゃなぁ……」
「旦那様ですか?」
「それもそうなんだけど……。今、うちの両親と妹達、エル・シエルのお婆ちゃんの所にいてね。遅くなる事を伝えないと」
「へぇー、お婆さまがエル・シエルに――って、ロロさん、ひょっとしてお婆さまはタイタニア族――ですか……?」
「あ、言ってなかったっけ。うちのお母さん、タイタニアとエミルのハーフなの」
「ええーーー!?それって、異種族結婚ですかーー!?」
 サチホは驚愕する。本来なら、異種族同士の婚姻はタブー中のタブー。禁忌の悲恋として、各地に逸話が残るくらいである。近年――時期としては、『想いの力』が世に出たくらいの頃にはそれが薄れた。異種族同士のカップルが生まれ、結婚をし、子を産むという事も起きている。だが、未だに抵抗を持つ人々がいるのも現状だった。
「あ、これってそんなに驚く事だったんだ。それで、お父さんはドミニオンとエミルのハーフ。私はエミルだけど、妹達がドミニオンとタイタニアなの。って、サチホちゃん。体震わしているけど、大丈夫?」
「ロロさん!」
「は、はい!」
「お婆さま達はとってもステキですね~~~!!」
「……え?」
 胸の位置で両手を組みながら目をキラキラさせるサチホを見て、ロロピアーナはきょとんとする。
「周囲から認められない禁じられた恋!だが、二人の愛はそれを貫く!!そして二人は結ばれ、愛の結晶を産む!!ロマンティックです~~♪」
「は、ははは……」
 サチホに気圧され、渇いた笑みとともに右頬をポリポリ掻くロロピアーナ。
『……そっかー……。これって、普通じゃないんだ……。私が生まれ育ったのはファーイーストだけど、ドミニオンのミーナとタイタイニアのマリーが産まれた時、そんなに大騒ぎになってなかったからなぁ……。そういえば――おばあちゃんとお母さんがエル・シエルで暮らしていた時の話って聞いた事なかったなぁ……』
「……今度、聞いてみよっと♪ウフフ♪」
「ロロさん?」
「んー♪何でも無いよ♪じゃ、何か食べにいこっ♪」
「はーい♪」
 両手を頭の後ろに組みながら歩くロロピアーナ。サチホは笑顔を浮かべながら、その後を追っていった。

~第4章~第9話

「なるほどなぁ。状況は分かったで。クーレも大変やったなぁ。そんで、今のその状況を説明してもらおか」
「え?」
 二足で立つタイ兄さんに、機械人形のクーレはあぐらをかいたまま、とぼけた返事をする。
「にゅふふふ~♪すごいのだー♪すごいのだー♪ど~だ~ラ~イ?妾の方が早く回っておるぞ~♪」
「何をー!おい!クーレ!オレもスピードアップだ!お――おお~!キタキタキタ~!!」
 両腕を水平に保ち、指先を伸ばした右手に御霊メイが、反対側に御霊ライが掴まり、クルクル回転する手首にどれだけ耐えられるか競っていた。
「コラー!二人とも!そんなとこで何遊んでんのよ!!」
「あ、アルティ」
 アルティの姿を見て、手首の回転を止めるクーレ。メイとライは青ざめた表情を浮かべながら手から離れた。
「ちゃんと働かないと、おやつあげないわよ!」
「あ!オレ!ナナイを手伝ってくる!!」
「にゅふ!?ライ、一人だけずるいのだ!妾も行くのだ~!!」
 慌てるかのように走る二人。アルティ達、御霊やロアがモーグに着いた頃には戦闘は終わっていた。彼女達は怪我人の手当や、戦闘後の片付け等に勤しんでいた。ワルツ達もその手伝いをしているため、クーレの傍にいなかった。
 タイ兄さんは4足に戻るとアルティに近づいた。
「お前さんがアルティか?噂になっとるで、お前さんの工房。あ、ワイはノーデンスタイニー――タイ兄さんでええ」
「あ、こちらこそ。アルティです、よろしくお願いします。タイニーかんぱにーの噂、こちらでも聞いてますよ♪」
 そして、アルティはクーレに顔を向ける。
「話は聞いたけど――クーレ、大変な事になっちゃったね……」
「いやー、僕も参っちゃってるよ……」
 右手で頭を擦るクーレ。表情は分からないが、こういう仕草は前と変わらない事を知り、アルティは少し安心をする。
「代表、分析が出ました」
「おお、オリヴィア。待っとったで。んで、結果は?」
 オリヴィアはクーレを見た後、コホンと咳払いした後、大きく左腕を突き出した。
「ズバリ!先輩はこの機械人形に憑依しています!!」
「な、何やてーー!?って見れば分かるわ、ドアホ!!」
「いやー、久々に見られたなー。この掛け合い♪」
「お前も何ノンキな事言うてんねん!!」
 ボケたクーレに、タイ兄さんの鋭いツッコミが入った。
「はい、じゃ掴みはOKという事で。先輩は機械人形に憑依していますが、この憑依はマリオネット憑依に近いと思われます」
「マリオネット?じゃ、これ生きているの?」
 オリヴィアの問いに、クーレは疑問を浮かべた。マリオネットは命を持っている。それを証明するのが、タタラベからブラックスミスになる転職試験。名前を与えたサラマンドラの心臓を身に宿し、ブラックスミスとなるからだ。
「いや、その機械人形に魂は無い。余に見える魂はクーレ、お前のだけだ」
「あ、受付嬢。その格好でそんなセリフいいの?」
「いまさらだろ?それにこの格好は余も気に入っていてな?有事の際は、仕方が無くデスに戻るがな」
「……さっき、ノリノリで変わっておったくせに……」
 腰に手を当てながら胸を張る受付嬢に、タイ兄さんはボソッと呟いた。
「魂が無い――じゃ、私達、御霊と一緒なのかな?」
「それですと、先輩の姿が顕現されるはずですが、表にいるのは機械人形ですからねぇ……」
 頭を唸らせるアルティとオリヴィア。
「マリオネットは生きておるから憑依限界が3分やが、コイツには魂が無いからいつまでも憑依が可能ってヤツか?」
「その理論は間違っていないかもしれない。クーレ、自力での解除は試みたのか?」
 タイ兄さんに相づちを打った後、受付嬢はクーレに問う。
「やってみたんだけど――無理なんだよねぇ……。感覚的に言えば、引っ張れているというか、離してくれないというか……」
「体の疲労はどうだ?後、触感や痛覚などは」
「疲れは感じるけど、こういう風に座ってればすぐ回復するかな?触った感じや痛みはあるよ。頑丈なのか、普段よりは痛みを感じないけど。お腹が空かないのと、トイレに行きたいという気持ちが働かないのは助かってるかな」
「ふむ……」
 顎に右手を添えながら受付嬢は考え込む。そして、一拍の時、再び口を開いた。
「なあ、あの巨大なガッテンガーの足を斬った時、び、びーむさーべるだったか?そのエネルギーがゼロになったと聞いたが、今はどうだ?」
「え?」
 疑問の声を上げた後、ビームサーベルを思い浮かべる。その時、クーレの視界に白い線で描かれた機械人形の絵が現れ、両肩の部分が光で点滅すると同時に『ビームサーベルエネルギー残量70%』という文字が現れた。
「あ――70%まで回復している……」
 クーレが呟くと、受付嬢は再び考え込み始めた。
「むう……。これは余の推測だが――その機械人形、クーレを動力源にしているのではないか?」
「――はぁ?お前さん、突然、何を言い出すねん。クーレが動力源?んな事して、コイツに何のメリットがあるねん」
「メリットならあるさ。『機械人形の完全回復』というメリットがな。現に、び、びーむさーべるというやつのエネルギーが回復しているじゃないか」
「それじゃ、クーレの回復力が上がっているって話は?ほら、座っているだけで疲れが解消するって」
「憑依する事で、本来持つ自然回復力が上がっているのではないか?そして、余剰に出た分を機械人形に回していると言えば、説明がつく」
「では、なぜ先輩が選ばれたんですか?ここに来るまでに私達はともかく、アルマや神魔に会っても反応しなかったんですよ?」
「それについては余も分からん。それでこそ、この機械人形がクーレを選んだとしかな」
 受付嬢とタイ兄さんが議論を交わす中、クーレはゆっくり立ち上がると、近くに突き刺していたレールガンランスと呼ばれた槍を右肩に担いだ。
「まあ――なるようになるしかないでしょ、暫くは」
 言いながら、クーレは左手で左頬と思われる所を掻いた。。
「けどなぁ――お前大丈夫か?その力、怖いって思ってんやろ?」
「うん……。確かに怖いって思ってるけど――」
「けど?」
「使い方次第かなって。現に、ライとメイを喜ばせる事ができたし」
「あ……」
 先程の事を思い出すタイ兄さん。
「今まで、色んな両手槍を使ってきたよ。ドミニオン、リンドブルム、シャガイ……。どれも強力な武器だったけど、一度も人を傷つけていない。結局は、使う人次第だってのを思い出したんだ。だから、コイツも一緒だよ」
 左手で胸を当てるクーレ。タイ兄さん達は、機械人形の姿ではないクーレの姿が映った。
「……あー!大変な事に気付いたーーーー!!」
 大声を上げながら、左手で頭を抱えるクーレ。
「ど、どないした!?」
「何か問題でもあったか!?」
 慌てるかのように、タイ兄さんと受付嬢はクーレに顔を向けた。
「このままだと――このままだと……!」
「このまま――だと……?」
 受付嬢の顔が強ばる。
「……ご飯が‥食べられない……!」
「……え?」
「ご、ご飯……?」
 アルティとオリヴィアは目を点にし、呆然とする。
「お酒も飲めない……!解除できるまで、何を楽しみに……!」
「この通常運転スチャラカ課長ぉぉぉ!ワイらの感動返せやぁぁぁぁ!!」
 タイ兄さんは怒りの表情を浮かべながら、被っていた帽子を地面に叩きつけた。
「あれ?アルティちゃん!元気してた?」
「あ、ロロピアーナ!久しぶり♪」
「オリヴィアさん、お元気でしたか?」
「サチホ先輩も♪お元気そうで何よりです♪」
 見知った顔を見つけ、挨拶しながら近づいてくるロロピアーナとサチホ。
「あーー!二人とも何持っているの!?」
 クーレはロロピアーナ達を見て、驚きの声をあげた。
「何って――ホットドック♪肉屋の娘としては、気になったのー♪」
 ロロピアーナの両親は冒険者であり、ファーイーストで肉屋を経営していた。
「私はメンタイドックを♪ちょっと気になったので♪」
 笑顔を浮かべるサチホ。ちなみに、メンタイドッグのメンタイとは、タラの卵を調味液に付けて辛味をつけた物で、モーグ独自の産物。このメンタイをマヨネーズとバターで炒めた物をパンに挟んだのが、メンタイドッグである。
「こんバカが、メシ食えないのを嘆いているんやと」
 タイ兄さんの言葉を聞き、目をキラーンと光らせながらお互いの顔を見るロロピアーナとサチホ。そして、二人は揃って行動を実行する。
「モグモグモグ~♪う~ん♪このホットドッグ、美味しい~♪ソーセージはパリッとしてるし、パンは柔らかくて弾力あるし~♪溢れた肉汁がパンとよく馴染んで、口の中に絶妙なハーモニーが~♪」
「あ~ん♪このメンタイドッグ美味しすぎます~♪ぷちぷちする食感にマイルドな辛味とマヨネーズのマリアージュ~♪バターで生臭さも感じず、パンによく合います~♪いくらでも食べれちゃいま~す♪」
「この悪魔っ娘ぉぉぉぉぉ!!」
 食レポする二人にクーレは絶叫する。クーレの目には、ドミニオンの羽と尻尾、そして山羊の角が付いたサチホ達が写った。
「何だ、大声がするかと思って来てみたら、クーレ達じゃないか」
 リュウドが声を掛けながら近づいてきた。後ろには、キリヤナギが目立たないようにいた。
「あー!リュウドさん聞いてよー!この二人、何か食べているんだよ!?」
「――何を言っているか分からないが、戦闘が終わったからいいんじゃないか?オレ達も炊き出しのミソスープと焼きおにぎり食ったし。なあ?」
「あ、ああ。そうだね……」
 キリヤナギは、困った表情で苦笑する。
「裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 クーレの叫びが木霊する。その中、タイ兄さんはリュウド達に近づいた。
「お前さんリュウドやな。よく知っとるで。スカウトするために、色々と調べさせてもろうたからな。ところで――後ろのソイツは誰や?」
 タイ兄さんの何を見ているか分からない瞳で凝視され、キリヤナギは体を硬直させた。平然とした表情を変えないようにしているが、今にもイヤな汗が噴き出そうになる。まさか、こんなに早く自分の事を聞かれるとは想定に無かったからだ。しかも、キリヤナギはタイ兄さんどころか、受付嬢、アルティ、オリヴィアの顔すら知らない。下手な事は喋れなかった。
「ああ、コイツは――!?」
 言いかけて体を反転させると、腰に携えていた片手剣を構えるリュウド。それはリュウドだけではない。キリヤナギ、サチホ、クーレも武器を構えていた。ロロピアーナにあっては身構えている。弓を持っていたら、矢を射る準備をしていただろう。
「ど、どうしたん?」
 タイ兄さんが声を上げた時だった。遙か空の上、火が点いたり消えたりするのが見えたのは。やがて、火は段々と大きくなり、大きくなるにつれ、その姿を露わにしていく。
 リュウド達の前方10メートルに降り立ったのは、クーレの機械人形と類似した、全長2メートル程の紺青色の機械人形。
「キサマ……!」
 その姿を見て、レイピアを握る力を込めながら、歯ぎしりをするキリヤナギ。
「!?右肩の02の文字……!」
「クッ――イヤな予感が当たってもうた……!」
 受付嬢とタイ兄さんは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。紺青色の機械人形が放つ、ドス黒いオーラに当てられながら。
『コイツ……!』
『どこかで……!』
『けど――まさか……?』
 黒いオーラに当てられながら、リュウド、サチホ、ロロピアーナは思う。思い当たる点はあったが、確信には至らなかった。いや、確信したくなかったというのが本音だろう。
「……ハスター!」
「「!!??」」
 クーレが確信の言葉を吐き、一同の顔に緊張が走る。もし、紺青色の機械人形に表情があったなら、ニヤリと笑っていただろう。
「……ククク。ご名答!さすがクーレだなぁぁぁぁぁぁ!!」
 紺青色の機械人形――ハスターが言い終わる前に、クーレはレールガンランスを両手で持つと脚部のブースターを点火させ、一気に跳ぶ。クーレに続き、飛び出すリュウド達。
「キサマらをC塔にご招待だ!決戦の場はそこだぁぁぁぁぁぁ!!」
 右手に持った部品を前に投げ捨てるハスター。
『プログラム実行。転送開始。転送開始』
 部品から強烈な光が放たれ、周りが光に包まれる。
「「う!?うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
 光に包まれながら、クーレ達の叫びが木霊していく。

「な、何や……今の光は……」
 光が収まり、目をチカチカさせながらタイ兄さんは呟いた。受付嬢達は光で気を失ったのか、地面に倒れたままだった。
「新手の新兵器かい。おい!クーレ、リュウド!無事か!?」
 タイ兄さんが叫ぶが、返事は無い。
「サチホ!ロロピアーナ!後――えっと――カッコイイ兄ちゃん!無事か!?」
 だが、返事は無い。ようやく視界が元に戻った時、タイ兄さんは信じられない表情を浮かべた。
「アイツら……どこに消えたんや……?」
 風景は変わらなかった。ただ違うのは、クーレ達の姿がどこにも見当たらなかった事だ。あのハスターと呼んだ、紺青色の機械人形も含めて……。

~第5章に続く~

~第5章『禁断のC塔』~第1話

 光の塔――アクロニア大陸南西の島にある「キカイ文明」が残した遺跡。いつ誰が、何の目的で建てたのか、一切不明となっている。
 一説には、天に続く大きな塔を模して、エミル族が作ったと言われている。
 一説には、とある教団が顕示を現すために作ったと言われている。
 一説には、DEMがエミル界に侵攻した際の拠点とも言われている。
 だが、いずれも明確な記憶が残されていないため、詳細は一切不明である。確実に言えるのは、元は3つの塔が連なり、1棟は根元から倒壊し、それ以外の2棟も塔自体は残っているが、内部は崩壊状態となっている事。そして、過去の科学技術の中心地とされ、塔内で現在では生成できない希少金属や機械工作物が発掘される事。
 ここで、新たな疑問が浮かぶ。
 『倒壊した塔はどんな施設だったのか?』
 『倒壊した塔はどこにあるのか?』
 後者に関しては、周りが海に面しているため、海に落ちたと予想される。だが、あくまでも『予想』なのだ。実際、潜って確認をしたわけではない。
 光の塔C塔――その存在は、未だ謎に包まれている……。

「……う――今の光は……?」
 呻きながら、リュウドは目を開けた。視界に写った雲一つ無い青空を見て、自分が仰向けに倒れている事に気付いた。起き上がろうとしたが、胸から足下にかけて重みを感じ、うまく立ち上がる事ができない。首をわずかに上げて確認した時――リュウドの目は点となった。
「なっ!?」
「――う、ううん……。どうしたの?今日は甘えん坊だね……♪」
 夢を見ているのか、目を閉じたままのキリヤナギに覆い被され、リュウドの体は硬直した。
「おい!バカ!どけ!!」
「……もう、キミったら……♪」
 慌てるリュウド。普段なら簡単にふりほどけるはずだが、余計な力が入っているため、なかなかふりほどけない。その間にキリヤナギは手を動かし、リュウドの服を脱がせようとする。
「ねえ!サチホちゃん!これってBL!?BL!?BL!?」
「はい!ロロさん!BLです!BLに間違い有りません!!」
 首を声の方に向けるリュウド。目に入ったのは、ロロピアーナとサチホが座りながら互いの両手を組み、自分達を見つめる姿。
「BLじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 怒りの表情で叫ぶリュウド。その間に、キリヤナギはリュウドの上着のボタンを外そうとしていた。
「テメェもいい加減に起きろぉぉぉぉぉぉ!!」
 大きなゲンコツの音が辺りに響いた。

「……いったー……」
 立った状態で頭をさすりながら、痛みと後悔に襲われるキリヤナギ。リュウドは立ち上がって深呼吸をし、気を落ち着かせるとロロピアーナ達に顔を向ける。
「たくよ――止めてくれてもいいじゃねぇか……」
「いやー、こんな面白――いや、下手に動かさない方がいいかなーって」
「おい!」
 ロロピアーナに向け、怒りの形相を浮かべるリュウド。
「ったくよ!――それで、ここにいるのはオレ達だけか?」
「いえ、クーレさんがまだ……」
 サチホの視線の先をリュウドは追った。その先にいたのは白い機械人形。傍らにレールガンランスを置き、左膝と右拳を地面に着け、まるで主に忠誠を誓うような姿で座っていた。
「おい!クーレ!起きろ!!」
 クーレに近づき、左頬をぺしぺしと叩くリュウド。だが反応せず、機械人形の目に輝きは無かった。

 気がつくと、僕は不思議な所にいた。
 上下左右が無い世界。まるで、水の中にいる感覚、けど青色では無く、漆黒の闇が広がっている。周囲には星、そして、鉄で出来た大きな板の様な物が無数に浮かび、破壊された大型の筒のような物が、雷を時々放ちながら漂っていた。
 そして、僕の前にいるのは紺青色の機械人形――ハスターがいた。左手は前に見た大型の銃を持っていなかったが、右手に持った筒状の銃を僕に向けていた。
 夢を見ているのかもしれない。そう思ったのは、体の自由が全く効かなかったからだ。
「――僕は最後まで諦めないぞ!!」
 声が響いた。僕の中から『僕』の声が響いた。そして、その声に応えるように、大型の筒から雷が放たれ、僕を包んだ。

…システム、サイキドウ。
…レールガンランス、キドウ。

 僕の頭の中に響く、抑揚が無い言葉。その直後、右腕と一体化となった巨大な槍、4つの穂先の内、左右穂先の後部に備わった噴射口が火を噴く。
 一瞬の光。そして、槍はハスターの体を突き刺した。
「キサマァァァァァァァァ!!!!」
 獣に似た叫び声が響いた。

…パイロット ノ ホゴヲ ユウセントスル。
…キョウセイダッシュツ、サドウ。

 頭に響いた後、胸の辺りが開き、何かが出た。マリオネット・ニンフよりはるかに小さな人型。白色の防護服みたいな物に同色のフルフェイスヘルメット。バイザーから覗いた顔を見て、僕は驚く。その顔は、紛れもなく『僕』だった。
 そう思ったのも束の間、僕の体は圧倒的な加速に襲われた。みるみる内に遠ざかっていく、もう一人の『僕』。そして、加速が止まった時、槍はハスターの体ごと、巨大な筒の壁を刺していた。

…レールガン、スタンバイ。5、4、3、2、1、0、レールガン、ファイア。

 槍から光の球が発射され、光が広がっていく。僕の意識は、再び闇に落ちた……。

…ジョうキョウをカクにん。
…そンショウりつ、80ぱーセントオーばー。
…ザンりょうエねるギー、1パーセントいカ、ま――モナく……カつどう――て――イシ……。

 頭に響く声で僕は気がついた。今度は、一切の光が届かない闇の世界にいた。
「――あの者から託された『想い』を思い出せ」
 声が聞こえた。聞いた事がある懐かしい声が。
「ヤツは生きている」
 僕は姿を確認しようとしたが、闇に溶け込んでいるため、うっすらとしか分からなかったが、人――男性であると直感した。

…システム、再起動。損傷率0パーセント。機体サイズ、18メートルから2メートルに変化、損傷率並びにサイズ変化の詳細にあっては不明。
…本機の任務内容を確認。一つ、奪取されたRX-78AL2-HAの停止または破壊。一つ、パイロットの『クーレ・マイスター』の発見及び保護。

「オレが持つ知識と『想い』を与える。アイツを止めてくれ……。頼むぞ……」
 声の主の気配が消える。そして、僕の視界がゆっくりとハッキリしてきた。
 そこは何も無い空間。自分以外は闇に支配された世界。まれに光が点き、すぐに消える世界。

…RX-78AL2-HAを察知。
…当機は、これより迎撃に入る。
…レールガン応用の電磁パルスガード展開、フィールド固定確認、突入開始。補足、何故このデータがあるかは不明、調査継続。

 声が響くと右腕の槍から雷のような物が放出され、点いた光が固定される。そして、その中に勢いよく飛び込む。僕の視界に入ったのは、曇天の空と遙か下にあった八角形の形をした建造物。見覚えがある、光の塔A塔の屋上だ。そして、機械人形――ハスターと俯せに倒れている赤いマントの男。
『――確か、彼は……』
 そして、僕の意識は再び闇に落ちた。

…戦闘終了。

 声が響く。写った視界にあったのは、握りつぶされ、踏みつぶされたフォックススロット数体に、真一文字に両断された巨大なギガンドの姿だった。
 光の塔のメインフロアに似た場所――いや、違う。ここはアクロポリスの地下だ。トロン博士の依頼で何回か潜っているから、違いに気付いた。

…接近する者を確認。

「……なあ、これ――何だ?」
「新型の――DEMか……?」
「ここの残骸……。全部コイツがやったのかな……?」
 3体の探索用エレキテルから声が響いた。
「と、とりあえず、トロン博士に報告しよう……」

…敵対行動無し。この者達に任せるのが最善と判断。残量エネルギーからスリープモードへ移行。72時間後に再起動し、状況を確認。システムダウン。

 再び、僕の意識が闇に落ちる。
 そして、僕は気付いた。
 これは夢ではなく、白色の機械人形――いや、『彼』が見てきた記憶なのだと……。

~第5章~第2話

 ブン!と唸りを上げながら、白色の機械人形の目に緑色の光が点った。
「……あ、リュウドさん?」
「やっと起きたか」
 リュウドが離れると、クーレはレールガンランスを手に取り、静かに立ち上がる。
「ここは……?」
「さあな……。何かの島のように思えるんだが……」
 リュウドが周囲を見るのを習って、クーレも周囲を見る。
 直径数キロはあるだろうか。周囲は海に面しており、土の地面に芝と木が所々に生え、瓦礫の様な物があちらこちらに突き刺さっていた
「この風景どこかで――!?み、みんな――上を見て……!」
 空を見上げた時、クーレは驚きの声を上げる。
「「!?」」
 上を見上げた時、リュウド達は驚きの声を上げた。空は各方角に、朝、昼、夕、夜の顔を現していた。そして――その空の中央にそびえ立つ大きな塔。いや、正確には浮いていた。地上から高さ約100メートルの位置に。
「光の――塔……?」
 形状から見て、サチホはそっと呟いた。
「けど――A塔とB塔が無いけど……」
 一つのみの塔を見て、ロロピアーナは呟いた。
「まさか……」
「これは……」
 推測が思いつくリュウドとキリヤナギ。
「失った――C塔……」
 皆の答えを代弁するように、クーレは呟いた。

「ダメだね。周囲見てきたけど、出口らしい物は見当たらないよ」
「こっちもだ。ワープポイントすら見つからねぇ」
 顔を合わせると、クーレとリュウドは声を掛けた。元いた場所を基点に、右をクーレが左をリュウドが周り、探索をしていた。
「後は中心か……。まあ、期待するだけ無駄だと思うけど……」
 言うと、クーレは右膝を地面に着ける。
「肩車するから乗って」
「ん?あ、ああ……」
 リュウドが肩に乗ったのを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
「お、おお~。高いな……」
「ブーストするから、リュウドさんは周りを見て。何かおかしなところあったら教えてね」
「え?ちょ、ちょっと――ぬおぉ!?」
 クーレが両足のブースターを点火させると、リュウドは突然の加速に襲われた。飛ばされそうになったが、両足はクーレがしっかりと持っていたため、膝から上の位置は水平になった。

 サチホは やや離れた位置で片膝を立てながら座るキリヤナギを横目で見た後、決意するかのように立ち上がり、キリヤナギに近づいた。
「……ん?僕に何か?」
 キリヤナギはサチホに気づくとスッと立ち上がり、柔和な笑みを浮かべる。
「あの――以前、モーグでお会いしましたよね?あの時とさっきの戦闘の事なんですけど――私の名前を呼び――ましたよね?失礼ですが、私、あなたの事を知らないのですが……。どこかでお会いしましたか……?」
 失礼がないように、そして不信感を気取らせないようにサチホは尋ねた。
「ちょっと失礼」
 キリヤナギがサチホの顔に近づき、瞳をのぞき込む。小柄な彼とサチホの顔は ほぼ同位置である。サチホは突然の行動に驚き、顔を真っ赤に染めた。
「あ、あの!?」
「……うん、やっぱりだ。僕の知っているサチホは緑と赤のオッドアイをしている。人違いだ、迷惑かけてごめんね」
『……ごめんね、サチホ……』
 サチホから離れると、キリヤナギは頭を下げ、心の中で本音の謝罪をした。
「ひ、人違いですか……。」
「まあ、似たような人は何人もいるからねー。けど、名前までそっくりなのはビックリしたかな」
 サチホの後ろからロロピアーナが近づいてくる。そして、サチホを通り過ぎてキリヤナギに近づくと、右手に持ったケースに入ったナイフの柄を向けた。
「ナイフありがとね、助かっちゃった♪」
「野営とかするからね。お役に立てて何よりだよ」
 キリヤナギはナイフを受け取ると、腰部の小型バッグに収納した。
「強度とか心配だけど、無いよりはマシだもんね」
 左手に持った木製の弓を構えるロロピアーナ。材料は周囲に生えていた木、そしてキリヤナギが持っていた「誰でもテント」。リュウドが木を大まかに切り、クーレのビームサーベルで強引に乾燥させたのをベースに、テントのロープを弦にした応急の弓であった。幸い、矢はモーグの戦闘時に所持していた『鋼の矢』の矢束が残っていた。
「さてと、とりあえず自己紹介がまだだったね。私はロロピアーナ。気軽にロロって呼んでね♪」
「それでは私も改めまして。サチホです、よろしくお願いします」
「僕はキーリ。よろしくね、ロロ、サチホ」
 笑みを浮かべるロロピアーナ、頭を下げるサチホに、キリヤナギは柔和な笑みで応えた。
「たっだいま~!!」
 ズシャという大きな音を立てながら、クーレが跳び込んできた。
「あれ?リュウドさんは?」
「いるぞ」
 サチホが尋ねると、リュウドは腹筋を使って体を起こす。クーレが膝を地面に着けると同時に、リュウドは地面に降り立った。
「起きるのも面倒だったから そのままでいた。とりあえず、周りと中心には何も無かった」
 そして、リュウドは島中央に浮かぶ塔を見詰める。
「……やはり、あそこを攻略するしかないのか?」
「物語とかなら そうだけどね」
 リュウドの言葉にクーレが同意すると同時に、塔の最上段から光の球が空に向かって撃ち出されるのが見えた。
「……ここまで登ってこい。という意思表示ですかね……!」
 サチホは紺青色の機械人形――ハスターの姿を思い出しながら、険しい表情を浮かべる。
「けど――どうやって入ればいいのかなー……」
「あそこじゃないかな」
 迷った顔を見せるロロピアーナの横で、キリヤナギは人差し指を上に向ける。向けた先にあったのは、広い所で10メートルはある足場。地上から微かに、塔の入り口らしき物が見えた。
「けど、どうやって……」
「う~ん……」
 悩むリュウドに、クーレも頭を捻る。そして、顔をキリヤナギに向けた。
「その前に質問。何で、君は僕を知っているの?」
 キリヤナギはその質問を想定していたため、尋ねられた時も冷静に対処できていた。
「それは――」
『モーグの戦闘時、リュウドが言っただろう?』
 こう、言葉を続けるつもりだったが、
「モーグで会った時、すぐ逃げ出したよね?それ、すっごく気になっていたんだ」
「うぐぅ!?」
 想定外の質問を受け、言葉を詰まらせた。
“しまった……!機械人形の姿をしているから、あの時の事をすっかり忘れていた……!”
 キリヤナギは、今にもイヤな汗をブワッと噴き出そうとしていた。そして、脳内でシュミレートする。
「僕はキーリ。クーレ君、僕の事を追いかけてばっかいるから、ストーカーと思っちゃって逃げ出したんだ、ごめんね」
「あははは♪何だ、そっかー♪」
「あらあら♪私のだんな様をストーカー扱いするなんて♪」
「――ああん?アンタ、燃えてみる……?」
「私のぬし様をストーカー扱いするなんて!失礼です!!」
 笑って納得するクーレだが、笑みを浮かべながらトライデントを構えるリース、炎を出しながら暗い笑みを浮かべる いろは、一段と険しい表情をするワルツ3人に問い詰められる姿を想像し身震いする。正確にはワルツ達の事を知らないのだが――何故か、キリヤナギの想像に、くっきりハッキリと出てきた。
「そりゃ――クーレが有名人だからだろ?」
「オールバックのガーディアンで、クーレさんが思いつきますもんね」
「え?僕って有名人?照れるなぁ~!」
 リュウドとサチホの言葉を聞き、右手を後頭部に置きながら照れるポーズを取るクーレ。
「けど、何で逃げ出すの?」
「うーん。悪い意味が多いからじゃないかな?」
 そして、ロロピアーナの言葉を聞き、体をピシッと固まらせる。
「わ、悪い意味……?」
 ギギギと言わんばかりに、首をゆっくりとロロピアーナ達の方へ向ける。
「食い意地の張ったガーディアンナンバーワン」
「え、えっと――私が聞いた事があるのは――酒持ってこい酔いどれガーさんです……」
「私は飲み過ぎて、ガーディアンからカーディガンになったって事かなー♪」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 リュウド、サチホ、ロロピアーナの言葉を聞き、絶叫するクーレ。そして、首を勢いよくキリヤナギに向けた。
「え?あ、ああ――好きになったら一途になって、他が何にも見えなくなるという噂を聞いてたから、つい……」
「合ってるな」
「一時期、ネコマタ藍を集めまくって、庭を作ったという噂も流れましたからね……」
「えー?クーレ君、それって犯罪じゃないの?」
 キリヤナギの言葉に同意するかのように、リュウド、サチホ、ロロピアーナはジト目をクーレにぶつけていた。
「違うって!主がいない藍ちゃん達を里親が見つかるまで保護してただけだって!本当だよ!?信じてよーーー!!」
『クーレ君……。本っっっとぉぉぉぉにゴメン!!』
 一生懸命に説明するクーレに向けて、キリヤナギは心の中で土下座をしていた。
「まあ、改めて自己紹介でもしようや。オレはリュウド、グラディエーターだ」
 見かけたリュウドが助け船を出し、紹介を終えるとサチホに顔を向けた。
「サチホです。イレイザーです」
「僕はキーリ、ガーディアンだよ」
「……きーり……?」
 そっと呟くと、クーレは考え込む。
「私はロロピアーナ、元ホークアイよ」
「元?」
 キリヤナギはオウム返しをすると、ロロピアーナの方を向く。
「うん。あの戦いの後、無茶しちゃったせいか、スキルが使えなくなっちゃってね。それで、冒険者を止めたの」
「そんな事――」
「おいおいキーリ、ロロみたいなのがタイプなのか?」
 ニヤニヤしながらリュウドは言った。以前の失敗を踏まえながら。
「ダメですよ、キーリさん。ロロさんは結婚しているんですから」
 リュウドの意図を汲み、サチホも笑みを浮かべながら言った。
「いや――僕も結婚しているから、妻以外の女性には手を出さないよ」
「そうなんだ♪キーリ君も結婚――え?」
 疑問を浮かべながらロロピアーナはキリヤナギの顔を見て、
「「ええええええ~~~~~~!!??」」
 リュウドとサチホとともに驚きの声を上げた。
「う、嘘だろ!?こんな小柄なのに!?」
「む……。身長は関係ないでしょ……?」
 慌てふためくリュウドの問いに、キリヤナギはムッとしながら答えた。
「え?え?き、キーリさん、そんなにお若いのにもう結婚しているんですか……?」
「若く見られるのは嬉しいけど――僕もう27だし」
「に、27?がーん、私より年上だー……」
 驚くサチホの問いにキリヤナギは答えると、ロロピアーナはショックを受け、頭を抱える。
「あ、あの~……。キーリ君って言っちゃって――」
「キーリ君でいいよ」
 恐る恐る顔を上げたロロピアーナに、キリヤナギは爽やかな笑顔を浮かべた。
「……きーり……きーり……騎士の――きーりちゃん……」
「おい、クーレ。お前が最後だぞ」
 リュウドに言われるとクーレは考えるのを止め、皆の方へと顔を向ける。
「僕はクーレ。今は機械人形の体してるけど、ガーディアンだよ。改めてよろしくね、リュウドさん、サチホさん、ロロさん、きーりちゃん」
「きーりちゃん?僕?」
 キリヤナギは呆気にとらえながら、自分を指さした。
「うん。イヤ――かな……?」
「……いや、いいよ。よろしくね、クーレ君」
 キリヤナギはクーレに向けて、笑みを浮かべた。そして、すぐに顔を険しくさせ、皆を見渡す。
「確認するけど――ここにいる全員がハスターと戦った事がある――その認識でいいのかな?」
 キリヤナギの言葉に、リュウド達の顔も険しくなる。
「――ああ。あの時、オレを含める冒険者全員でクゥトルフを止め、内部で操るハスターを倒すために中に入った」
「けど、それもハスターの罠。中で分断され、それぞれがハスターと戦いました。どれが分身体なのか本体なのか、分かりませんでしたが……」
「結果、全員が勝つ事ができて、この世界は救われた。アイツの言葉を借りると、一人でも負けていたら、世界は破滅していたらしいけどね……」
 リュウドとサチホ、ロロピアーナは、当時を思い出しながら話す。
「僕はシャガイの力を使って倒す事ができた。終わった後、シャガイ自体も力を失って壊れちゃったけどね」
「オレも神器が壊れちまったが――コイツで倒す事ができた」
 クーレが言った後、リュウドは腰に携えている片手剣に目をやりながら話した。
「私は神器を削って、手裏剣や投げクナイを作り、力を弱らせて倒す事ができました」
「私は――ゼロちゃんが攻撃を受けて頭に血が昇ってね……。本来の力がマイナスに働いちゃって、危うくアイツに力を与える所だったの……。けど――ゼロちゃん達が助けてくれて、何とか倒す事ができたの。そして、それからスキルが使えなくなっちゃったんだ……。その時の反動だと思うけど……」
 淡々と話すサチホに対して、危うい表情をロロピアーナは浮かべた。
「僕は――あるダンジョンで手に入れたアイテムがヤツと関係していたみたいで、それを使ったら浄化していったよ」
 言葉を選びながらキリヤナギは言った。実際には、『過去に跳び、主から受け取った想いの品を使って浄化させた』だった。そして、キリヤナギは言葉を続ける。
「これは僕の推測だけど――ヤツは意識を共有していたんじゃないかな?そして、倒された全員の僅かな悪意が集まって、今ここにいるんじゃないかと」
「お、おい!そんなバカな話が――」
「実際、僕はアイツと戦った。今の機械人形のアイツと。あの時、僕に恨みを持っていたが――クーレ君にも恨みの言葉をぶつけていた」
「!?」
 問い詰めたリュウドだが、キリヤナギの言葉を聞いて、納得と驚愕が混じった表情を浮かべる。
「だから、これも共有しておきたい。アイツの――今の力を……!」
 悔恨の気持ちを抑えながら、キリヤナギは口を開いた。

 周囲は仄暗い明かりに包まれていた。5つの培養ケースから放たれる光が異彩を放つ。その光を見ながら、オレは微かに笑った。
 光の塔に飛ばされ、今の体になってC塔の存在を詳しく知る事ができた。
 最初は戦力を増やす事しか考えていなかったが、今は違う。
 アイツらを苦しめ、絶望を味わさせる。それが、今の気持ちだ。
 C塔の生い立ちや隔離された理由は分かったが――そんなのはどうでもいい。オレは、アイツらのもがき苦しむ姿を見たいだけだ。
「ククク……。早く昇ってこい――この禁断のC塔に……!」
 オレの言葉に応えるかのように、培養ケース内の泡が一段と多く上へと昇っていった。

~第5章~第3話

「……何だよ、その攻撃は……」
「……光の球を発射する銃に、その隙を補う光線を発射する銃……」
「おまけに、自由自在に動く盾とどこから攻撃してくるか分からない武器もあるなんてねー……」
 キリヤナギから機械人形となったハスターの武器の説明を聞いたリュウド、サチホ、ロロピアーナは難しい表情を浮かべていた。
「つけいる隙は――光の球を発射する銃と光線を発射する銃が、連続で発射した時の2秒だけね……」
 クーレが言うと、キリヤナギは首を縦に振る。
「僕には無理だったけど――今のクーレ君だったら……」
 “できるかもしれない”この言葉をキリヤナギは飲み込んだ。一瞬の加速力なら、キリヤナギより機械人形のクーレの方が高いが、あくまでも推測のため、余計な期待を与えないよう配慮したのだ。
「……やるしかない」
 右手に持っていたレールガンランスを肩に担ぎながら、クーレは言った。
「僕の直感だけど――今のハスターには純粋な悪しか感じられない。今、アイツを止めないと――大変な事になる」
 モーグで初めて会った時、迷わず前に飛び出した事を思い出す。クーレの言葉に、一同は黙って頷いた。
「となると――問題は、どうやってあそこまで行くかだな」
 リュウドは頭上に浮かぶ塔を見上げた。
「僕にいい考えがあるよ」
 クーレは言うと、分解された材料が残っている『誰でもテント』に顔を向けた。

 ロロピアーナは塔から伸びた太めの布を体に巻き付け、しっかり結んで固定すると右手を高らかに上げる。体が上昇するのを確認すると、布を両手で持つ。そして、周りの風景を高い位置で見た時、改めて異質を感じた。自分達がいた右側の海は澄んでいるが、左側の海はそれよりやや濁っている。まるで、冬と夏のウテナ海岸のように。空は各時刻帯の顔、海は各季節の顔を見せている。
「……くじら岩の深淵に似ているかな……」
 心に思った事を呟く。そして、上昇が止まる。目の前にいたのは、右手に太めの布を巻き付けたクーレだった。クーレは右腕を移動させ、足場にロロピアーナをそっと降ろす。足が地面に着いて安堵の溜息を吐いた後、ロロピアーナは体を固定していた太めの布を外す作業に入る。すぐにサチホが駆け寄り、その手伝いを行った。
「はぁー、怖かったー。けど、まさか、テントの残骸でロープの代用を作るとはねー」
「材料に使われているグランドシートは丈夫だから、いけると思ったんだ」
 布を外したロロピアーナを確認すると、クーレは右手首を回転させ、巻き付かれた太めの布を外しながら答えた。
「まあ、これもリュウドさんが斬ってくれたおかげだけどね。布をほつれもなく斬れるのは流石だなぁ」
「まあ、これくらいはな……。けど、この高さまで跳べるとは驚きだな……」
 照れ隠しに、リュウドは足場から地上を覗き込んだ。
 クーレが考えた案とは、まず太めの布を持ったクーレが垂直に飛び、塔の足場に着いた後、布を地上まで垂らして、手首の回転を使ってエレベーターのように搬送する事だった。リュウド、キリヤナギ、サチホの順で、最後がロロピアーナであった。
「アハハ――ちょっと怖かったですけどね……」
「同感、降りる時も怖そうだなぁ……」
 サチホとキリヤナギは、渇いた笑みを浮かべる。
「クーレ君。この布、ここらへんに置いておけばいい?」
「そうだね、持って行っても邪魔になるし」
 確認を取ると、ロロピアーナは布を乱雑に置いた。
「あ、そうだ。ロロさん」
「何?」
 振り返ると、クーレは左肩からビームサーベルの筒を取り出し、差し出していた。
「用心のために、渡しておくよ」
「――ありがと♪使わない事を祈るわ」
 ビームサーベルを受け取り、矢筒の中にしまう。それを確認すると、クーレは置いていたレールガンランスを手に取って右肩に担ぎ、正面の扉らしき物を見る。
「さてと……」
「鬼が出るか、蛇が出るか……」
 キリヤナギとリュウドは、腰に携えた武器を左手で押さえながら扉を見る。そして、扉はプシュと音を立て、中心を境にそれぞれの扉が左右へと開く。
「入ってこい――ですね……!」
「それじゃ、歓迎されましょうか」
 サチホとロロピアーナは険しい顔をしながら、扉の先に広がる闇を見詰める。
「……行こう!」
 クーレが先に足を踏み入れ、リュウド達もそれに続く。全員が入り終わると、扉は静かに閉まり、外界を遮断させた……。

 中に入ったクーレ達は、驚きのあまり足を止めた。広い八角形の部屋、これは今までの光の塔と一緒だった。ただ違うのは、床のタイルは新品同様に輝いており、頭上のライトが昼のように辺りを照らしていた。そして、部屋の中央には、数本の木と池、芝生が公園のように備われていた。ただ、普通の公園と違うところは、その周りをガラスのような透明な壁で仕切っていた事だ。まるで、逃走防止のように。
「何だ……?」
「モンスターはいないようだけど……」
 リュウドとキリヤナギは今まで武器を押さえていた左手をそっと下ろす。
「ここは一体……?」
「奥に階段がある、用心して行こう……」
 サチホはクーレの言葉に緩んだ緊張を張り直す。リュウド達も左手でそれぞれの武器を押さえなおした。
「……!?」
 そして、突然ロロピアーナの視界がセピア色に支配される。
 木に寄りかかり眠る子供達、芝生の上に座り本を読む子供達、池で水遊びをする子供達……。だが、その子供達は皆、異質な姿をしていた。
 エミル族なのに、片方にタイタニアやドミニオンの羽を生やしている者や、頭のセラフィムが半分のみの者、ドミニオンの尻尾のみを生やした者。
 そして、白衣のような物を纏った大人のエミル族が数名。大人は子供を慈しむ目で見ていなかった。それは、まるで何かの実験観察をするような目をしていた。
「ロロさん!」
 自分を呼ぶ声にハッとする。視界が通常に戻る。そこにあったのは、大木と池、芝生がある広々とした六角形の部屋。当然、クーレ達以外は誰もいない。
「……また、未来が見えたんですか……?」
 声を掛けたサチホは近づくと、小声で言った。
「……あ、うん。大丈夫、ちょっとボーとしただけだから……」
 サチホに小声で答えると笑みを浮かべる。それを見て、サチホは胸を撫で下ろした。
「……おい、分かっていると思うが……」
「……うん、ロロさんは僕らが守ろう……」
「……ある意味、ロロも被害者だからね……」
 ロロピアーナの状況を確認したリュウドに、クーレとキリヤナギは静かに首を縦に振った。そして、3人はサチホ達が来るのを待ち、合流すると次の階へと上った。

 5階は上っただろうか。途中で扉があったが開ける事ができず、先に進む事にした。
 そして――階段を上りきると、人二人が通れるくらいの通路を挟んで2メートル大の扉が現れる。クーレ達が扉の前に立つと、プシュという音を立て、左右へと開いていく。クーレ達は緊張を保ちながら、中に入っていった。
「――な、何ですか?これ……」
 最初に言葉を発したのはサチホだった。
 部屋の中央には直径10メートルくらいの窪みに透明なドームを被せた施設があり、その左右を囲むように、無数の円柱型のガラスケースが並んでいた。奥の左右の壁には、巨大なモニターのような物が備えられている。ただ、最初に入った階と違うのは、全体に荒れ果て、床やケースなどに赤黒い染みが所々ある事だった。
「……まるで、何かの実験施設のようだね……」
「……チッ……」
 険しい表情をするキリヤナギに、舌打ちを打つリュウド。
 奥に階段を見つけると、誰が言う事もなく、一同は歩を進める。そして、クーレは円柱型のガラスケースを横目で見ると、足を止めた。
「……ねえ、一つ聞いていい?」
「ん?どうした?」
 先を歩いていたリュウドは足を止め、クーレの方へと向く。他の皆も足を止め、クーレに注目した。
「この中で――アンブレラを光の塔以外で見た人っている?」
「アンブレラって――あの傘を持ったモンスターですか?」
「う、う~ん……」
「そういえば、見た事ないかなー?けど、それがどうかしたの?」
 クーレの問いにサチホは確認の言葉をかけると、キリヤナギはどう答えていいか悩ませている間に、ロロピアーナは結論を出して、逆に問いた。
「……何で――ここにその名前があるのかなって……」
 クーレは黙って、左指で円柱型のガラスケースを指差す。ガラスケースに貼られた金属製のプレートに、『完成体、名称:アンブレラ』と書かれていた。
「……もしかして――ここは……」
 クーレはそれ以上の言葉を続けるのを止めた。皆も察したのか、それ以上の追求をする事は無かった。胸内に一抹の不安と恐れ、そして言いようの無い怒りを秘めながら、クーレ達は次の階へと上っていった。

「うっ……」
「何て……」
 部屋に入った瞬間、サチホは口を押さえながら視線を逸らし、ロロピアーナは顔をゆがませた。リュウドとキリヤナギは恐怖で身の毛がよだつ中、怒りの表情を浮かべていた。
 そこは円形の部屋だった。人が3人並んで通れるくらいの広さを持った通路が中央と左右に続き、その先に次の階に続く階段がある。
 そして――その通路に沿うように並べられた多くの円柱型のガラスケース。そこに入っていたのは、透明な液体に沈められたベアの頭をした人の形をした者、無数のモンスターが組み合わさった異形の姿をした何か、そして、ドミニオンやタイタニアの羽を持つエミル族だった。
「……行こう」
 クーレがまず一歩を踏み出す。そして、中央の通路を選び進んでいく。リュウド達もその後に続いた。通路の中心まで進んだ所でサチホは急に立ち止まり、クナイを構える。
「……すみません、イヤな想像をしました……」
「……大丈夫だ、オレもだ」
「……こういう展開、予想するよね……」
 サチホの言葉に同意するかのように、リュウドとキリヤナギは足を止め、武器を抜く。
「……来る!」
 レールガンランスを両手で構えたクーレが言うと、ガラスケースに亀裂が入り、中の液体が露出して床を濡らす。そして、中に入っていた者の目がカッと開き、揃ってガラスケースを破りながら外に出る。鬼のような形相を浮かべながら、タイタニアの羽を一枚だけ持つエミル族がクーレに襲いかかった時――額中央に矢を受け倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「私なら大丈夫。それより、これを切り抜けましょう!」
 ロロピアーナが次の矢を構えながら言った。その言葉を皮切りに、クーレ達はそれぞれの武器で襲撃者を迎え撃つのであった。

「……次は、まっとうな生を過ごす事を祈る……」
 リュウドは、目の前に転がる多くの骸に目をやった後、片手剣を納める。キリヤナギは、無言で胸の前で十字を切った。そして、骸は光の粒子となり消えていく。その光景を見て、クーレ達の罪悪感は少し消えたのであった。
「何なんですかね、これ……」
 口元を隠したスカーフをさらに上げながら、サチホは言った。
「……生命科学研究……」
 ボソッと呟いたクーレに、リュウド達は驚きながら顔を向ける。
「A塔とB塔が、機械などの研究、開発を専門にしていたのなら――ここは、生物の研究や開発をしていたんじゃ……」
「おいおい、そんな事して、何のメリットがあるんだよ」
「……不老長寿……」
 クーレに問いただすリュウド。そして、キリヤナギはボソッと呟いた。
「……生命が持つエネルギーを研究し、不老長寿の結果につなげる……。あり得ない話じゃないよ……」
 己の事のようにキリヤナギは言った。事実、キリヤナギはかつて仕えていた主の命により、パーティザンをその身に宿し、驚異的な魔力と回復力を手に入れていた。
 だが暴走し、当時の光の王妃に時を止める封印を施され、長い年月を眠る事となった。彼が目覚めたのは、そこから数千年後。今仕えている主によって目覚めされ、パーティザンの封印は強固された。長く過ごす内に、パーティザンとは「共生」の道を辿る。
 ちなみに、再び目覚めたのは、クーレ達の世界から約百年後の世界。変な言い方をするが、この時間帯では、キリヤナギは人知れず封印されているのであった。
「後は――資源戦争の影響もある――かな……」
 遠い目をしながら、ロロピアーナは言った。
「資源戦争って――かつて、エミル、タイタニア、ドミニオン、DEMが争った戦争ですよね?それが……?」
「それぞれの種族のメリットが生きた者がいたら――兵士として強くない?」
「!?」
 問いたサチホだが、ロロピアーナの回答を聞き、驚きのあまり目を点にした。そして、『異種族結婚』が禁じられた理由を何となく察する。
「――それで、この塔が封印されたという訳か。まあ、経緯は知りたくも無いがな……」
 不思議な空間に、宙を浮かぶ技術。少なくとも、タイタニアの技術が使われている事を本能的に悟ったリュウドは、今の素直な気持ちを言葉に出した。
「……リュウドさんの言う通りだね。今、僕達がするのはこの塔を調べる事じゃない。上に上って、ハスターを倒す事だ……!」
 クーレの言葉に皆が頷くと、上に向かう階段へと向かう。ここで生まれた疑念や迷いを払うかのように、一歩一歩を力強く踏んだ。

 階段を上りきると、六角形の形をしたフロアに出た。広さ80メートルはあり、周囲や床は汚れた鉄板で覆われ、天井の照明が部屋の隅々まで照らしていた。奥に階段が見える、クーレ達は慎重に歩を進めた。そして、階段の前まで行くと、リュウドとサチホは足を止めた。
「……どうやら、お客さんの用だ」
 踵を返し、片手剣を構えるリュウド。
「ここは私達が食い止めます!クーレさん達は先へ!!」
 同じく、踵を返すとクナイを構えるサチホ。
「……先に倒しちゃっても文句は言わないでよ!」
「お前――それ死亡フラグだぜ?」
 クーレの言葉に軽口で返すリュウド。それを聞くと、クーレはキリヤナギ達を見る。3人が揃って首を縦に振ると、階段を駆け上っていく。そして、ロロピアーナは途中で足を止めると、振り向きざまに言葉をかけた。
「サチホちゃん!無理しちゃダメよ!!」
「その言葉、そっくりお返しますよ!」
 そして、階段を駆け上るロロピアーナ。それを確認すると、サチホは視線を正面に戻す。
「――姿隠したってバレバレなんだよ、オレへの殺気がな……!」
「姿を現しなさい!!」
 リュウドとサチホが叫ぶと、目の前の空間が一瞬ゆがむ。そして、アサシンのスキル『クローキング』が解除されたかのように、二人の姿が現れた。
 一人は、ダークブルーに染色した鋼鉄兵の鎧を纏い、『斬る』事のみに特化した、大きく、分厚い青色の大剣を右肩に担ぐ、金の短髪の男。
 一人は、黒色の隠密装束を纏い、同じ色のスカーフのような物で顔の下半分を隠し、黒髪を肩の位置まで伸ばした女。
「やる前に聞いておこうか、お前の名前を。オレはリュウドだ」
「……リュウド……」
 リュウドの問いに、リュウドと瓜二つの男は淡々と答えた。
「あなたは……!」
「……忍に名など必要無い」
 サチホに鋭く冷たい視線をぶつけながら、黒髪の女は右の逆手で持った小刀を構える。その顔は、サチホと類似していた。
 二人は言わば、リュウドとサチホのアナザー(別の存在)。
 一拍すると、リュウドの片手剣とアナザーリュウドの大剣が、サチホのクナイとアナザーサチホの小刀が それぞれぶつかり合い、金属の煌めきを輝かせた。

 階段を上りきると一つの部屋に出た。広さは下の階とほぼ一緒だが、通路は中央のみ。手すりの付いた幅3メートルの中央通路左右に、幅5メートルの吹き抜けを挟んで、直径30メートルはある円形の床があった。そして、通路の先には飛空庭の昇降エレベーターのような物が見える。
 クーレを先頭に、キリヤナギが右側、ロロピアーナが左側に位置しながら進んでいた時だった。
「え!?」
「トラップ!?」
 ロロピアーナとキリヤナギの体が、赤色の光に包まれる。
「ロロさん!?きーりちゃん!?」
 クーレは慌てて後ろを振り返ったが、その瞬間、二人の姿が消える。そして、キリヤナギが右側の円形床、ロロピアーナが左側の円形床に移動されると、うっすらと視認できる小さな長方形の壁が無数に現れ、円形床をドーム状に包んだ。クーレは壁を破壊しようと、レールガンランスに右手を差しこもうとした。
「クーレ君!」
「行って!」
 キリヤナギとロロピアーナは揃って右人差し指を指す。その先にあるのは、昇降エレベーター。
「……先に行って待ってるよ!!」
 クーレは駆け足でエレベーターに入ると、左手でボタンを押す。左右の扉が閉まり、上へと上昇する。それを見計らうように、キリヤナギ達の前に赤色のゲートが現れる。モーグの戦いで見た転送ゲートに類似していた。
「お前は――誰だ……!」
「キリヤナギ――と言えば、納得するかな?」
 キリヤナギが鋭い視線をぶつけると、漆黒の衛装ガーディアン、アルチェを纏い、天竜槍タイタニアに似た黒色の片手槍を持った男――アナザーキリヤナギは、ニヤリと笑って受け流した。
「さーて♪遊びの時間よー♪」
「――悪いけど、遊んでいる暇は無いの……!」
 怪しい笑みを浮かべながら、銀のオートマチック銃を右に、黒のオートマチック銃を左に構え、血の色のような真っ赤なヴァンパイアワンピを纏った女――アナザーロロピアーナを対峙して、ロロピアーナは矢筒から矢を取り出した。

 上昇するエレベーターの中、クーレはレールガンランスの柄を左手に持ち、右手を槍に差し込む。
『レールガンランス、セット』
 頭に響く声。そして、振動は止まり、扉が左右へと開いていく。そこは、20メートル四方の部屋。周囲には大型のモニターが数台 設置されており、下の階で見た円柱型のガラスケースがあった。その数は5、中は空だった。奥に階段が見える。クーレはゆっくりと歩を進めた。その先から感じる、『純粋な悪意』を認識しながら。

~第6章に続く~

~第6章『抱くは勇気と想い』~第1話

「はぁ!!」
「……」
 リュウドとアナザーリュウドの動きは揃っていた。
 『神速斬り』。一瞬の内に互いの間合いが詰まると、片手剣と両手剣がぶつかり合う。押し返すように、互いが間合いを取る。
「おらぁ!!」
「……」
 またしても動きは揃っていた。互いが出した『一閃』。衝撃波が中央でぶつかり合い、相殺される。
「これならどうだ!」
「……」
 間髪入れず接近し、リュウドは『ジリオンブレイド』を繰り出す。それは、アナザーリュウドも同じ事であった。無数の剣閃がぶつかり合い、煌めきを見せる。剣閃が止むと、二人は同時に間合いを取る。
「……弱い」
アナザーリュウドは、右手に持った大剣をリュウドに突き出しながら口を開いた。
「なん――だと……?」
 リュウドは片手剣を構えながら、アナザーリュウドを睨む。
「……弱いと言った。強くなる事に迷いがあるようだな。そんな剣では、オレに勝つ事はできん」
「減らず口を……!」
「……大方、強くなる事により、自分の剣が他者に向く事を恐れているのだろ?」
「!?」
 見抜かされ、リュウドは軽く動揺をした。
「――それの何が悪い?」
「何を言ってやがる……!」
「――教えてやろう。強さとは自分以外全てを斬る事だ。敵にしろ、味方にしろ、友にしろ、全てを斬り、最後に自分一人が立つ。それが強さだ」
「そんなのは強さじゃねぇ!!」
 自分に言い聞かせるよう、リュウドは叫ぶ。その怒声を受け流し、アナザーリュウドは右手に持った大剣を左腰の位置に持って行く。その姿は、剣術で言う居合い斬りに似ていた。
「……だったら、証明してみろ」
「見せてやろうじゃねぇか……!」
 リュウドも片手剣を鞘に収め、居合いの構えを取る。
 一瞬の間、二人は同時に間合いを詰め、同時に剣を抜いた。
 互いの位置が入れ替わる。アナザーリュウドはリュウドに背を向けたまま、大剣をバツの字を斬った。
「……ク――ソ……!」
 うめき声を上げると、上半身に真一文字の傷が現れ、血が噴き出した。そして、リュウドの体は前に倒れ込んだ。
「……これが強さだ」
 アナザーリュウドは一瞥もしなかった。

 時は少し遡り、リュウド達が戦闘を開始した同時に、サチホとアナザーサチホとの戦闘も始まった。
 間合いを取り、右手にクナイを持ったまま、左手で投げクナイを2回投げ、時間差で投げクナイを投げる。左右と正面から来る投げクナイにアナザーサチホは回避する事なく、直立不動のまま目をつぶる。そして、そこに実体が無いかのように、投げクナイは素通りしていった。
「――我が身、既に空なり……」
 目をカッと開き、アナザーサチホが間合いを詰める。
「幻視空蝉!?」
 サチホが驚愕の声を上げた時、アナザーサチホは眼前にいた。小刀を左に向けて横に振るう。体に当たる間際で、クナイで防ぐサチホ。その瞬間、アナザーサチホは空いた左手でサチホの頭を掴み下に落とすと、下がった腹に右膝蹴りを繰り出す。
「うぷ!?」
 腹からの痛みが口に漏れる。アナザーサチホは左手を離し、右足を地面に着けると即座に、躊躇無く、左膝蹴りをサチホの顎に喰らわす。
「うぐぅ!」
 うめき声を上げながら、サチホの体が後ろへ弧を描くように飛び、地面にぶつかった。
「ゴホゴホ!痛ぅ!!」
 素早く片膝を着いたまま起き上がるも、腹への攻撃で咳き込み、顎の痛みで顔を歪める。
「……その程度で忍を語ろうなど片腹痛い」
 アナザーサチホは逆手に持った小刀をサチホに向けながら、冷たい視線をぶつける。
「……なん――ですって……?」
 よろよろと立ち上がり、クナイを構えるサチホ。
「……冥土の土産に教えてやる。忍とは全てを捨て去る事。繋がりを捨て、感情を捨て、己すら捨てる事なり」
 言い終えると同時に両膝を曲げ、中腰の姿勢になる。
「そんなの……!」
 サチホも同様の動作を取る。
「――刹那」
 だが、アナザーサチホが速かった。
「……にい――さま……」
 アナザーサチホが通り過ぎた時、心臓に衝撃を受けて、サチホは前のめりに倒れた。
「……その感情が片腹痛いのだ」
 アナザーサチホは踵を返すと、倒れているサチホに向け、冷たい視線をぶつけた。

「はい!はい!はい!」
 アナザーキリヤナギが片手槍で三段突きを繰り出す。キリヤナギは巧みに躱しながら、隙を見て細剣の一撃を繰り出す。
「おっと。危ない、危ない」
 軽口を叩きながら、バックステップして躱すアナザーキリヤナギ。
「……戦いが楽しいのかい?」
 キリヤナギは細剣を前に突き出しながら言った。鋭い視線を『別の自分』にぶつけながら。
「楽しいねぇ。特に命を奪う瞬間がね。キミもだろ?キミは僕なんだから」
「僕は戦いを楽しいと思った事は無い!」
 本来、戦いを嫌うキリヤナギは険しい表情を浮かべ、下卑た笑みを浮かべるアナザーキリヤナギに向けて一直線の突きを繰り出す。
「おっと」
 片手槍を盾のようにして突きを防ぎ、すぐに押し返す。カウンターの突きを繰り出すために、片手槍を右腰の位置に持っていく。
 だが、キリヤナギはその行動を読んでいた。跳ね返されると両足で踏みとどまり、前に跳びながら体を大きく左に一回転させ、そのまま細剣を横に振るう。狙うは相手の首。そして――キリヤナギの細剣は、アナザーキリヤナギの首すれすれで止まった。
「あ――あなたは……!」
 かつて自分が敬愛し、自分のために封印を施した女性の顔を見て、キリヤナギは混乱する。
「……キリヤナギ……」
 呟くように自分の名前を言った声は、紛れもなくあの人の声。幾度も無く聞き、長い眠りから覚めてから、もう一度聞きたくても叶わないあの声。
「ひ――光の王妃様……」
 呟くと同時に目頭が熱くなった時だった。
「隙有りだ!」
 女性の声では無く、自分と同じ声を聞いた時、キリヤナギの左腹が真っ赤に染まる。突き刺された片手槍によって。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 左腹からの熱い痛みにより、キリヤナギは顔を歪ませた。女性の顔をした何かはニヤリと笑うと、片手槍を抜くと同時にキリヤナギの腹へ前蹴りを繰り出す。
「うぐっ!」
 痛みと嘔吐感に襲われたキリヤナギの体が後方へ大きく飛んだ後、地面にぶつかる。
 刺された左腹を左手で押さえながら、力を絞って立つ。左腹の傷は6割ほど治癒が完了していた。視線の先には、漆黒の衛装・ガーディアン、アルチェを纏い、天竜槍・タイタニアに似た黒色の片手槍を持った女の顔を持つ者。
「どじゃ~ん♪」
 女の顔を持つ者が、自分の左手を顔の右から左へと移した時、女の顔はアナザーキリヤナギの顔へと変わった。
「これが、僕のハンサム顔だよ。な~んちゃって♪」
「……キサマ……!」
 自分の敬愛する者を弄ぶアナザーキリヤナギに、激しい怒りを覚える。そして、細剣を体の前に持って行き、刃を上に向けると、踏み込んだ右足と同時に細剣を前に突き出す。
「ライト・オブ・ダークネス!!」
 ガーディアン最強スキルを繰り出す。このスキルは普段ならば操者の意識で光か闇の属性を使い分ける事ができるのだが、この時のキリヤナギを支配していたのは怒り、つまり、負の意識が働いていた。そのため、闇の力が乗った突きとなる。だが――黒色の突きは、アナザーキリヤナギの目の前で止まった。そこにあった顔は『自分』ではなく、『敬愛する者』の顔であったからだ。
「――くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
 悲痛な叫びを上げるキリヤナギ。敵と分かっていても攻撃できない。キリヤナギは優しすぎたのだ。
「右足!左足だ!!」
 左右の腿に鈍い痛みを感じ、両膝が地に着くキリヤナギ。咄嗟に左手は首のチョーカーに触れようとした。キリヤナギのチョーカーは二重になっている。それは、パーティザンの力を封印する二重封印。
「変な動きはしないでほしいな♪」
 女の顔から元の顔に戻ったアナザーキリヤナギはニッコリ笑うと、片手槍をキリヤナギの左手に突き刺す。
「ああああああああああああ!!」
 キリヤナギの顔が苦痛で歪む。指はかろうじて残ったが、手の平の多くを失う。そして、アナザーキリヤナギは右足を大きく振り上げると、キリヤナギの頭ごと踏みつけた。
「ん~~~~♪いい声だ♪どんな名曲でも、これに勝る物は無いね♪」
 うっとりとした表情を浮かべると、アナザーキリヤナギは片手槍を逆手に持った。
「それじゃ、交響曲を始めようか♪キミが死ぬまで、演奏は続くよ~♪」
 頭を足で押さえつけたまま、アナザーキリヤナギは片手槍でキリヤナギの体を突き刺していく。キリヤナギは悲痛の叫びを上げる事しかできなかった。

 隣でキリヤナギとアナザーキリヤナギの戦闘が始まると同時に、ロロピアーナとアナザーロロピアーナの戦闘が開始された。
「一方的になるかもしれないけど、ゴメンね?」
 アナザーロロピアーナの構えた二丁の銃から、次々と弾丸を発射される。
 ロロピア-ナは弦を引く暇すら無く、ただ回避に専念していた。
 放たれた弾丸は透明の壁に当たると威力を無くし、地面に落ちていった。
「……せめて、ボウ・ディレイキャンセルが使えたらねー……」
 ひたすら回避しながら、ロロピアーナは呟く。左手に弓を右手に矢を持ちながら、右へ左へと動き回る。
「……あら?弾切れ?」
 アナザーロロピアーナが交差した両腕を前に突き出しながら呟いた時、ロロピアーナは弓を引き矢を放とうとしたが、すぐに止め、左へと移動する。その直後、1発の銃弾が先程までいた自分の位置を飛んでいった。
「ふぅ~ん。今のフェイントに気付くなんてね~♪」
「――それは、どうも」
 笑うアナザーロロピアーナに対し、ロロピアーナは険しい表情を浮かべた。視えたヴィジョン『矢を放つと同時に1発の銃弾が襲いかかり、放った矢を撃ち落とし、自分の脳天に命中する』が悟られないように。
「けど――これは予想できたかなー?」
 アナザーロロピアーナがニヤリと笑うと、『カン!カン!』と2回音がした後、ロロピアーナの左肩に熱い痛みが襲った。
「痛ぅぅぅぅぅ!!」
 苦痛で顔を歪ませると同時に弓と矢を落とす。そして、反射的に右手で左肩を押さえると視線を左下に落とす。そこにあったのは、床にめり込む一発の銃弾。
「さっすがマグナム弾ねー。二回跳弾しても貫通力があるなんて♪」
 言いながらアナザーロロピアーナは、リロードを終えた左右の銃から弾を発射する。それぞれの弾はロロピアーナの両腿を貫通した。
「くうぅぅぅぅぅぅ!!」
 痛みに耐えきれず、ロロピアーナは悲鳴を上げながら両膝を地面に着ける。
「……まさか――この見えない壁で跳弾させるなんて……!」
 痛みで顔を歪ませながら呟くロロピアーナ。そして、至近距離で自分の頭に向けられた銃口が視界に入った。
「はい♪これで、ゲームオーバー♪」
 アナザーロロピアーナは笑いながら、銀のオートマチック銃の引き金を引き始めた。

~第6章~第2話

 階段を上りきると、塔屋上の端に出た。八角形の形をしており、広い所で50メートルはある。朝、昼、夕、夜の空が各方角に顔を覗かせている異様な空間。そして、屋上の中心地に立つ、左右の手にそれぞれの銃を持った紺青色の機械人形。
「ククク――どうだったC塔は?楽しめたか?」
「ハスター……!」
 戦闘の構えを取るクーレ。対して、ハスターは微動だにしなかった。
「それにしても――お前らはヒドイよなぁ~。あいつらは、被害者なのになぁ~」
「ッ!」
 途中、襲いかかってきたため、やもえず手をかけた事を思い出し、心がざわつく。
「戦争で孤児になった者を集め、長寿や兵士を作るために実験された可哀想な者達――それを殺して、どんな気分になったんだ~?教えてくれよ~~!」
「お前が目覚めさせたんだろ!!」
「ああ、そうだ。オレが目覚めさせた。だがなぁ――実験をやったのは、お前らエミル族なんだよ!ククク!!」
「黙れ!僕は違う!!」
「違わないさぁ!お前、あいつらを殺したんだろ?お前は この塔にいたやつと一緒なんだよ!クーレ!!」
「キサマァァァァァァァ!!」
 反射的に右手を突き出し、レールガンを発射する。それを確認すると、ハスターも右手に持ったロングレールガンを発射する。二つのプラズマ弾が二機の中央で当たり、プラズマが広がる。
『……なるほど、オレが未来から過去に跳ばされた理由が、やっと分かった……』
 プラズマの先に様々な世界が映し出されたのを見て、ハスターは納得した。
『……あの時、オレはキリヤナギに恨みを持っていたが、クーレ達にも恨みを持っていた。そして――アイツはクーレを求めていた。オレらの願望が、この世界に引き寄せたという訳か……』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 プラズマが晴れるやいなや、クーレは脚部のブースターを点火させながら、ハスターに突進する。間合いに入ると曲げていた右肘を一気に伸ばし、レールガンランスの一撃を繰り出す。ハスターは背後の盾を素早く前に移動させ、レールガンランスの攻撃を防ぐ。
「甘いんだよっ!」
 ハスターの前蹴りを喰らい、クーレは後方へと吹っ飛ぶ。
「クゥッ!!」
 痛みの声を上げながら、右膝で着地するクーレ。そして、再び突進しようとした時、クーレの眼前に白い文字が出た。
“警告、冷静になる事を推奨”
「何だと!?」
 思わず、声が荒げる。
“先般の戦闘データを解析――アンノウンは完全に意識を無くしていた。説得は皆無、あの場での行動は貴君が正しい”
「お前……」
 文字だけだったが、今一番聞きたかった言葉を見られて、クーレは落ち着く事ができた。そして、白い文字が消え、赤い文字が現れる。
“警告!対象から熱源反応”
 それを見るやいなや、立ち上がりながら左に避けるクーレ。その横を熱量を持った光線が襲う。光線が途切れると、今度は右に避ける。プラズマ弾はクーレの真横すれすれを飛んでいく。
「ククク――キリヤナギから対処を聞いていた訳か」
「キリヤナギ……?」
 ハスターの言葉を反芻すると、自らを『キーリ』と名乗った者の顔が真っ先に思いつき、光の塔屋上でうつ伏せに倒れている姿が脳裏に蘇った。
「じゃ、知っている訳か。ロング・レールガンとロング・レンジ・ビームライフルの欠点を。2発同時に撃ったら、2秒の隙が生まれるという事を」
 ハスターは、右手と左手に持った銃をクーレに向ける。
「しかし、残念だったな!それを補うために、コレがあるんだよ!!」
 さらに、両肩のブースターが本体と分離し、宙に浮かぶ。
「一斉射撃ってやつだぁぁぁぁぁ!!」
 熱光線――ビームとプラズマ弾、その後方に砲台となったブースターがクーレに襲いかかる。
「フォートレスサァァァァクル!!」
 クーレは反射的に叫んでいた。先程のやり取りで、この機械人形が生きている事を直感したからだ。
 つまり――『マリオネット』と同様なのだ。
 『マリオネット』と同様ならば――『スキル』を使用する事ができる。
 地面にガーディアンの紋章が現れ、クーレを中心とした円を光が包む。
「何だと!?」
 ハスターが驚愕の声を上げる。今のクーレがガーディアンのスキルを使い、ビームとプラズマ弾を防いだ事に。
 そして、クーレはレールガンランスから右手を外すと、柄を素早く逆手に持ち、ハスターに向かって投擲する。レールガンランス両端に付いたブースターが噴射し、加速を増す。
「クッ!」
 素早く盾を前面に移動させ、投擲を防ぐ。レールガンランスは勢いもあったか、空へと高く弾かれる。
 投擲を終えると、クーレは右肩からビームサーベルを手に取り、脚部のブースターを噴射させ、ハスターに向かって突進する。狙いは、宙に浮かぶブースター。防御に気を取られたか、変則的な動きをしていたブースターは動きを止め、宙に浮かんだままだった。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 叫びとともにビームの刃が展開され、横一文字に斬る。クーレが通り過ぎた後、2基のブースターが上下に分かれ、爆発する。そして、間合いに入ると右肘を曲げ、一気に伸ばす。ビームの刃と盾の間に激しい火花が散る。
「狙いが悪かったな!この盾は超耐熱製なんだよ!!」
「そっちこそ残念だったな!僕は細剣使いじゃないんだよ!」
 脚部のブースターの噴射を止め、足を地面に着けると再び噴射させ、斜め上へと飛ぶ。ビームサーベルを右肩にしまいながら、左手で落下してくるレールガンランスの柄を掴み、右手と接続する。
『レールガンランス、セット』
 ハスターの後方へ着地すると、素早く反転し、再度突進する。体を右に捻り、右肘を曲げる。
「食らえぇぇぇぇぇ!!」
 叫びとともに、体を左に捻りながら右肘を勢いよく伸ばす。背中に突き刺し、レールガンを零距離で発射するために。
“何だアレは?”
 ハスターの背中を見て、クーレは違和感を感じる。いくつもの球体が並んだ物が、腰後部の左右端から隠れるように設置されていた。球体の先にあるのは手首。まるで、腕を連想させた。そして、手首が持つ筒に見覚えがあった。悪い予感が頭をよぎる。
「くうぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 勢いよく両足を前に出し、無理矢理に逆噴射をする。それと同時に、ハスター背面の球体がクーレに向かって伸びると、左右の手首が持つ筒から赤色のビームの刃が展開され、交差するように内側へと振る。レールガンランス上下の穂先が溶けた鉄のようにグズグズに落ちる。
『ジェネレーター直撃、爆発の危険大、レールガンランス強制分離』
 クーレの頭に響くと、右腕からレールガンランスが離れ、そして爆発した。
 そして、ハスターは上半身を180度回転すると、左手に持った銃を前に突き出し、躊躇無く引き金を引く。
 迫るビームの光。逆噴射しているため、軌道を変える事ができない。
“やられる!?”
 クーレが思った時だった。
…クーレの保護を最優先とする。
 頭にじゃなく、自分の耳に聞こえた声が響くと、クーレは機械人形の体から出ていた。地面に勢いよく尻餅をつく。尻から痛みが伝わり、顔が歪む。
 そして、白色の機械人形と目が合った。逆噴射しながら体を右に逸らしていた機械人形は、緑色の両目をクーレに向けて一瞬光らせると、装甲の一部を上に上げていた中心部にビームの光を受けた。ビームの光は機械人形の体を貫通する。バーニアから炎が消え、勢いよく仰向けに倒れる。緑色の目を弱々しく点滅させると光が消え、ピクリとも動かなくなった。
「…………」
 クーレは、ただ呆然と見ていた。そして、喪失感に似た感情が襲ってくる。
「う――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 クーレは力一杯叫んだ。両目から涙がボロボロと流れてくる。悲しかった。まるで、親しい者を亡くしたかのように、叫んで泣いた。
「う~~~~~~~~~~~~~~ん!!!いい声だなぁ~~~~~~!!!そいつが聞きたかったんだよぉ~~~~~~!!!」
 盾を元の位置に戻したハスターは、体を僅かに浮かせると、下半身を180度回しながら言った。表情を浮かべる事ができるなら、邪悪な笑みで顔を歪ませていただろう。
「おっと。他のヤツラも片がついたようだなぁ。オレからのプレゼントだ!お前の悲しみをもっと聞かせてくれよぉぉぉぉ!!クゥゥゥゥレェェェェェ!!!」
 ハスターのドス黒い叫びが響くと、クーレの前に4つのパネルが現れる。そこに写っていたのは、
 俯せに倒れるリュウドとサチホ。
 俯せの姿勢で頭を踏みつけられながら苦痛で顔を歪ませるキリヤナギ。
 左肩を右手で押さえ、両膝に地が着いた状態で、頭の直近に銃を向けられたロロピアーナの姿。
「最高級の素体があったんでなぁ!ヤツラそっくりに作り上げて、差し向けてやったんだよ!ヤツラの弱い所を突きつけてやってなぁ!ククク!お前にも見せてやりたがったぜぇぇぇ~~~!!!」
「…………」
 そして、クーレはゆっくりと立ち上がった。その体には覇気が無い。顔も下にむけたままだった。
「お前の分もちゃぁぁぁんとあるぞぉぉぉぉ!!」
 叫ぶと、ハスターの前に赤色のゲートが現れる。そこから出てきたのは、白色の暗黒騎士の鎧を纏い、右手に白色の闇竜槍ドミニオン、左手に黒色の雷剣カラドボルグを持った別のクーレ――アナザークーレだった。
「さあ、自分自身に殺されな!その滑稽な姿を見せて、オレを喜ばせてくれよぉぉぉぉぉ!!」
 ハスターが叫ぶと同時に、アナザークーレはクーレに向かって突進する。そして、右手に持ったドミニオンで突こうとした時――鼻に強い衝撃を受け、後方へと大きく吹っ飛んだ。
「……頭きた……」
 突き出した右拳を戻すと、クーレはポツリと呟いた。
「……あったまきたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 下に向けた顔を一気に上げ、思いっきり叫ぶクーレ。視線は鷹の目より厳しく、怒りを表現するかのように口を大きく広げながら。
「ダークウェポン!!」
 クーレが叫ぶと、闇の力が全身を覆う。それと同時にアナザークーレに向けて、跳ぶように駆ける。
 右親指の腹を口で噛む。皮膚が破れ出血する。血が出る親指の腹をよろよろと起き上がったアナザークーレの体に押しつけると、素早く左斜め下、右斜め下、左斜め上となぞる。
「血の烙印!!」
 アナザークーレは烙印を押されると、再び後方へと吹っ飛ぶ。クーレが繰り出した左の拳によって。
「イビルソウル!!ソウルサクリファイス!!」
 デュアルで会得したスキルにより、闇の力が更に増大する。そして、クーレは倒れたアナザークーレに飛び乗る。
「アビス!!」
 全てを飲み込む虚無の空間が現れ、クーレとアナザークーレが飲み込まれる。だが、元の魔力が低いためか、アナザークーレは涼しい顔をしていた。
「コラプス・オブ・ロウ!!」
 クーレが叫んだ時、アナザークーレの顔が苦痛で歪む。力が魔力に入れ替わり、数十倍以上の闇の力に襲われたからだ。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 断末魔の叫びを上げながら、アナザークーレの体が光の粒子になって散ってゆく。パッシブスキル『闇の従者』により、闇の加護を受けていたクーレはアビスの影響を最小限度に抑える事が出来ていた。この一連の行為、『ダークパワー・コンビネーション』と言っても過言ではない。
 スキルの効果が切れ、すくっと立ち上がると、クーレは鋭い視線をハスターにぶつけた。
“な、何だコイツは……!”
 ハスターは恐怖の感情に襲われた。
“頼りにしていた機械人形をやられ――信頼する仲間もやられ――悲しみや怒りに駆られたはずなのに――何故、絶望しないんだ……!?”
「……もうお前だけだぞ、ハスター……!」
 怒りの表情を浮かべながらクーレは言った。その姿に――ハスターは更なる恐怖に襲われた。
 脳裏に蘇ったからだ。
 分身体として対峙した時、『折れたシャガイを想いの力で復活させ、恐れもせず向かってくるクーレ』の姿が。
「オ、オレを――オレをそんな目で見るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ハスターは両手に持った銃をクーレに向けると、プラズマ弾とビームを同時に発射させた。

~第6章~第3話

 頭の近くで冷たい銃口が光るのを見ながら、ロロピアーナは左肩を押さえていた右手を力なく下げた。その姿を見て、アナザーロロピアーナは観念したと判断し、銀のオートマチックの引き金を静かに確実に引いた。
 だが、アナザーロロピアーナは気付かなかった。
 ロロピアーナの右手が、右腰部の矢筒に位置していた事を。
 銃声が響き渡る。弾丸は――ロロピアーナの頭部に命中せず、真上へと飛んでいく。アナザーロロピアーナの右肘から下にかけての部位が真上へと向いていたからだ。
 ――切断された事によって。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 肉が焦げる臭いが漂う中、アナザーロロピアーナは苦痛で顔を歪ませ、銃を持った左手で失った右腕の箇所を押さえながら、倒れ込み悶絶する。
 地面に銀のオートマチックを持ったアナザーロロピアーナの右腕が、白色の液体を散らしながら落ちる。それをロロピアーナはただ見ていた。刃を展開させたビームサーベルを右手に持ちながら。
「――殺す……!ぶっ殺してやるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 怒りと痛みが混じった顔を浮かべながら、アナザーロロピアーナは黒のオートマチックを左右に振りながら、次々と弾丸を発射する。
「……私の中の――何かの扉が――開こうとしている……」
 迫り来る弾丸がスローモーションで迫ってくる中、ロロピアーナはポツリと呟いた。
「……けど――怖い……。私が――私で無くなるようで……」
『大丈夫です!ロロさんなら絶対に大丈夫です!!』
 いつか聞いた言葉。笑顔を浮かべるサチホがいた。そして、クーレ、リュウド、キリヤナギが現れる。皆、笑顔を浮かべていた。
『大丈夫だー!相棒なら大丈夫だぞー!』
『ロロ姉なら大丈夫だって♪』
『ロロ姉様はロロ姉様です、安心してください♪』
 タイニーゼロ、実の妹であるドミニオンのセミナーラ、タイタニアのマリネッラも現れ、笑顔を見せた。
 両親、妹達、祖母、夫の姿も現れる。ロロピアーナを安心させるように笑顔を浮かべて。
 そして、目の前に赤子が現れた。自分の弟で――生まれたばかりのリーガルだった。リーガルは、小さい右手でロロピアーナの左頬をぺちぺち叩く。
『ろ、ローロー。だぁ♪』
 それは、天使の笑顔だった。
「――みんな、ありがとう……!」
 ロロピアーナは決意した。皆からもらった『想い』で『勇気』を持ち、自分の中の扉を開く事を。
「苦痛にまみれて!死んでいきなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 アナザーロロピアーナが放つ憎しみの言葉で、世界のスピードは元に戻る。弾丸がロロピアーナに触れた時、アナザーロロピアーナは笑みで口元を歪ませたが、すぐ呆然とした。ロロピアーナの姿が消えたからだ。弾丸は見えない壁に命中し、バラバラと地面に落ちる。
「ど、どこへ!?」
 アナザーロロピアーナは、まず首を右に向ける。視界にいなかったので、すぐ左に向ける。その時だった。
「!?」
 驚愕の表情を浮かべる。何故なら、右から気配がするのだ。先程、『いなかった』のを確認したのに。首の動きを最小限に抑え、目で右を恐る恐る確認する。目に映ったのは、ロロピアーナの姿。
 飛び跳ねるように間合いを取り、改めて確認した。ロロピアーナは確かにいて、地面に足を着けずに浮いていた。背中に生えている、右に3つの白いタイタニアの羽、左に3つの黒いドミニオンの羽をゆっくりと前後に動かしながら。
 ロロピアーナは刃の消えたビームサーベルを左手に持ち替えると、右手で左肩、左腿、右腿の順で触っていく。右手が離れた時、受けた銃創が消え、破れた衣類も元に戻っていた。まるで、『最初から受けてない』ように。
「――はっきり言わせてもらうわ。あなたに勝ち目は無い、降参するなら命までは取らないわ」
「ふざけた事を言うんじゃないわよぉぉぉぉぉぉ!!」
 鋭い視線を浮かべるロロピアーナに、アナザーロロピアーナは黒のオートマチックを向け弾丸を発射する。弾丸が当たる瞬間、ロロピアーナの姿が消え、弾丸が虚しく宙を飛んでいく。
「ど、どこよ!?」
「――言ったでしょ?あなたに勝ち目は無いって」
 背後からの声に驚きながら、アナザーロロピアーナは左に体を反転させる。そして、左頬に平手打ちを受け、体が大きく吹っ飛ぶ。ロロピアーナはそれを見ると、右手の平をゆっくりと握りしめた。

「な、何だあれは……?」
 ロロピアーナ達の方へ顔を向けたアナザーキリヤナギは、槍を刺すのを止めて、驚きの声を上げる。その時、キリヤナギは右腕に意識を集中させる。右腕の回復が早くなる分、他の箇所の痛みが倍増する。激痛で声を上げたくなるが、歯を食いしばり耐える。そして、動けるまで回復すると細剣をしっかりと握りしめ、アナザーキリヤナギの右すねに突き刺す。
「痛ぅ!」
 不意に襲った痛みにより、踏みつけていた右足が一瞬浮く。その隙をついて、右へと寝転がり続ける。一回の動作ごとに激痛がキリヤナギを襲った。アナザーキリヤナギが刺さった細剣を抜いた頃には、十分な距離を稼いでいた。
「くっ……!うう……!!」
 呻きながら、ゆっくりと立ち上がるキリヤナギ。白い翔帝の鎧は自分の血で真っ赤に染まっていた。
「フーッ!フーッ!フーッ!」
 荒い呼吸を繰り返しながら、キリヤナギはアナザーキリヤナギに鋭い視線をぶつける。
「まだやるんだ?武器も手放したというのに?」
 片手槍を左手に持ち替えたアナザーキリヤナギは、抜いた細剣を右手で弄ぶ。
「言っておくけど、僕も自然回復を持っているんだよ?」
 ニヤリと笑うと、アナザーキリヤナギの右すねの傷が完全回復した。
「フーッ!フーッ!フーッ!」
 右手をゆっくり腰部の小型バッグに近づけるとケースに入ったナイフを取り出し、口を使ってケースからナイフを抜く。
「それで戦うの?プッ!ハハハハハハ!ギャグのセンスあるよ、キミ!」
 小馬鹿にするように、アナザーキリヤナギは笑った。だが、キリヤナギは覚悟を持って、このナイフを握っていた。口からケースを離すと、ナイフにありったけの魔力を込める。
 ロロピアーナ達の戦闘は自分も見ていた。だからこそ、確信した。『今のロロピアーナなら、これから起きる自分を止める事が出来る』と。
 キリヤナギは躊躇う事なく、ナイフを自分の首へと深々と突き刺した。『パキッ』という音が静かに響く。
「ごふっ!」
 口から大量の血を吐くと、キリヤナギは前のめりに倒れる。首の辺りから流れた大量の血が床を濡らす。
「何!?自殺ショ-!?アッハッハッハッ!まあ、苦しむよりいいんじゃないかな!」
 アナザーキリヤナギは歪んだ笑みを浮かべたが、倒れたキリヤナギの体が一瞬動いた時、笑みを消した。
 キリヤナギはゆっくりと立ち上がった。
 顔と両腕は力なく、ぶらんと垂れ下がっている。猫背の姿勢がそれをさらに強調させていた。
 首に刺さったナイフが自然に落ちる。だが、血は噴き出なかった。それどころか、体中の傷は塞がりかかっていた。欠損した左手も修復されている。
 カランと音を立て、ナイフが地面に落ちた時だった。
「グオォォォォォォォォォォォ!!!!!」
 勢いよく上半身を起こすと同時に、キリヤナギは獣に似た咆吼を上げる。カッと開いた両目は赤色で支配されていた。
 両足のバネを使って、一気にアナザーキリヤナギに飛びかかる。馬乗りにされたアナザーキリヤナギの目に入ったのは、今にも顔面に振り下ろそうとするキリヤナギの右拳。慌てるかのように、顔を女性に変える。
「キリ――」
 だが、言葉は続かなかった。キリヤナギの右拳は躊躇する事なく、アナザーキリヤナギの顔面に振り下ろされた。
「グオォォォォォォォォォォォ!!!!!」
 咆吼とともに、キリヤナギの右拳と左拳が交互に、連続に振り下ろされる。殴るにつれ、腕が肥大していき、覆っていた布が破れ、肩の装甲が弾け飛ぶ。そこから現れた腕は、筋骨隆々の青い腕。
「グオォォォォォォォォォォォ!!!!!」
 キリヤナギの体が黒い炎に包まれる。封印されていたパーティザンに意識を支配されたキリヤナギは、殴るのを止めなかった。

“……オレは――負けたのか……?”
 意識が闇に沈む中、リュウドは自問した。
“……これが――強さなのか……?全てを斬らないと――手に入らないのか……?”
『チガウ……』
 初めて聞く声だが、懐かしさを感じた。
“……何が――違うんだ……?”
 リュウドは問う。その声に向けて。
『リュウド ノ ツヨサハ オモイ……』
“想い……?”
『リュウド ノ ケンガ タシャ ニ ムケラレルコト ハ ナイ……』
“そんなの――”
『ワタシ ガ サセナイ……』
“だが――オレは負けた……。もう一人のオレに……”
『マケ ト ミトメナイカギリ マケ デハナイ……』
“お前は……?”
『ワタシ ハ リュウドノソバニイル……。コレカラモ……。タチアガレ リュウド……』
 リュウドの意識が闇から離れていく。それは、水底から水面へ昇るように。そして、光が見えた。
「ハッ!?」
 カッと両目を開くと、汚れた鉄板の床が視界に入った。胸に鈍い痛みを感じるが、生きている事を実感した。ゆっくりと立ち上がり、胸の傷を確認する。横一文字に裂かれていたが、鍛えた筋肉が内臓までのダメージを防いだ事を知ると、右手に持った青色の長い片手剣を構え直す。
「……生きていたか」
 アナザーリュウドは踵を返すと、大剣を右肩に担ぎながら、リュウドに鋭い視線をぶつけた。
「鍛えた体と武器の潜在能力に救われたか」
「潜在能力――だと……?」
 オウム返しをするリュウド。
 リュウドが持つ、無銘の青く長い片手剣。この剣を手に入れた経緯は既に忘れていた。おそらく、自分のスタイルに合っていたから今まで使ってきたのだろう。だが、潜在強化をした覚えは一切無い。頼りになる相棒として、片時も離さなかったが。そして、何かに気付いたかのように、リュウドは右手に持つ片手剣に目をやる。
「あの声は――お前――だったのか……?クッ――アハハハハハハ!!」
「……何故笑う?」
 アナザーリュウドは問う。理解できないと判断して。
「フッ……。お前――やっぱり強くないな」
「…何だと?」
「教えてやるよ。本当に強いヤツは、笑顔が眩しいんだよ!」
 リュウドは不敵な笑みを浮かべた。
 
 アナザーサチホは倒れているサチホに近づく。確実なトドメを刺すために、逆手に持った小刀を背中に突き刺そうとした所――嫌な予感が働き、バックステップでサチホとの距離を離す。
 振り上げた右腕を元に戻すと、左手で懐から手裏剣を取り出し、サチホの頭部に向かって投げる。瞬間、ピンク色の膜がサチホの体を包み、手裏剣はキンッという音とともに弾け飛んだ。
「……うっ……?」
 呻くと同時に、サチホは ゆっくりと体を起こす。刹那を喰らい、絶命したと思ったが、気絶だけで済んだようだ。
「何故……?」
 首を下に向け、傷が無い事を確認すると同時に、ミアーヤに付けてもらった『忍』のアップリケが、黒から白に変わっている事に気付いた。
 ミアーヤの元の名は、命の守護魔トワ。本人は無意識で、命の加護をサチホに与えていたのであった。その触媒となったのが、『忍のアップリケ』だった。
「ミアーヤさん……」
 サチホは左手で『忍』の文字に触れると、ミアーヤの姿を思い浮かべながら感謝した。
「命の危機に反応する魔力付与をかけていたか、笑止」
 アナザーサチホの言葉に、サチホの体がピクッと震える。
「……どういう意味よ……?」
「忍たる者、己の命すら捨てる。生への執着など持たない。ましてや、絶命の間際に想い人の名を口にするなど、言語道断」
 プツン!サチホの頭の中で、何かが切れる音がした。
「……せからしか(うるさい)」
 ポツリと呟く。そして、サチホはキッとした目でアナザーサチホを睨んだ。
「せからしか!せからしか せからしか せからしか!!ぬしにうちの想いがわかっとったまるか!うちもぬしの考えなど理解そごたなか!全てば捨てる?真っ平ごめんやわ!うちは!うちん道ば行く!うちん忍はそれや!!」
(うるさい!うるさい うるさい うるさい!お前に私の想いがわかってたまるか!私もお前の考えなんて理解したくない!全てを捨てる?真っ平ごめんだわ!私は!私の道を行く!私の忍はそれよ!!)
 サチホは感情を爆発させた。言葉が堰を切ったかのように出てきた。
 普段は礼儀正しく控えめだが、その反面、怒りは凄まじい。今の言語も本人の無意識で出ている。
 だが、サチホを知る者は今の言語を聞いた事が無い。何故なら、『最大限に怒ったサチホ』を誰も見た事が無いからだ。
「聞いてて反吐が出る。すぐ黙らせてやる」
 アナザーサチホが近づき、小刀を横に振るう。
 サチホは右手に持ったクナイで防ぐ。
 アナザーサチホは素早く、左手でサチホの頭を掴もうとするが、サチホが背中をのけ反るように倒れたため、実行する事ができなかった。
 サチホは左足で地を蹴り、バク宙をするように体を回転させる。そして、回転の途中、右足の爪先を伸ばし振り上げる。回転の力が加わった右足が、アナザーサチホの顎に当たる。
「ぐっ!?」
 後方へ、弧を描くようにアナザーサチホの体が浮く。サチホは両膝を曲げながら着地すると膝を一気に伸ばしてバネのように跳び、アナザーサチホの背中に右足による飛び蹴りを繰り出す。
「ぐはっ!」
 背中から衝撃を受け、受け身を取る事ができず、アナザーサチホが転がるように倒れる。
「さっきん(さっきの)お返しよ」
 サチホはクナイを構えながら、倒れているアナザーサチホの背中に向けて言った。

~第6章~第4話

 リュウドの片手剣とアナザーリュウドの大剣がぶつかり合う。相互に出した『神速斬り』により。互いは剣を押し返すと、バックステップで間合いを取る。アナザーリュウドが『一閃』を出そうと構えた時だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 リュウドが突進する。一閃の構えを解き、迎撃に入るアナザーリュウド。
「おら!おら!おらぁ!!」
 右袈裟斬り、左横文字斬り、右上段斬りの連続斬りを大剣で防ぐ。
「ボディがガラ空きだぜ!」
 右上段斬りを防いだ時、アナザーリュウドは腹にリュウドの前蹴りを喰らう。
「ぐっ!?」
 思わぬ苦痛に顔を歪ませるアナザーリュウド。リュウドは剣を両手で握ると、背中につくまで振り上げ、一気に振り下ろす。アナザーリュウドは素早くバックステップし、それを躱す。
 互いの間合いが離れ、それぞれの剣は対する者の顔に向けられていた。
「……先程の言葉を訂正する。お前は強い」
「ありがとよ、お前も強いぜ……!」
 アナザーリュウドとリュウドは、揃って笑みを浮かべた。そして、アナザーリュウドは理解した。先程のリュウドの言葉を。
「……決着を付けよう」
 アナザーリュウドは笑みを消すと、青い大剣を両手で持ち、右腰の位置に移動させ、『ジリオンブレイド』の構えを取る。
「……そうだな……!」
 対するリュウドは片手剣を鞘に収め、腰を落とし、広げた右手の平を柄に近づけると目を閉じる。
 両者の間に沈黙が走る。
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
 叫びとともに、両者は揃って動いた。
 互いの間合いが詰まる。
 アナザーリュウドが大剣を振るう。『ジリオンブレイド』、無数の剣閃がリュウドを襲う。
 だが、リュウドは目を開けない。
 暗闇の中、無数の剣閃が襲ってくるのが分かった。それでも恐れず、前へと進む。
 剣閃を抜け、その先にある大きな光を確認すると、勢いよく右手で柄を掴み、剣を抜く。
 この時――リュウドの体は淡い青色の光に一瞬包まれた。
 リュウドとアナザーリュウドの位置が入れ替わる。互いに背を向けて。一瞬が永遠の様に感じられた。
「……命名――真・居合い斬り……!」
 リュウドは片手剣を鞘に収めると、閉じていた目を開く。
「……真・居合い斬り――見事……」
 アナザーリュウドが呟くと上半身が滑り落ち、地面に落ちる。そして、光の粒子となり、その姿を消した。
「……お前の強さを――忘れない……」
 体を反転させると、リュウドはアナザーリュウドのいた位置に向け、一礼をした。

「くっ……!」
 アナザーサチホは苦しみながら立つと、憎しみの視線をサチホにぶつけた。
「――全てば捨てたやなんか?(全てを捨てたんじゃない?)」
 挑発するように、サチホは冷ややかな視線で返す。
「!?……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 サチホの指摘を受け、アナザーサチホは怒りに支配される。逆手に持った小刀を前に突き出し、刹那を繰り出した。
「殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!」
 壊れた機械のように、一つの言葉を繰り返す。小刀がサチホの心臓を捉えた時、サチホの姿が消える。
「!?」
 驚愕するアナザーサチホ。そして、顎に強烈な痛みを感じた。
 素早くしゃがむと同時に起き上がりながら繰り出した、サチホの右アッパーを喰らって。
「ぬしばぁぁぁぁ!!(お前はぁぁぁぁ!!)」
 サチホは、右拳、左拳、右肘打ち、左肘打ちをアナザーサチホの顔に繰り出す。
「ようもぉぉぉぉ!!(よくもぉぉぉぉ!!)」
 そして、アナザーサチホの首を両手で掴み、右膝蹴り、左膝蹴りを腹に喰らわす。
「うち(私)と兄様をバカにしてぇぇぇぇ!!」
 アナザーサチホの首から手を離すと、蹴り上げるように右蹴りを顎に当て体を浮かせ、地面に着いた右足を軸に、左に回転しながら左横蹴りを繰り出す。
「ぐほっ!?」
 後方に大きく吹っ飛び、壁に激突したアナザーサチホは、白い液体を口から吐きながら苦痛の表情を浮かべる。
 サチホは逆手に持ったクナイを前に突きだし、腰を落とす。クナイが白く光る。かつての戦いで、『神器を削って作った』クナイが。
「極(きわみ)――刹那ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 叫び、突進する。白色に光るクナイが淡い紫色の光に変化し、サチホの体を包む。光の軌跡は、羽ばたく翼の様に見えた。
 光の翼が消えた時――クナイはアナザーサチホの心臓を深々と刺していた。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
 口から大量の白い液体を吐くアナザーサチホ。そして、首を大きく項垂れると、光の粒子となって その姿を消した。その直後、サチホは脱力し、両膝を地面に着けると、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
「……あー!もうーーー!!」
 天井を暫し見た後、サチホは叫んだ。
「甘い物食べたか!お風呂に入りたか!お布団さんに包まって寝たか!」
 感情を抑える事なく、自分の欲望を口に出す。不意に目頭が熱くなり、涙が溢れる。サチホは両腕で目を隠した。
「……兄様に――会いたか……。会いたか……!」
 今、一番叶えたい願望を嗚咽まじりで、サチホは口に出した。その後、ドロリとした感触が口から喉へと流れ込む。
「苦ぁぁぁぁぁい!!」
 上半身を起こすと同時に、顔をしかめながら舌を出すサチホ。
「濃縮エナスタだ」
 声がした方向を見ると、リュウドがいた。リュウドはサチホが起き上がるのを見ると、濃縮エナスタポーションを口にした。
「――苦ぇ……」
 言いながら、顔をしかめて舌を出すリュウド。胸に付いた横一文字の傷が癒やされ、消えていく。
「ちょっとリュウドさん!回復させるためとはいえ、いきなりそういうのは止めてくれますか!?」
 ポーションの効力で活力を取り戻したサチホは、勢いよく立ち上がるとリュウドに迫る。怒った表情を浮かべていたが、今まで使っていた言語は消えていた。
「ああん?じゃ、オレとの間接キスが良かったのか?」
「かかかかか間接キス!!??」
 リュウドに言われ、顔がボンッと赤くなるサチホ。
「その調子なら大丈夫だな」
 ニコッとリュウドは笑う。その笑顔を見て、サチホは安心した。
「行くぞ!」
「はい!」
『……アバヨ、もう一人のオレ……』
『……私のもう一つの可能性かもしれないけど――アナタには絶対にならない……!』
 リュウドとサチホは誰もいなくなった広間を振りかえる事なく、上へと通じる階段を駆け上がっていった。

 平手打ちを食らったアナザーロロピアーナは起き上がると、憎しみの視線をロロピアーナにぶつける。ロロピアーナは、タイタニアとドミニオンの羽を羽ばたかせながら浮き、冷めた表情でアナザーロロピアーナを見ていた。
「すかしてんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 アナザーロロピアーナの体が3つになる。ホークアイのスキル「ミラージュショット」。左に持った黒のオートマチックから三倍の弾丸が発射される。
「これだけじゃないわよぉぉぉぉ!!」
 続き、三体のアナザーロロピアーナは左に持ったオートマチックを上に向け、弾丸を発射する。ホークアイのスキル「テンペストショット」。前と真上からの弾丸が、ロロピアーナを襲う。
「これで終わりよぉぉぉぉぉぉ!!」
 アナザーロロピアーナが言葉を発した時――時が止まった。
 自分以外は停止する世界で、ロロピアーナはゆっくりと動き始めた。
 ビームサーベルの筒を右手に移し替え、左手で手放した弓を拾う。アナザーロロピアーナの背後に移動した時、ロロピアーナはゆっくりと口を開いた。
「――時は動き出す……」
 無数の弾丸が何も無い空間を貫く。その結果に驚愕するアナザーロロピアーナ。そして、背後にあるロロピアーナの気配に気付き、飛び跳ねるように間合いを取る。
「お、お前、まさか!?」
『時を操れるのか!?』
 この言葉が口から出る前に、ロロピアーナは弓を構え目を閉じた。
 木製の手作りの弓が光に包まれる。光が収まった時、木製の弓は、金色に輝く、大きな鳥をイメージする弓へと変わっていた。
 『神射弓・ナスカ』。かつてロロピアーナが手にし、ハスターとの決戦で使用した神器。
 ビームサーベルの筒を弦にかけ引く。筒が光の矢に変化する。
「トリニティ――」
 ロロピアーナの言葉に呼応するかのように、背中に生やしたタイタニアとドミニオンの羽が光を放つ。そして、ロロピアーナの体が淡い赤色の光に包まれる。
「アロォォォォォォ!!」
 弦を放す。光の矢が――消えた。
「――あ……?」
 アナザーロロピアーナは自分の体に穴が空いている事に気付くと、一言だけ発した。後ろの見えない壁に、穴が空いている事には気付かなかった。
「……来世で、まともな生を過ごす事を祈るわ……」
 光の粒子となったアナザーロロピアーナに、ロロピアーナは両目を閉じて祈った。

「グオォォォォォォォォォォォ!!!!!」
 パーティザンに支配されたキリヤナギは、咆吼を上げながらアナザーキリヤナギを殴り続けた。そして、起き上がると倒れているアナザーキリヤナギの顔を左手で掴み持ち上げ、左手を離すと同時に右ストレートを繰り出す。アナザーキリヤナギの体が吹っ飛び、見えない壁に激突する。
「ぐはぁ!」
 アナザーキリヤナギの口から、大量の白色の体液が噴き出る。その瞬間――キリヤナギの意識は戻った。
「……え?」
 驚きの声を上げると同時に、頭に響く声がある。
“……ワレハ オマエト イキルト キメタ。アトハマカセタ”
 聞くと同時に、自分の両腕が元に戻る。キリヤナギは、今でも信じられない表情を浮かべていた。
「クッ……。キサマァァァァァァァァ!!」
 ダメージを回復させたアナザーキリヤナギが怒りの表情を浮かべ、右手に持った細剣で突いてくる。キリヤナギはそれを回避せず、左手の平で受ける。
「うぅぅぅぅ!!」
 左手の平の痛みを耐えながら、キリヤナギは貫き終わった細剣の柄を左手で掴むと同時に、右拳でアナザーキリヤナギの顔面を殴りつけた。
「うぐ!?」
 細剣を離し、後方へ大きく飛ぶアナザーキリヤナギ。
 キリヤナギはそれを確認せず、左手に刺さった細剣を右手で抜く。治癒されていく左手を握ると、何かの筒を掴む感触を感じた。見ると、ビームサーベルの筒が左手にあった。
 反射的に左を見るキリヤナギ。視界に入ったのは、弓を引き終わったロロピアーナの姿と、見えない壁が破かれた穴。
 キリヤナギは左人差し指で柄の突起物を強く押す。ビームの刃が展開し、ピンク色に輝くビームの光がキリヤナギを照らす。
「……ヘイトは――僕がもらう!!」
 キリヤナギは、守護対象である主の子の姿を思い浮かべながら、口に出した。
「ほざけぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 体勢を直したアナザーキリヤナギが駆け出し、左に持った片手槍で突いてくる。正対していたキリヤナギは回避の行動を取らず、右の肘を軽く曲げ、手の甲を上にし、左足を後ろに移動させ肩幅に開いた。
「ハァッ!」
 掛け声と同時に右足を踏み出し、右肘を伸ばして細剣を突く。刃が片手槍の先端に当たり、突きの軌道がずれる。素早く刃を上に向け、片手槍の内側を滑らせながら、アナザーキリヤナギの懐に入る。
「ハアッ!」
 掛け声と同時に、左に持ったビームサーベルを上へと振り上げる。『ジュッ』と焼ける音とともに、アナザーキリヤナギの右腕が宙を舞う。続いて、細剣を高らかに振り上げる。
「ハアアアッ!」
 長い掛け声と共に、細剣を振り下ろす。アナザーキリヤナギの左腕が胴体から離れた。
「うおぉぉぉ!!」
 間髪入れず、キリヤナギは右横蹴りをアナザーキリヤナギの腹に繰り出す。
「あがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
 両腕と腹に受けた痛みによる絶叫をあげながら、アナザーキリヤナギの体が後方へ、大きく吹っ飛ぶ。
「――これがいい声?名曲に勝る?僕には、聞きたくない雑音にしか感じられない」
 冷めた口調でキリヤナギは言うと、細剣を握った右手を左肩の位置まで持って行き、両目を閉じる。
「黒炎よ――」
 キリヤナギの体が黒い炎に包まれる。
「我が力となれ!」
 目をカッと開くと、体を包んでいた黒い炎は細剣に集まり、刀身を燃やす。この時、キリヤナギの体は淡い緑色の光に包まれていた
 払うように右手を右腰の位置まで持って行くと、両腕を広げながらアナザーキリヤナギに向かって駆け出す。右手に黒炎の細剣、左手にピンク色に輝くビームサーベルを持ちながら。
 よろよろと起き上がったアナザーキリヤナギは、突進してくるキリヤナギの姿を確認すると慌てるかのように顔を下に向ける。顔が上を向いた時、アナザーキリヤナギの顔は女性の顔に変わっていた。
「キリヤナギ……」
 女性が言葉を発した時――ビームサーベルの刃は女性の顔を貫いた。
「これ以上!」
 叫ぶと同時に、黒炎の細剣をアナザーキリヤナギの腹へと突き刺す。
「あの方を侮辱するなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 黒炎の細剣とビームサーベルを更に深く突き刺す。細剣の黒炎がアナザーキリヤナギに移る。抜くと同時に背を向ける。そして、両腕を高く振り上げ、一気に振るように腰の位置まで持って行く。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」
 アナザーキリヤナギの体が、黒く、激しい炎に包まれる。
『シャイニング&ダークフレイムクラッシュ』。黒い炎が消えた時――アナザーキリヤナギの体は光の粒子になる事すら赦されず、消滅した
「――冥府であの方に詫び続けろ……!」
 ビームの刃を消したキリヤナギは、鋭い視線を浮かべた顔を僅かに振り向かせた。
 そして、キリヤナギの体は光に包まれた。
「な……!?」
 疑問の声を上げた時、キリヤナギは中央通路に立っていた。位置的には、円形床に飛ばされた場所。
 目の前に、タイタニアとドミニオンの羽を生やしたロロピアーナがいた。左手に持っていたのは『神射弓・ナスカ』ではなく、手製の木弓。
 ロロピアーナは静かに、右手をキリヤナギに向けてかざす。淡い光がキリヤナギの体を包む。すると、まだ癒えていない傷が無くなっていき、破損した翔帝の鎧が修復されていく。暫くすると、鎧は完全に直っていた。機械人形のハスターと戦った時に破れた箇所どころか、付いた血も消えていた。まるで、『時が戻った』かのように。
「最後のは――ちょっと根気が必要かな……!」
 ロロピアーナは、額に汗を浮かばせながら呟く。淡い光がキリヤナギの首に集中し、強い輝きを見せた。
「ロ、ロロ――何を……?」
「――ゴメンね、キーリ――いやキリヤナギ君。全部知っちゃった……」
「え……?」
「今の私――時を操る事ができるみたいなの……。そして――未来や過去を視る事も……」
「…………」
 ロロピアーナの告白に、キリヤナギは沈黙した。
 アナザーキリヤナギの戦闘の時、ビームサーベルが自分の左手に収まったのが不思議と感じたが、これが、ロロピアーナが視た未来の結果である事に納得した。
「そして――これが私が視たヴィジョン……!」
 キリヤナギの首が一層激しく光を放つ。光が収まった時、キリヤナギは首に馴染みのある感触を感じた。魔力を込めたナイフで破壊した、『二重封印のチョーカー』がそこにあった。封印の魔力も十分に感じられる。
「はぁ……はぁ……」
 ロロピアーナは荒い呼吸をしながら、両膝を地面に着けた。背中に生えていた、タイタニアとドミニオンの羽は消えていた。
「はぁ……はぁ……。キリヤナギ君の封印を復活させて――今の力が消える……。それが、私が視たヴィジョン……」
「……良かったのかい?」
 キリヤナギは細剣を腰の鞘に収めると、右手をロロピアーナに差し出した。
「……ありがとね♪よいしょっと……」
 キリヤナギの右手を取り起き上がると、ロロピアーナは両膝を軽くはたく。
「結果を知ったら――未来は楽しめないでしょ?」
「――確かにね」
 二人は笑みを浮かべた。
「あ!ロロさーん!キーリさーん!」
「二人とも無事だったか!」
 サチホとリュウドが駆け寄る。サチホは足を速めると、ロロピアーナに抱きついた。
「ロロさん!心配しましたよ~!!」
「その様子だと、サチホちゃんも苦労したんだね。よく頑張ったね♪えらい♪なでなで♪」
「はにゃ~ん♪」
 笑顔のロロピアーナに頭を撫でながら、至福の笑みを浮かべるサチホ。リュウドは二人の横を通り過ぎ、キリヤナギと正対する。
「――何か、雰囲気変わったね」
「お前は――何も変わってないな」
 キリヤナギとリュウドは暫く顔を見合わせた後、互いに右拳をぶつけた。
「おっと!こんな事してる場合じゃなかったわ!」
 ロロピアーナは撫でるのを止めると、サチホから体を離す。サチホは、名残惜しそうな目を浮かべていた。
「クーレ君の所に急がなきゃ!行こう?リュウド君!サチホちゃん!――キーリ君♪」
「――うん、そうだね。行こう!」
 ロロピアーナの言葉にいち早く反応したキリヤナギは笑みを浮かべると、奥の昇降エレベーターに向かって走り出す。キリヤナギの後に3人も走り出した。

 迫るビームとプラズマ弾。クーレは避けようともせず、手を広げた両腕を高らかに上げた。
 そして思い出す。修理と改修を終えた翔帝防具を受け取った時にアマガツが語った言葉を。
“――先に言っておくけど、この発動は一日に一回。それも体力、魔力、生命力を大量に使うから、発動後は戦闘不能になる。気をつけるんだよ?発動条件は、両腕を高らかに上げた後――”
「アマガツ印のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 力一杯叫ぶと、翔帝の防具が藍色に輝き始める。そして、高らかに上げた両腕を勢いよく前に突き出す。
「リフレクションバァァァァァストォォォォォォォォ!!!」
 叫ぶと、藍色の光は両手に集まり、大きな壁を作った。ビームとプラズマ弾が壁にぶつかる。
「うわぁぁ!!」
 強い衝撃を受け、クーレの体が後方に大きく吹っ飛び、倒れている機械人形の体にぶつかる。
 ビームとプラズマ弾が迫る。発射したハスターに向かって。
『リフレクション・バースト』。魔法『リフレクション』の効果を上げた、アマガツ自製の魔法。通常のリフレクションは魔法のみを反射させるが、リフレクションバーストは体力、魔力、生命力を媒体にする事により、『あらゆる攻撃』を反射させる事ができる。
 リフレクションで反射された魔法は、詠唱者に跳ね返る。
 では、銃などから発射された弾は、どこに跳ね返るのか?
 答えは、『銃本体に跳ね返る』
「グワァァァァァァァァァァァァ!!」
 ハスターは苦痛の声を上げた。ロング・レールガンとロング・レンジ・ライフルの爆発により、両肘から下の部分を失ったからだ。
 機械人形に背を預けながら、力無く座るクーレはそれを見届けると、首を後ろへ大きく倒した。
「……なあ。お前――まだ諦めていないんだろ……?」
 首を機械人形の顔へと向ける。
「……お前に触れて分かったよ……。お前のココロが――『想い』が消えていない事を……」
 機械人形は動かなかった。それでも、クーレは言葉を続ける。
「……魔力も体力も尽きたし、こうやって喋るのがやっとだけど――お前に戦う意思があるのなら……!」
 機械人形の目を見詰める。黒く、長方形のような目の奥が一瞬光ったように見えた。
「……僕の体を――貸すぞ……!」
 機械人形の体が、橙色の淡い光を放ち始める。
「……神憑依……!」
…システム神憑依、開始。
 クーレと『誰か』の声が響いた時、一人は藍色、一体は橙色の光に包まれる。
 光が消えた時、クーレの姿は無かった。
 倒れていた機械人形は、左膝と右拳を地面に着けて座っていた。
 機械人形はゆっくりと起き上がり、黒い目に緑色の光を点した。
「――今更だけど、お前の名は?」
 体の自由は効かないが、意識だけはハッキリしている。クーレは、外側の機械人形に問いた。
「正式名称RX-78AL3-GU。通称ガンダ――」
「長い!」
 機械人形の言葉を遮るようにクーレは言った。
「GU――ならガーディアンだろ!」
「ガーディアン、ラジャ」
「よぉーし!お前――ガーディアンに託した!」
「ラジャ」
 クーレに応えるように、機械人形――ガーディアンは、両目に灯した緑色の光を、一瞬、一際強く輝かせた。

~第7章へ続く~

~第7章『機械の守護者(ガーディアン)』~第1話

 ガーディアンは右腕を曲げ、手を右肩の位置に持って行く。右肩真上の装甲が開き、ビームサーベルの筒が飛び出す。それを掴み、前に突き出すように腕を伸ばす。『ブゥン!』という唸りと同時に、筒からピンク色に輝くビームの刃が展開させる。
「ターゲット、ハスター」
 ガーディアンは右腕を後ろに振るうと脚部バーニアから火を噴かせ、突進した。
「なめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ハスターは腰後部の球体腕を前に移動させ、左右の手に持ったビームサーベルを起動させる。『ブゥン!』という唸りと同時に、血の様な赤い光を放つビームの刃が展開させる。
 両者の間に閃光がほとばしる。ガーディアンのビームサーベルとハスターの左手が持つビームサーベルが激突した事により。
 ハスターは素早く右のビームサーベルで突く。
 ガーディアンは体を右に捻って回避したが、右脇腹に強い衝撃を受け、後ろへと吹っ飛ぶ。ビームの刃を消すと、地面に激突する前に体勢を直し、片膝で地面に着いた。
「痛ってぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 そして、クーレは痛みの叫びを上げた。痛みを感じるのは、憑依でも神憑依でも変わらない。
「ハスターが装備している盾の攻撃と確認」
 ガーディアンの言葉と、ガーディアンからの視界でクーレも確認した。
 ハスターとコード様な物で繋がっている盾は、上下に設置されたバーニアを交互に吹かし、宙に浮いていた。
「……ク――ククク――クククク!!ア~ハッハッハッハッ!!」
 突然、ハスターは高笑いをした。
「クーレの行動に驚き――レールガンなどを失って動揺したが――ビームサーベル1本しか持っていないお前に、不利を感じる事は無かったんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 左右に持ったビームサーベルを展開させ、動く盾で前方を防御させながら、ハスターはゆっくりと近づいてくる。
「さぁ~て!どうやって殺してやろうか~?両腕と両足を斬り落とし、絶望を味わさせながら、じっくり殺してやろうか~?」
 片膝を着いていたガーディアンは立ち上がると、向かってくるハスターに顔を向けた。
「獲物を前に舌なめずり、三流の証」
「……ああん?今、何て言った?」
 思いも寄らない侮辱の言葉に、ハスターは足を止めた。
「当機、学習型コンピューターに記憶。発言者、ソーケ・サーラ軍曹。彼曰く、プロは無駄口を叩かない」
「――プッ!アハハハハハハ!!ガーディアン、ナイスだよ、ナイス♪」
 クーレは高らかに笑った。ハスターをバカにするように。
「減らず口をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 激昂したハスターはガーディアンに向かって走り出した。ガーディアンはビームの刃を展開せず、ただ立つだけであった。
「援軍到着」
 ガーディアンが言葉を発した後、右側から飛び出す者がいた。その者はハスターとの間合いに入ると、青色に輝く無銘の片手剣で斬りかかる。
「チェェェェストォォォォォォ!!」
「リュウドォォォォォ!!!生きていやがったかぁぁぁぁぁぁ!!」
 片手剣の持ち主――リュウドの上段斬りをハスターは左のビームサーベルで防ぐ。片手剣はビームサーベルが放つ高熱に耐えていた。
 ハスターが持つ右のビームサーベルがリュウドに攻撃仕掛けようとした時、ガーディアンの左側から飛び出す者がいた。
「返すよ!」
 その者は赤色のマントをなびかせ、体を左に捻りながら左手に持った物をガーディアンに向けて投げる。そして、右手で腰の鞘に収められた細剣を一気に抜くと両足で地面を蹴り、ハスターに跳びかかる。
「ヘイトは!僕がもらう!!」
「きーりちゃん!カッコイイ-!」
 ガーディアンが左手でビームサーベルの筒を受け取ると同時に、突きをハスターに繰り出すキリヤナギに向かって、クーレは賞賛の声を上げた。
「キィィィィリィィィィィヤァァァァナァァァァァギィィィィィィィ!!」
 右のビームサーベルでキリヤナギの突きを防ぎながら、ハスターは憎しみの叫びを上げる。
 ガーディアンは脚部のバーニアを軽く噴射させ、ハスターとの距離を離した。
「ごめん!1分――いや!30秒時間を稼いで!」
「任務了解!」
 クーレの願いに応えるべく、右にクナイ、左に投げクナイを持ったサチホがガーディアンの右側から飛び出した。
「ロロお姉ちゃんに任せなさい♪」
「ロロピアーナ達の協力に感謝する」
 ガーディアンの左側から駆け出し、弓を引き始めたロロピアーナの背中に向かって、ガーディアンは言葉を発した。
「作るぞ、ガーディアン!お前が今 一番欲しい武器を!両手に持つ物を素材に!僕とお前の『想い』で!!」
 クーレが叫ぶとガーディアンは両肘を曲げ、前に向いた握り拳の手の平を上に向けた。
「システム、『想いの力』開始」
 ガーディアンが言葉を発すると、右手は藍色、左手は橙色の光に包まれる。両方の手の平を広げる。二つの光を発つ筒が宙に浮かぶ。やがて二つは球体になり、互いに重なり合うと、白色に輝く一つの大きな球体となって、ガーディアンの前に浮かぶ。
「武装選択」
 ガーディアンの言葉と同時に、クーレの脳内に4種類の武器が浮かんだ。
 一つはビームサーベル。
 一つは金色の刃が前面に付いた銀色の盾。
 一つはハスターの球体腕が中央に付いた、上下に大きな噴射口が備わった細長い物体。
 そして一つは――
「細剣でも盾でもない!お前に似合うのは!」
 クーレが叫ぶ。4つの武器から1つを選んで。
「選択完了」
 ガーディアンは選んだ。それは、クーレが選んだ武器であった。
「両手槍だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 クーレの叫びと同時に、ガーディアンは白色に輝く大きな球体へ右手を突っ込む。そして、そこにある物をしっかりと掴んだ。

「サァァァァァチィィィィホォォォォォォ!ロロピアァァァァァナァァァァァァ!!」
 放たれたサチホの投げクナイ、ロロピアーナの矢を関節に受け、ハスターが獣のような恨みの咆吼をあげる。
「オレ達の事も!」
「忘れてもらっちゃ困るね!」
 リュウドは斬撃、キリヤナギは突きを連続に繰り出す。ハスターはそれぞれのビームサーベルで応戦する。その度に、球体腕は『ピシ……』という微少な音を出し続けていた。
「刹那ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 その隙を突いて、クナイを前に突きだしたサチホが突進する。盾を移動させ、刹那を防ぐ。刹那の一撃は、盾に小さいが、深い穴を付けるのがやっとだった。
 攻撃と防御に意識を集中したため、ハスターは気付かなかった。淡い赤色の光を放つ一本の矢が、自身の赤く光る大きな右目に向かっていた事を。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 ハスターは右目に矢を深々突き刺され、絶叫を上げる。
「よし!正鵠!!」
 ロロピアーナは右手でガッツポーズを取った。
「キサマラァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
 ハスターは怒りの声を上げ、盾のバーニアを噴射させサチホを押し返すと、半円を描くように移動させ、リュウドとキリヤナギを弾き飛ばす。
「クッ!」
「チィ!」
「おっと!」
 サチホは宙返りをして受け身を取り、リュウドとキリヤナギはそれぞれの武器を盾にして、ダメージを抑える。
 そして、盾はロロピアーナに向かって飛んでいく。ハスターと繋がっているコードを伸ばし続け、バーニアを噴射させ、加速を増して。
 ロロピアーナは動かなかった。だが、それは恐怖によるものではない。何故なら、彼女が浮かべているのは、不敵の笑みだった。
「――30秒、稼いだわよ!」
 ロロピアーナが言葉を発すると、彼女の頭上を『白色に輝く何か』が通り過ぎる。そして、向かってくる盾を弾き飛ばし、宙で回転した後、地面に突き刺さった。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!??」
 弾き飛ばされた盾に引っ張られるように、ハスターの体が大きく後ずさりする。盾を制御し、姿勢を安定させた頃には、リュウド達との距離がかなり離されていた。
「みんな、ありがとう……!決着は――ガーディアンが付ける!」
 クーレが言葉を発すると、ロロピアーナを通り過ぎたガーディアンは足を止め、突き刺さった物を右手で掴み、地面から抜く。抜いた物を高らかに上げると右手首を回転させる。頭上で数回回転させると勢いよく右肘を曲げ、手に持った物を右肩に担ぐ。そこにあったのは、白色に輝く両手槍――レールガンランス。
 レールガンランスは、機械人形ガーディアンの専用装備。そして、これには正式名称がある。正式名称――レールガンランス『シャガイ』。
「――フッ、やっぱりお前らには……」
「両手槍がお似合いだよ!」
「クーレさん!ガーディアンさん!」
「思いっきりやっちゃえー!!」
 リュウド、キリヤナギ、サチホ、ロロピアーナはガーディアンの背中を頼もしく見詰めていた。

~第7章~第2話

「クーレ、許可を願う。クーレの知識、経験をスキャンする事を」
「今更何を言っているの?答えはYESだ!」
 ガーディアンの問いに答えた瞬間、クーレは頭の中を覗かれる気分に陥った。だが、望んでやった事であり、気分は悪くなかった。むしろ、自分に配慮するガーディアンの気持ちが嬉しかった。
 ガーディアンの学習型コンピューターに様々なデータが流れ込む。『ガーディアン』の戦闘スキルが。そして、『クーレ』の人生が。
 ガーディアンは認識した。声、姿は似ているが、求めていた『クーレ』とは別人である事を。
 だが、ガーディアンは確信する。『クーレ』は『クーレ』であると。
 そして、ガーディアンは決意した。クーレのために――彼らのためにすべき事を。
「解析完了。コンバットパターン構築。プログラム『ガーディアン』開始」
 ガーディアンは両膝を曲げると左手を地面に着け、身を低くした。そして、脚部と足裏のバーニアを一気に点火し、ハスターに向かって突進する。
 レールガンランスを右肩に担ぎながら突進してくるガーディアンを見て、ハスターの脳裏に蘇る光景がある。
『折れた神器を復活させ、恐れもせず向かってくるクーレ』
 ハスターは、そのクーレに敗れたのである。
「オレに!オレに近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 半狂乱になり、左右の球体腕を前方に伸ばしながらビームサーベルの刃を展開し、横に振るう。
 だが、ビームの刃はガーディアンに届く事は無かった。ロロピアーナの一撃で右目を失い、距離感が掴めなかったからだ。
 赤色のビームの刃が手前で宙を斬った時、ガーディアンはバーニアの噴射を止めた。両膝を曲げながら地面に着地し、バーニアを再点火させ、斜め前方へと高く跳ぶ。
「スキル『スタンブロウ』」
 バーニアの火を消し、落下すると同時に右肩に担いでいたレールガンランスを振り上げ、着地と同時に振り下ろす。打撃は球体腕の両手首に当たり、手首が地面にめり込む。両方の球体腕が『ピシ!』と大きい音を立てた。
「スキル『ディミソリースピア』」
 体を起こすとレールガンランスを持った右手を左肩の位置に持って行き、右足を踏み込むがら右横へ薙ぎ払う。
 半円を描くその一撃は球体腕の中央を捉え、リュウドとキリヤナギからのダメージを蓄積していた両方の球体腕を粉々に粉砕した。
 そして、左足を踏み込んだ右足と同位置に持って行くと、レールガンランスを両手で持ち、穂先を真上に向ける。
「スキル『ライトニングスピア』」
「いい気になっているなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 右足を踏み込みながら右腕のみで発した突き技は、ハスターが前に素早く移動させた盾によって阻まれる。
 だが、ハスターは気付いていなかった。
 先程、サチホの刹那を防いだ時に出来た、小さく深い穴にレールガンランス左側の穂先が突き刺さった事を。
 ガーディアンは左手でレールガンランスの柄を掴むと同時に右手を離す。そして、指先を伸ばし、レールガンランスに勢いよく接続する。
「レールガンランス、セット」
 そして、レールガンランスの穂 左右後部のバーニア、脚部と足裏のバーニアを同時に点火させると、体をよじる動きを行った。
 盾から『ゴリッ!』という大きな音が響く。一拍した後、音は連続で響いていく。音が速くなるにつれ、ドリルのように回転するガーディアンの動きも速くなる。
「スキル『スパイラルスピア改』」
「お前だけのスキルだな!」
 クーレが叫ぶと、盾は突き刺さった箇所から無数のヒビが入り、高い音を立て砕け散った。
「ぐぼぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 盾が砕けると回転が止まる。だが、突進の力は止まらない。
 レールガンランスに胴体を突き刺され、ハスターは苦痛の叫びを上げた。そして、ガーディアンは左手で右腕を掴むと、ハスターを突き刺したまま、レールガンランスを高らかに上げる。
「レールガン、チャージ」
「ついでだ!オレの想いも受け取れ!」
 リュウドが叫ぶと体が青く光る。その光が、ガーディアンに飛んでいく。
「チャージ25%」
「私の想いも!受け取ってください!」
 サチホが叫ぶ。体が紫色の光に包まれ、その光をガーディアンに飛ばす。
「チャージ50%」
「お姉ちゃんパワーだー!」
 ロロピアーナは、体を包む赤色の光をガーディアンに飛ばした。
「チャージ75%」
「僕の想い!キミに託した!」
 キリヤナギの体を包む緑色の光が、ガーディアンに向かう。
「チャージ100%」
「後は僕らだぞ!」
 クーレが叫ぶと、ガーディアンの体が藍色の光に包まれる。
「ラジャ」
 ガーディアンが答えると、橙色と黄色の光に包まれた。青、紫、赤、緑、藍、橙、黄の色が混ざり、ガーディアンの体が虹色に輝く。
「チャージ120%。スキル『ライト オブ レインボー(虹の光)』――ファイア」
「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」
 クーレ達が叫ぶと同時に、レールガンランスから虹色の光が放たれた。それは、とてつもなく太く、とてつもなく長い光。光の濁流に飲まれ、ハスターの体がレールガンランスから離れていく。
「グワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
 ガーディアンから高さ数十メートル離れた位置で、ハスターは断末魔の声を上げながら、その体を消失させた。
 レールガンランスから伸びた虹の光が細く、短くなっていく。放出が終わると、ガーディアンから虹色の光が消える。
 両腕を下ろし、不動に立つガーディアン。その後ろ姿を見て、リュウド達は戦いが終わった事を確信した。

 虹色の光は天まで届いていた。朝、昼、夕、夜の顔を覗かせる空の中央を貫くと、『パリン!』と空が割れ、黒一色の虚無の空間を覗かせる。暫くして、『ゴゴゴゴ』という音を立てながら空が震え始めた。
「やったのはいいが、これはちょっとヤバくないか!?」
 空の震動によって塔全体が揺れるのを感じて、リュウドが声を上げる。
「と、とりあえず!ここにいるより早く下に降りた方がいいかと!」
 サチホは言った。砂のような物が上へと吸い上げられていく光景を見て、ノドまで出かかった『吸い込まれます!』の言葉を飲み込みながら。
「当機に妙案」
「え?妙案って……?」
「いい考え――って事よね?……爆発――しないよね……?」
 ガーディアンの言葉に、キリヤナギは疑問の表情をロロピアーナは不安の表情をそれぞれ浮かべた。
「HE.ARTスキル『オレにまかせろ!』、実行」
 ガーディアンの体から円を描くように、5個の光の球体が出現する。
「は、HE.ARTスキル!?ず、随分懐かしいのを……。まあ、いいや!『受け取れ!』」
 クーレが言うと、1個の球が光り輝く。リュウド達は一瞬訝しんだが、クーレに習い、『受け取れ!』で想いを飛ばす。
 5個の光り輝く球がガーディアンの体に入り、2倍ほどの大きさになる。そして、左膝を地面に着け、右腕を左に向けると、左人差し指でレールガンランスの内側を指しながら言葉を発した。
「掴まる事を要請」

~第7章~第3話

 ガーディアンはゆっくりと立ち上がる。胴体とレールガンランスの間には、リュウド、キリヤナギ、サチホ、ロロピアーナがレールガンランスに掴まりながら挟まっていた。いい感じで密着されているためか、レールガンランスから手を離しても落ちる事は無かった。そして、ガーディアンは広げた左手の平で、胴体とレールガンランスの隙間を埋めた。
「……何か、イヤーな予感がするなぁ……」
「……キーリさんもですか?私もです……」
「……あ、あはははは……。ま、まさかね~……」
 キリヤナギ、サチホ、ロロピアーナは不安そうな表情を浮かべ、心底落ち着かなかった。特にキリヤナギは、他の二人より顔面が蒼白になりつつあった。
「おいおい!何が始まるんだ!?オレ、何かワクワクしてきたぞ!」
 それに対し、リュウドは何が起きるのかという期待感に、胸が高鳴っていた。
「固定完了」
「あ、あの~。ガーディアン、まさか――」
 クーレが声をかけた時、ガーディアンは勢いよく走り出し、屋上端の数メートル手前で前方へと飛んだ。
「降下開始」
「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 クーレが叫ぶ中、塔の外壁に背中を預けながら、一気に降下するガーディアン。真下に落ちる落下感と激しい振動がリュウド達を襲う。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「兄様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 ロロピアーナとサチホは、涙を浮かべながら絶叫する。
「…………………………」
 キリヤナギは声を上げず、白目をむかせていた。口からは白色の気体を出していた――ように見えた。
「うっひょぉぉぉぉぉぉぉ!!最高のスリルだぜぇぇぇぇぇぇ!!」
 その中で、リュウドはただ一人、興奮した表情で歓喜の声を上げた。
 塔の最下層を過ぎると、ガーディアンは足裏と脚部のバーニアを一気に点火させ、降下スピードを落としていく。両足がゆっくり地面に着くと、静かに左膝を地に着けた。
「降下完了」
「着いたか!楽しかったぜ!」
 ガーディアンに答える事ができたのは、リュウドだけであった。
「あ~………………」
「う~………………」
「……………………」
 ガーディアンから離れたロロピアーナとサチホは、フラフラする頭を押さえながらゾンビのように歩く。キリヤナギにいたっては、離れるとすぐその場で力無く座り込み、放心状態になった。
「あ~……。貴重な体験をしたわ……」
「そう……ですね……。あ、ロロさん。私の飲みかけですけど――飲みます?」
 頭を抑えるロロピアーナに、サチホは気付けに飲んでいたミネラルウォーターの瓶を差し出した。
「サチホちゃん、ありがと♪」
 ロロピアーナは笑顔を浮かべながらサチホから瓶を受け取り、口を付けて水を飲んだ。

 最後のリュウドが離れると、ガーディアンは虹色の光に包まれた。光が収まると、元の大きさに戻ったガーディアンが、左膝を地面に着けて座っていた。胸中央に向こう側が覗ける大きな穴を開けた状態で、仰向けに倒れているクーレに敬意を払うかのように。
「お、おい!クーレ!大丈夫か!?」
 土気色の顔をしたクーレを見て、リュウドが慌てるかのように駆け寄る。
「……あ~……。ごめん……。腰のポーチに……水筒が入ってるから……それを――」
「飲ませればいいんだな!?」
 リュウドはクーレのポーチから水筒を取り出すと蓋を開け、クーレの口に運ぶ。口から飲みきれない分がこぼれ落ちたが、確実に喉から体へと入っていった。すると、土気色の顔に血色が見る見るうちに戻っていく。
「ぶっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」
 クーレは、両腕に力こぶを作りながら勢いよく立ち上がった。ワルツ達の『想い』が込もった ほうじ茶が活力を与えたのだ。
「……濃縮エナスタより効果あるじゃねぇか……」
 リュウドは水筒をクーレに返しながら、思った事を口に出した。
「きーりちゃん」
 クーレはリュウドから水筒を受け取ると、すぐ座っているキリヤナギに差し出した。
「飲む?」
「……え?ああ――ありがと……」
 キリヤナギは水筒を受け取り、中身の ほうじ茶を一口飲む。香ばしいお茶の甘みと苦味が体に流れ込むと同時に、不思議と活力が沸いてきた。
「……ごちそうさま、元気になれたよ」
 元の調子に戻ったキリヤナギは立ち上がると、水筒をクーレに返す。クーレは、ニカッと笑いながら水筒を受け取った。

「最終ミッション開始」
 ガーディアンは立ち上がり、静かに歩き始める。クーレ達から距離を取ると右腕を前に突き出す。体が橙色の淡い光に包まれた時、レールガンランスからプラズマ弾が発射された。プラズマ弾は数メートル先の空間を削り、漆黒の虚無の空間を生み出した。
「電磁パルスガード展開」
 レールガンランスから電磁波が放たれる。虚無の空間が色づき、ゆらりとモーグの風景が現れる。
「貴公達の帰るべき場所、固定完了」
 言うと、ガーディアンは右腕を静かに下ろした。
 リュウドは、その先に、信頼する友達の姿が見えた。
 サチホは、苦楽を共にしたパートナー達、想い慕う者の姿が見えた。
 ロロピアーナは、大事な存在であるパートナー、家族、夫の姿が見えた。
「……帰れる場所があるのは――とても嬉しい事だね……」
 愛する両親、妹、友。そして、一番大事にしている存在を見て、クーレはポツリと呟いた。
「……うん、そうだね……」
 複雑な心境を隠し、キリヤナギは静かに呟いた。

「先に行かせてもらう。ガーディアン、いいファイトだったぜ」
「リュウドの闘志、学ばせてもらった」
 ガーディアンに向けてサムズアップすると、リュウドは空間へ向かう。空間の手前で足を止め、反転してキリヤナギに顔を向ける。
「キーリ!」
「え?な、何?」
「――ショウユは、モーグのルイーザ亭独自の調味料だ。今度会った時、間違った事言ったら、容赦しねぇからな!……元気でやれよ!!」
 突然言われ、困惑するキリヤナギ。その姿に微笑を浮かべるとリュウドは踵を返し、右腕で目の辺りを拭った後、空間に入った。

「キーリさん!色々とありがとうございました!」
 サチホはキリヤナギに向け一礼する。顔を上げた時、意地悪そうな笑顔をキリヤナギに見せていた。
「今度会った時、アップタウンの支店で御馳走してくださいね♪『もう一人の私』に♪フフフ♪」
「サ、サチホ?何を……?」
 混乱するキリヤナギの顔を見た後、サチホはガーディアンに顔を向けた。
「ガーディアンさん、お元気で!」
「サチホの未来に幸有る事を祈る」
 サチホはガーディアンに笑顔を浮かべた後、反転して駆け出した。振り返る事なく、空間に入る。――両目から流れた涙を誰にも見られる事なく。

「じゃ、私も行くかなー。これから大変だと思うけど、頑張ってねキーリ君♪」
 言うと、ロロピアーナは右人差し指を自身の唇に付けた後、同指でキリヤナギの唇に触れた。
「ロ、ロロ!?」
 困惑した表情を作っていたキリヤナギは、顔を真っ赤に染めながら慌てふためいた。
「惚れちゃった?けど、私には夫がいるし、あなたにも奥さんがいるからダメよー♪」
 ニコッと笑顔を浮かべると、ロロピアーナは背を向けて空間へと歩いて行く。そして、手前で踵を返す。
「ガーディアン!ありがとーー!!」
「当機もロロピアーナの活躍に感謝する」
 ロロピアーナは両目蓋を閉じたまま笑顔を浮かべると、ピョンと後ろに飛んで空間に入る。目蓋の裏にある、溢れそうになった涙を最後まで隠しながら。

 残ったのは、クーレとキリヤナギ、そしてガーディアン。キリヤナギがどうしようかと迷った時、ガーディアンは右腕を前に突き出し、橙色の淡い光に包まれた後にプラズマ弾を発射させ、電磁パルスガードを展開し、新たな空間を作った。
「貴公の帰るべき場所、固定完了」
 ガーディアンが開いた場所をキリヤナギは見た。そこに映し出された場所は光の塔、A塔屋上。そして――仕える主、護るべき存在、自分の大事な仲間や部下――愛する妻の姿を見て、キリヤナギは目頭が熱くなり、右目から涙がスゥーと流れた。
「……みんな、きーりちゃんの事――何となく感づいていたみたいだね……」
 キリヤナギが振りかえると、優しい笑みを浮かべるクーレが立っていた。そして、涙を流していた事に気付き、右目を右手で拭った。
「きーりちゃんを見て――『騎士のきーりちゃん』を思い出したよ」
「……『騎士のきーりちゃん』?」
「小さい頃に読んだ絵本。僕、その絵本が大好きなんだ」
 そして、クーレはキリヤナギに近づいた。
「ねえ、聞かせてもらえるかな?きーりちゃんの本当の名前を。僕は――きーりちゃんの口から知りたいんだ」
 ニコッとクーレは笑った。
「私は――ハイエミル、ガーディアン、キリヤナギ」
 キリヤナギもニコッと笑った。
「僕は――ハイエミル、ガーディアン、クーレ」
 そして二人は、笑顔を浮かべたまま、互いの右腕を交差させる。
『笑ってグッバイ!』。この言葉が実に合った。暫くした後、どちらかもともかく、交差した右腕は離れていく。
 キリヤナギは腰に携えていた細剣を抜くと刃を右手で持ち、柄をクーレに向けた。
「これ、ある人から借りていたんだ。申し訳ないけど、返してもらえるかな?」
「うん、いいよ。その人――アマガツさんは僕の良く知っている人だから」
 クーレは柄に施された、『3本の尾を持つ狐』の黒い紋章を確認すると、右手で柄を握り、腰部のポーチに細剣を収めた。

「キリヤナギ」
 空間に向かって歩きだそうとしたキリヤナギに、ガーディアンは言葉を発した。キリヤナギは返事より先に、顔をガーディアンに向ける。
「当機の判断ミスで、貴公を過去に連れてきてしまった事を謝罪する」
 キリヤナギはそれを聞き、呆然としてしまった。機械と認識していた者から謝罪されるとは思っていなかったからだ。
「うーん……。まあ、色々な事があったし、ヒドイ目にも遭ったけど――」
 一拍した後、キリヤナギは笑顔を浮かべた。
「終わり良ければ全てヨシ!かな?後、屋上で僕を助けてくれて――ありがとう……!」
「キリヤナギ、感謝する」
 キリヤナギとガーディアンが互いに感謝の言葉を交わす光景を、クーレは優しい笑顔で見守っていた。

「じゃあね!クーレ君!ガーディアン!」
 キリヤナギは空間の手前に着くと笑顔で振りかえり、右腕を上げた。
「元気でね!きーりちゃん!!」
「キリヤナギに栄光を」
 クーレとガーディアンの返事を受けながらキリヤナギは踵を返し、空間へと入っていく。
「……『この世界』のクーレ君達……。――本当に……ありがとう……!」
 入る手前でポツリと呟く。キリヤナギの右目から流れた涙が、キラリと光った。

「さてと……」
 キリヤナギを見送った後、クーレはガーディアンに顔を向けた。
「ガーディアンはどうするの?何なら、僕達と一緒に暮らす?ワルツ達も歓迎すると思うよ」
「当機にも――帰るべき場所がある」
「……そっかー……。残念――だな……」
 クーレは僅かに首を落とした。
「クーレ、貴公に多大なる迷惑をかけてしまった事を謝罪する」
 ガーディアンの言葉を聞くとクーレは顔を上げ、首を左右に振った。
「……会いたかったんでしょ?『ガーディアンの世界の僕』に」
「――肯定」
「僕は『この世界の僕』だけど――会えて良かったと――思っているよ……!」
 クーレは、両目に涙をいっぱい浮かべていた。
「当機も――貴公に会えて良かったと認識している」
 発したガーディアンにクーレは抱きついた。
「……本当に――本どぉに――ありがど……!」
 顔をガーディアンに押しつけながら、嗚咽交じりでクーレは言った。
「クーレ、感謝する」
 ガーディアンが言葉を発すると、クーレは顔をパッと離し、両腕で顔を拭った後、ニカッと笑顔を見せた。
 体を反転させ、帰るべき場所へつながる空間へと走って行く。空間の手前で止まり、体を反転させると右腕を高らかに上げ、左右へと振った。
「ガーディアン!じゃあ――またね!!」
 クーレは、笑顔で再会を願う言葉を発した。ガーディアンは、この言葉が叶う事は無いと認識していた。
「クーレ、またどこかで」
 だが、ガーディアンも再会を願う言葉を発していた。高く上げた左腕を左右に振りながら。
 空間に入ったクーレの姿が消える。それと同時に、各世界をつなげていた二つの空間が消え、大地全体が大きく揺れ始める。空の亀裂はさらに大きくなり、大きな瓦礫などを吸い込んでいた。
 ガーディアンは踵を返すと、静かに歩いて行く。そして、C塔の真下付近に着くと歩みを止め、顔を真上に向けながら右腕を高らかに上げた。
「クーレ達の世界に、この存在は不要」
 ガーディアンの体が虹色に輝き始める。リュウド、サチホ、ロロピアーナ、キリヤナギ、クーレ、そして、自分と自分に想いを託した者の光が集まる事により。
「エネルギー、全開放」
 虹色の光がレールガンランスに集結し、虹色に輝く球体を生み出す。その球体は、一際大きく、一際強く輝いていた。
「スキル、『ライト オブ レインボー(虹の光)』」
 ガーディアンは認識していた。自分はハスターの一撃を受け、既に破壊された身だと。
 今まで動けるのもクーレが素体となり、また、クーレ達の『想い』を授かった事により動けるのだと。
 そして――クーレ達と出会う前、『クーレ・マイスター』と誰かの『想い』を受け取った事により、この世界のクーレ達に出会える事が出来た事を。
「ファイア」
 レールガンランスから虹色の球体が発射される。それに続き、とてつもなく太く、とつてもなく長い、虹色の光が放たれる。虹色の光を受け、C塔が粉々に砕け散っていく。
「リュウド、サチホ、ロロピアーナ、キリヤナギ……。そして――『もう一人のクーレ』……。貴方達に――会えて――良か――った……」
 ガーディアンの両目から緑色の光が徐々に弱まっていく。両目の光が消えた時、ガーディアンは虹色の光に飲まれていった……。

 黒く、大きい球体から伸びる、とてつもなく太く、とてつもなく長い虹色の光。それが、少しずつ細くなり、細かい粒子になって消えるのを見ると、男は静かに両目を閉じた。
「……食っていいぞ」
「■■■■■■」
 男の許可が出ると、クジラに似たソレは、人では認識できない声を上げ、虹色の光が伸びた、黒く大きな球体に向け、大きな口を広げる。口が閉じると、球体は4分の1ほど姿を失う。クジラに似たソレは、再び大きな口を広げた。
 男は両目を開けると、掛けている眼鏡をクイッと上げ、体を左に向ける。視線の先にあるのは、紺青色の機械人形の頭部。左側の装甲は失われ、内部の機械が剥き出しになっていた。
「……お前の負けだ」
 男が口を開くと、剥き出しの機械の左目が、弱々しい赤色の光を灯した。
「……オ――オマエカ……。オ――オマエガ――アイツニ――チカラヲ――アタエヤガッタンダナ……」
 機械で作られた声が響く。
「……オレがしたのは、アイツにオレが持つ知識と『想い』を託しただけだ」
「キ――キサマガ――キサマガ――ヨケイナコトヲシナケレバ――オレハ……!」
「……それでも、お前は負けていたさ」
 男は眼鏡を直した後、言葉を続けた。
「……結果を言おう。お前は負けたんだよ、ハスター。クーレに、あの機械人形に、クーレと機械人形に。3回もな」
「……ヌ――ヌオオオオオオオオオオオオオ!!イウナ!イウンジャネェェェェェ!!!!!」
 ハスターは機械の声で絶叫した。
「……もういいだろ?お前はオレなんだ。お前の恨みも――オレが受けよう……」
 男は哀しみの表情を浮かべながら、右手を差し出した。
「――フ――フザケルナァァァァァァァ!!オレ ハ オレ ダ!オマエジャナイ!!オレ ハ!コノ ウラミヲ!カク セカイ ニ バラマイテ!イキツヅケテヤルゥゥゥゥゥゥ!!ハァ~ハッハッハッハッハッ!!!!!」
 機械人形の頭部が砂のようにボロボロになると、風が吹いたかのように周囲へ消えていった。
 男は深い溜息を吐くと眼鏡を直し、黄色のマントをなびかせながら体を返した。クジラに似たソレは、すでに黒く大きな球体を食べ終えていた。
「……旅を続けるぞ、クゥトルフ」
 男がクジラ――クゥトルフの頭に乗ると、クゥトルフは尾びれを動かし、次元の狭間をゆっくりと泳いでいった……。

~そして、終章へ……~

~終章『それぞれの新たな日常へ』~

『機械のガーディアン』
 このタイトルが付けられたファイルを本棚にしまうと、オリヴィアは軽い溜息を吐いた。
 そして、あの時を振り返る。数日前の事だが、かなり昔のように感じた。

 機械人形がアクロポリス地下で発見され、タイニーかんぱにーに運ばれた事。
 勝手に動き出し、飛空城からモーグに向かった事。
 着いたモーグで、クーレが機械人形に憑依されていた事。
 紺青色の機械人形が投げた装置により、クーレ達が消えた事。
 数時間後、虹のような光が輝いた後、クーレ達が元の場所に倒れていた事。
 クーレ達が目を覚ました時、リュウドの友や仮面を付けた くるす、ロロピアーナの家族、ワルツ達が彼らに駆け寄った事。
 そして、そこには一人のガーディアンと一体の機械人形の姿が無かった事……。

 西軍の関係者はクーレ達に事情聴取したが、揃って『覚えていない』と答えた。
 タイ兄さんや受付嬢、アルティも事情聴取を終えたクーレ達にこっそりと聞いてみたが、同じ回答だった。
 クーレ達が姿を消して数時間、その間の事を誰も知る事が出来なかった。
 オリヴィアは自分が知る全てを記録化し、ファイルに残したのであった。
「おー終わったようやな、ご苦労さん」
 オリヴィアが振りかえると、4つ足で歩いてくるタイ兄さんの姿があった。
「それにしても――『機械のガーディアン』は やり過ぎなタイトルと思うがな」
「いいじゃないですか、カッコよくて♪」
「フゥー……。お前のセンスはどういうもんや……」
 オリヴィアの言葉にタイ兄さんは二足で立ち上がると、やれやれといったポーズを取った。
「ああ、そうや。その機械人形な?どうやら、カグヤのデータベースに類似しているモンがあったらしいで?ただ、アニメ――向こうの創作物らしいがな」
「創作物――ですか?」
「ああ。んー?何つーって言ってったかな?ガンムー、グーダム……。まあ、細かい事はカグヤに聞いてみい」
「分かりました。ところで、代表。もう一人の――キーリさんの詳細は分かりましたか?」
「全っ然分からん。フェンサーギルドに聞いてみたんが、知らんちゅー回答や。クーレ達も覚えていないと言っとるからなぁ。まあ――どこかで目覚まして、元気でやっとるやろ。――そう願うしか無いで……」
「そうですね、元気でやっているといいですね……」
 溜息を吐くと、オリヴィアは何かを思い出したかのような顔を浮かべる。
「そうでした!代表、今回にかかった費用について話したい事があるとクリスタルさんが――」
「あ!ワイは旅に出るから、後は――」
「あら、ノーデンス?そんなに慌てて、どうしたのかしら?」
「げぇ!クリスタル!」
 笑顔を浮かべるクリスタルに、露骨に嫌そうな顔を浮かべるタイ兄さん。周りにいたアルマや神魔達が、『またか』と言わんばかりの顔をしながら、二人の様子を見ていた。
「……日常ですね……♪」
 その光景を見て、オリヴィアは微笑みながらそっと呟いた。

 ダウンタウンからの階段を上る。太陽は沈みかけ、夜の帳が下りようとしていた。まだ開店前の時間だが、何となく慌ただしい気分に襲われる。僕は門番に会釈しながらアップタウンに入ると、自分の飛空庭へと歩を速めた。
 右手に各種類の酒やジュースの瓶等が入った袋、左手に大きな平たい紙袋を大事そうに抱えている。……付け加えよう。紙袋とは別に、領収書を持っていた。
『レンタル料金100万ゴールド。確かに受領しました。~アマガツ工房~』
 と書かれた領収書を。
「……何で、僕がきーりちゃんのレンタル料金を払わなきゃいけないのよ……」
 僕は、『翔帝の防具と赤色のマント』を身につけたきーりちゃん――キリヤナギの姿を思い浮かべながら、そっと呟いた。
 西軍のランスィやタイ兄さん達に聞かれた時、僕は『覚えていない』と回答した。
 C塔の事、きーりちゃん、そしてガーディアンの事はしっかり覚えている。だけど――敢えて口にしなかった。
『きーりちゃんとガーディアンは、確かにそこにいた』
 この事実だけで十分だったからだ。リュウドさんやサチホさん、ロロさんも同じ想いだったと思う。
 それで、きーりちゃんに頼まれた細剣の返却を買い出しのついでにしてきた。
 アマガツさんはいないから、マスターさんに返して言伝を頼んで帰ろうと思っていたら――アマガツさんはそこにいた。
 何でも、バイト先にあったショウユという調味料の販売ルートを確保、充分な利益を上げた事によりバイト代が かなり上乗せ、結果、マスターさんのお許しが出たとの事だった。流石、アマガツさん……。転んでもただじゃ起きない……。
 んで、まあ――色々あって、その流れで僕が払う事になったのよ、レンタル料金……。ここぞと言わんばかりに、マスターさんはアマガツさんの味方するし……。
 けど、その値段で『リフレクション・バースト』の再構築と新しい槍の作成もしてくれるって言ったから――まあ、いいかな……。……貯金、全部無くなっちゃったけど……。

「あ、ぬし様♪」
 僕の飛空庭に通じる昇降用の紐の手前で、ワルツは笑顔で出迎えてくれた。
「クーレ様♪お買い物お疲れ様です♪あ、お荷物お持ちしますよー♪」
 いろはは笑顔を浮かべながら、僕の右手に持った袋を手に取った。
「あら?だんな様、何か落としましたよ?えっと――100万ゴールド――」
 僕はリースから領収書をひったくるように取ると、右人差し指を口に当てながら、ワルツ達に顔を向けた。
「みんなにはナイショ――ね?特に、グランシャリオさんには……!」
 僕は、渇いた笑みをワルツ達に見せた。
「……はい、分かりました♪」
「これは!私とクーレ様の秘密ですね!キャーーーー♪」
「私は、だんな様を信じていますわ♪」
 笑顔を浮かべるワルツ達を見て、安堵の溜息が出た。そして、僕達は飛空庭へ通じる紐を昇っていった。
「キサマ!遅すぎるぞ!!」
「お姉ちゃん!心配のあまり!ボトル2本空けちゃったんだからねーー!」
「いや……それは……ちょっと違うじゃないかメェ……」
 バハムル、ミアーヤ、アルルに苦笑を浮かべると、僕はカウンター奥の部屋へと足を進めた。
「クーレ、クリーニングを終えた服はハンガーにかけてあるからな」
「クーレ、私がハンガーにかけた。ネコは見返りを求める、にゃー」
 途中、イオリさんに向け右手を上げると同時に、左手でメアの頭を撫でた。
 奥の部屋に入ると、ベスト付きシャツとジーンズ、スニーカーを脱ぎ、黒色のバーテントップス、バーテンダーパンツを纏い、同色の革靴を履いた後、赤色のネクタイを締める。そして、紙袋から一枚のレコードを取り出し、それを手にしてバー店内に移動した。
「あ、無事に買えたんダネ☆」
 レコードをプレイヤーにセットする僕を見て、シカープが笑顔で言った。
『Exceptional Chaotic Orchestra』。それぞれの頭文字を取って、『ECOバンド』と呼ばれている。このレコードには、彼らの様々な『想い』が詰められている。
 スピーカーから音楽が流れ始める。始まりを告げる曲、『FAR AND AWAY』が静かに。
「――さあ、主殿、開店いたしましょう」
 流れ始めた曲が気に入ったのか、グランシャリオさんは微笑みを浮かべながら言った。
「さあ、今日も頑張ろう!」
「「はーい!」」
 僕の掛け声に、ワルツ達が笑顔で返す。

「お晩。時間が空いたから遊びに来た」
 出入り口の扉が開くと同時に、腰の位置まで伸ばした長い黒髪が似合うタイタニアの女性が一人、ぶっきらぼうな口調で入ってきた。
「あ、真魅さん。いらっしゃいませ、お久しぶりですね」
「ようやく、キリエさんから許可が出た。とりあえず、肉とカルーアミルクで」
 カウンター席に座って注文をすると、真魅さんは懐からカタログのような分厚い本を取り出し、読み始めた。
「これは――ちょっと似合わないなぁ……。これは――高すぎでしょ……」
『……許可は出たって言ってるけど、大方抜け出して来たんだろうな……』
 うんうん悩む真魅さんを尻目に、僕は苦笑いをしながら左頬をポリポリ掻いた。
 カクテルと料理を真魅さんに出したタイミングで、一人の客が入ってきた。
「やっほぅ」
「あ、おかーさん。いらっしゃいませ」
 僕が『おかーさん』と呼んだタイタニアの女性は、持っている鞄を重たそうに、ふわふわと背中の羽を羽ばたかせながらカウンター席の端に座る。
 ちなみに、『おかーさん』はニックネームである。本名は「アリス・ルーベル」、カーディナルだ。誰かが『おかーさん』と呼び、その名が定着してしまい、僕もつい『おかーさん』と呼んでしまう。
「マスター、シャリュトリューズ。ノド乾いてるから、トニック割りでお願いするわ」
 おかーさんは注文をすると、鞄から紙と羽ペンを取り出して、何かの絵を描き始めた。
 シャリュトリューズとは、130種類のハーブや薬草などで造られたリキュール。ノーザンの奥地にある修道院のみで造られているが、とある旅人がそこに訪れ、気付けで飲んだ味に感動し、各地でその話を広めた結果、流通が始まった。ちなみに、その旅人とは、紙芝居屋アイリス。彼女が美味しそうに話しするから、僕も買っちゃったわけで……。
 この二人を皮切りに、今日もたくさんのお客様が訪れる。
 徐々に賑やかになっていく店内。
 曲は、『FAR AND AWAY』から『dear my friends』に変わろうとしていた……。

「498!――499!――500!」
 オレは素振りを終えると、鞘に収めたままの片手剣を静かに地面に置く。鞘に付けた大きな岩を取り外すとゆっくり立ち上がり、木の枝に掛けていた2枚のタオルを手に取って、その内の1枚で顔一面に噴き出た汗を拭う。
「今日もいい天気になりそうだな……」
 ファーイーストに訪れた朝日に照らされながら呟くと、オレは左側に顔を向けた。
「きゅ……きゅうじゅうなな……!きゅ……きゅうじゅうはち……!きゅ……きゅうじゅう……きゅう……!」
 オレより一回り小さい銀の短髪をした少年が、自分の身の丈以上の大剣で素振りをしていた。
「ひゃ……ひゃぁぁぁ……く……!はぁ!はぁ!はぁ!」
 素振りを終えると、少年は大剣を勢いよく地面に落とし、そのまま座り込んで荒い呼吸を繰り返した。
「おい。つらくても最後まで剣を手放すな。お前の相棒だろ?」
「は……はい……。し……師匠……すみません……!」
「だから、師匠ってのは止めろって言ってるだろ……」
 オレは軽い溜息を吐くと、使っていないタオルを少年に投げた。
「汗を拭いとけ、体を冷やすなよ?後、水分も摂っておけ」
「……はい!師匠!」
 少年は笑顔を浮かべた後、すぐ荒い呼吸を繰り返した。
「――だから、師匠は止めろって言ってんだよ……」
 それを見て、オレは何故か顔を綻ばせた。

 C塔の一件の後、強さを極めるため、オレは修行の旅に出た。
 この少年とは、アイアンサウス街道で出会った。
 モンスターに襲われている所を救い、アイアンシティまで送ったが、オレの強さに憧れ、その場で弟子入りを申し出られた。
 断固として拒否した。オレも修行の身だ、弟子など取る余裕も無い。家に帰るよう言ったが、予想もしない回答が返ってきた。
「……家も無いし、家族もいない」
 とりあえず、晩メシをおごり、宿屋のベッドで寝かせた後、オレは酒場で酒を飲みながら、マスターに少年の事を聞いてみた。
 少年の言っていた事は本当だった。
 少年の両親は、アイアンシティに拠点に置く商人であった。行商中にモンスターに襲われ、命を落としたとの事だ。
 以降、少年は何かに憑かれた様に強さを求め、身の丈以上の大剣を持つようになった。オレが救った時も大剣を手にしていたから、おそらく力試しをし、返り討ちにあったのだと確信した。
 悲しい事だが、この世界ではあり得る事だ。あの少年に限った事ではない。さらに聞けば、周りの大人も気に掛けており、ロアの事件で玉藻・ロアがいた時には、彼女がより気に掛けていたという。
 だが――オレは、あの少年が気になるようになっていた。あの面影に、どこか見覚えがあったからだ。
 その時、酒場に流れていた音楽が変わった。気になったので、マスターに聞いてみる。『Exceptional Chaotic Orchestra』の『dear my friends』だと言う。
「親愛なる友たち――か……」
 呟くと、オレはグラスに入っていた琥珀色の酒を一気に飲んだ。心は――決まった。

「剣を教える事はできんが、一緒に極める事ならできる。ただし、メシ代とかは自分持ちだ。それでいいなら、一緒に来るか?」
 翌朝。少年が起きるのを待って、オレは言った。
 少年は顔を輝かせながら、首を何度も縦に振った。
「オレはリュウド。お前は?」
「僕は――」
 少年の名を聞いて驚きの表情を浮かべた後、大きく笑ったのをオレは今でも覚えている。

「師――リュウドさん、朝ご飯できたよ」
 少年の声に我に返る。香ばしい匂いがオレの鼻孔をくすぐり、胃袋を刺激される。少年は、軽く炙った食パンに目玉焼きを乗せたのをオレに差し出していた。コイツは、オレが思った以上にタフで、自炊能力が高かった。今まで旅の朝メシと言ったら、宿で泊まる以外は、燻製肉をかじるしか無かったんだがな……。
「ああ、あんがとよ」
 少年が差し出した物を受け取り、塩と胡椒を振りかけて口に運ぶ。サクッとしたパンの食感に目玉焼きの味が合わさって、実に美味い。鍛錬後の空きっ腹と出来たての温かさが、美味さを加速させていた。
 少年は黒色の調味料をかけた後、美味そうに同じ物を食べている。黒色の調味料は、あのショウユだ。誰かが流通を開始した事から、モーグのルイーザ亭以外でも味が楽しめるようになった。だが、それでも一般に広く伝わるのは先の事だろう。

 そう、キーリがいる時代はまだ先だ……。

「リュウドさん?どうしたの?」
 少年に言われ、自分が呆けていた事に気付いた。オレは残りのパンを食べ、ミルクで流し込むと少年の方へ顔を向けた。
「今日はアップタウンに行くぞ。お前に会わせたいヤツがいる」
「それって、リュウドさんが言っていた剣士の人ですか!?うわー!楽しみだー♪」
 少年がピョンピョンと飛び跳ねる。まあ――アイツに連絡は入れていないが、何とかなるだろ。
「じゃ、片付けて行くぞ、リュドー」
 少年の名を言いながら、オレは静かに立ち上がった。少年にかつて戦った、『もう一人の自分』の面影を重ねながら。
「……こっちは元気でやってるぜ、キーリ……。ガーディアン……。」
 リュドーに聞かれないよう、オレはそっと呟いた……。

「……おや?カップが空ですね、お注ぎしましょうか?」
「……いや、お茶はもう結構です」
 丸テーブルを挟んで、仮面を外したくるす兄様とドラゴさんが座っています。二人の真ん中に位置して座っている私は、顔に一筋の汗を流しながら、渇いた笑顔を浮かべていました。
 時刻は昼下がり、場所は私の飛空庭。お昼ご飯を終え、お茶を飲みながら歓談――という雰囲気ではありません。
 兄様とドラゴさんは笑顔ですが――二人の間に、こう『ピシピシ』という緊張感が走っています……。言い換えれば、『一触即発』の状態です……。レコードプレイヤーから流れる、『Exceptional Chaotic Orchestra』さん達の『Maximum Attack!』がその状態を強くさせていました。
「アハハハ……。えっと……私、レコード変えてこようかなー……」
 渇いた笑みを継続して、私が席を立とうとした時です。
「お嬢様、お気になさらず。次の『seeker of the abyss』は好きですから」
 兄様は、笑顔を私に浮かべました。
「そうです、サチホ殿。さらにその後の『lightning break forth』と『wind of catastrophe』のつながりがいいのですから」
 ドラゴさんも、笑顔を私に浮かべました。
「ほう――分かっていますね」
「そういう貴方こそ、分かっていますね」
 そして、兄様とドラゴさんは、険悪な笑顔を互いにぶつけ始めました。
『……どれも、戦闘をイメージするような曲じゃない……』
 喉がカラカラになり、私はカップに入った紅茶を一気に飲み干しました。相変わらず、二人は険悪な笑顔をぶつけています。私は――全てを捨てて、逃げ出したくなりました。
『忍とは全てを捨てる事』
 そんな私をあざ笑うかのように、『もう一人の私』の姿が脳裏に蘇りました。私はその姿を消すように、首を左右に激しく振りました。啖呵を切った以上、負けてられないと。
「兄様!ドラゴさん!」
 私はテーブルをバンと叩くと、勢いよく立ち上がりました。兄様達は驚いた顔を浮かべ、私を見ています。
「ドラゴさん!私――兄様と一緒に暮らしたい!一緒に生きていきたいの!!」
 ドラゴさんは一瞬キョトンとした後、両目に涙を浮かばせながら体をワナワナと震わせました。
 すぐに、私は顔を兄様に向けました。
「兄様!だからと言って、私はドラゴさん達と離れません!これからもずっと一緒に歩いて行きます!これが、私と一緒に暮らす条件です!!」
 今日の課題を、私は一気に言いました。兄様はキョトンとした後、静かに、優しい笑みを浮かべてくれました。
「いいも何も、私は常にお嬢様の幸せを願っています」
 そして、兄様は立ち上がると、右手をドラゴさんに差し出しました。
「では、改めまして。私は くるす。ワイルドドラゴ・アルマさん、これから先もよろしくお願いします」
「――ふ、フン!ドラゴなり、好きに呼べばいい!」
 溢れそうな涙を右腕で拭った後、ドラゴさんは立ち上がり、右手で兄様と握手しました。
 私はそれを見て、ホッと胸を撫で下ろしました。
『サチホちゃん、絶対に大丈夫だよ……♪』
 唐突に、ロロさんの笑顔を思い出しました。
 大丈夫です!焦ってはいません!兄様とドラゴさん達とのこれからを――大事にしていきます!
「やっと、険悪ムードが終わったカナ~?ハイ、サチホ☆新しいお茶だヨ~♪」
「ひゃあ!?」
 背後から左頬を触られ、私は素っ頓狂な声を上げました。声からして、アルカナハート・アルマのアルカナ君に触られたみたいです。
「お嬢様に気軽に触れるんじゃない!!」
「キサマァァァ!サチホ殿に何て破廉恥な事をぉぉぉ!!」
 そして、アルカナ君が後ろに飛んでいきます。兄様とドラゴさんの右パンチを喰らって。
「……お前も懲りないヤツだな……」
 倒れるアルカナ君に、スケルトンシューター・アルマのシューちゃんが呆れ顔で覗き込みます。他のパートナー達もやってきました。
「お嬢様」
 兄様が私に近づくと、そっと耳打ちをしました。
「……これからの生活が楽しみですね……」
「……はい……!」
 私は、最高の笑顔を兄様だけに見せました。

「ああ、そうだ。サチホ――って、後の方がいいか?」
「ななな何かなシューちゃん!」
 シューちゃんに突然言われ、私は顔を真っ赤にしながら、まくしたてる様に答えました。兄様も恥ずかしかったのか、仮面で顔を隠します。
「今度、アップタウンにこの店ができるらしいぞ。出来たら、皆で行かないか?」
 シューちゃんから一枚のチラシを受け取り、内容を見た時――『あの人』の声が頭の中に聞こえてきました。
『アップタウンで見かけた店はここが本店なのか。興味はあるんだけど、仕事でなかなか来られなくてね』
 それは、以前モーグで食べた事があるチョコレート専門店が、アップタウンに支店を出すお知らせ。『あの人』と初めて会う きっかけを作った店。。
 戦闘曲から『Hello Hello』に変わった時、私は思わず呟いていました。
「……ハローハロー元気ですか……?」
 遠い世界にいる、私の大切なお友達……キーリさんの顔を思い浮かべながら。
「……ハローハロー元気ですか……?」
 私はもう一回呟きました。一緒に戦った、ガーディアンさんの姿を思い浮かべながら……。

「……キレイ……」
 エル・シエル上層のベンチに座り、落ちていく夕日を見ながら、私はそっと呟いた。
 この風景は、エミル界でもドミニオン界でも変わらない。C塔で見た異質な空を知っているから、余計にそれを感じた。
 私、ロロピアーナは、暫くお婆ちゃんが住むエル・シエルで休養を取る事にした。けど、それはただの名目。本当の目的は、『私の中に眠っている力』を詳しく調べるため。
 家族と合流して、エル・シエルに着いた時、タイタニアドラゴン君に呼ばれた。少年の姿をしたタイタニアドラゴン君は全てを知っていた。家族に余計な心配を与えないため、色々と配慮と根回しをしてくれた。
 調査の結果、私のスキルは失っていない事が分かった。それだけでも驚いたのに、更に驚く事をタイタニアドラゴン君は言った。
「ロロピアーナのスキルは眠っているだけ。新たな力に生まれ変わるために。今回の場合だと、生命の危機に直面したため、活性化して表に出たんだと思うよ」
 びっくりして、仰天したじょー……。そして、私は聞いた。
 冒険者止めた時も命が危ない場面は何回もあったけど、何でこのタイミングで目覚めたのか。
 この力は今後とも現れるのか。
 後、タイタニアとドミニオンの血を継いでいる妹達や弟にも力が現れるのか。
 タイタニアドラゴン君 曰く、
「分からない」
 ズッコケそうになったじょー……。結局は、
「妹さん達も含めて、今は力が出る事は無い。けど、何かしらの危機が訪れた時、力が現れる可能性がある。言えるのは――今は普通の生活が出来るよ♪」
だって。全くもう……。
 ちょっとお話を変えよう。
 私の一番下の弟――赤ん坊のリーガルが初めて喋ったの♪モーグで私と再会して、右頬をぺちぺち叩きながら、『ろ、ローロー、だぁ♪』って♪
 すっ~ごっく可愛かったの♪……思えば――あの笑顔が私を救ってくれたのね……。
 けど――今、リーガルが一番懐いているのは、私の二番目の妹のマリネッラ、愛称はマリー。
 私には妹が二人いて、一番目がドミニオンのミーナで、二番目がタイタニアのマリー。そのマリーに、すっごく懐いているの……。
 えっと――その――私達3人の中で……胸が……一番大きいのよ、マリーは……。
 ま、まあ……私の胸は、他の人に比べたら小さいわよ?けど――リーガルの反応を見ると、『やっぱり胸なの?』って反応しちゃう自分がいるわけで……。うう……何か、言ってて悲しくなったじょー……。
 ふと、静かな音楽が流れているのに気付いた。音源は右斜め前方のベンチ。確か、この曲は――『Exceptional Chaotic Orchestra』の『Hello Hello』
 膝に乗せていた数枚の紙を右手に持ってベンチから立ち上がり、音楽が流れている場所へと歩いて行った。
「こんにちは♪」
 ベンチに座るタイタニアの男の子に笑顔で話しかける。男の子は、横に置いた手製の携帯型レコードプレイヤーで音楽を聴きながら、分厚い本を読んでいた。
「ん?えっと――どちら様ですか?」
 男の子は警戒心を露わにしながら、言葉を口にした。
 当然よねー。日没時期に知らない女性が話しかけてくるんだもん。けど、この時間じゃないとキミに会えないのは『分かってた』からねー。通報されるのも嫌だから、早いとこ用件を済ませよう。
「私はロロピアーナ。これ、図書館で落としたでしょ?司書の人に聞いたら、この時間、この場所で本を読んでいる事があるって聞いたから、待ってたの」
 私は、右手に持った数枚の紙を男の子に手渡した。
「――ああ、これは僕が考案している二重封印の。すみません、ありがとうございます」
 男の子は読んでいる本を閉じると横に置き、ベンチから立ち上がって、私に一礼をした。
「じゃ、私はこれで。お勉強、頑張ってね♪」
 男の子に笑顔を浮かべると、私は踵を返して歩いて行く。図書館で紙を拾い、司書に尋ねたのは事実。
 だけど、私はそれを『知っていた』。力を失う前に、『視た』からだ。
 だから――返す前に、ちょこっと書き加えさせてもらったわ。キーリ君――いや、キリヤナギ君に施した二重封印を参考にして。
「……キーリ君にガーディアン、元気でやってるかな……♪」
 空に帳が落ち始め、現れた一番星に遠い未来にいる友人の顔を思い浮かべると、私はお婆ちゃんの家へと足を進めた。家族が待っている家へと。
 向かう途中、ある人とすれ違った時、私は足を止めて振り返った。
 背中まで伸ばした金色の髪に真っ赤なワンピースを着たタイタニアの女性。これだけだったら、気にしないんだけど……私と『同じ顔』をしていたように見えたからだ。
「ピンクエピドート!こっちこっち!」
 声をあげるタイタニアの男性に、その女性は向かっていった。後ろ姿しか見えないが――たぶん、満面の笑顔を浮かべているのだろう。
 そんな二人を見て――私は、自然と下腹部を優しく撫でていた。そして、タイタニアドラゴン君の言葉を思い出した。
「ロロピアーナが力に目覚めたのは――自分がよく知っているんじゃないかな♪」

「……やっぱり、未来を知らない方が楽しめるわね♪」
 二人の恋人に背を向けると、私は家族が待つ家へと足を向けた。今日は、旦那さんも合流する。会うのは、本当に久しぶり。
「今日は、いっぱい甘えちゃおうっと♪」
 私の歩は、スキップへと変わっていた。

「はぁ~~~…………」
 僕はウイスキーを飲み終えると、深い溜息を吐きながら、バーのカウンターテーブルに突っ伏した。客は、僕一人だった。
 とにかく疲れた……。そして、今までの事を思い出す。

 目が覚めると、僕はモーグの病院のベッドにいた。そして、僕の顔を覗き込む仲間達の顔。聞くと、僕は光の塔A塔の屋上で倒れていたとの事だ。数日たっても連絡が無い事から、モーグ市長が捜索隊を派遣したのだが、上に上る階段が破壊されていたため、発見が遅れた事も知った。
 それを聞き、僕は『過去に跳んだ』事が夢でない事を認識した。
 けど――それからが大変だった……。仲間達への説明、関係各所の詫び状や報告書、そして今まで溜まった書類を片付けるのに、三日間もアップタウン元宮の執務室にカンヅメとなったのだから……。
 一番大変だったのは、仲間達への説明だった。
「ちょっと、過去に跳ばされちゃって、事件に巻き込まれちゃった♪てへ、ペロ♪」
 ……アイツみたいに、こんな一言で片付いたら楽なんだけどなぁ……。
 とりあえず、
『急な落雷で階段が破壊され、その時に小型端末も故障、救援が来るまでサバイバルしていた』
と強引に通した。皆、納得しない顔をしていたけど――結果的には、それが通った。
 ただ、主には本当の事を報告した。実際、主の命で過去に跳んだ事があるからだ。
 だけど、C塔の存在は隠した。あんな存在は、知られない方が世のためだ。
「そうか、大変だったな。だが、無事に帰ってきて何よりだ」
 主はそれだけ言うと、その場を離れた。だけど、僕は気付いていた。ロロ――ロロピアーナの名前と容姿を告げた時、左目尻が僅かに動いたのを……。

 仕事から解放され、まっすぐ家に帰ろうとしたけど……何故か、足がこっちに向いた。明日、休暇をもらったというのもあるのだが……。
「きーりちゃん、疲れてるね?まるで、三日間カンヅメしてたようだけど?」
「何で、クーレ君がそれ分かるのーーーー!?」
 僕は上半身をガバッと起こすと、バーのマスターであるクーレ君に驚きの顔を見せた。
「もう一杯かな?」
「……うん、もらえる?」
 クーレ君は、空いたグラスに琥珀色の液体を注いでいく。液体は球体の氷に冷やされ、中で様々な動きを見せた。
 音楽は『Hello Hello』を終え、今までの楽曲をミックスした曲が流れ始めた。100年以上前、『Exceptional Chaotic Orchestra』がレコードで出した曲。僕はCDという媒体で家で聴いているが、いつ聴いてもいい曲だと感じている。当然、彼らのCDは全部持っている。
「そういえば――クーレ君はレコードで持っているんだね?」
 今はCDが主流なので、レコード自体が稀少だ。僕は浮かんだ疑問をぶつけた。
「ああ。これ、先々代以上前のオーナーが残していった物なんですよ。何でも、手に入れたオーナーが知り合いに頼んで、魔力付与してもらって、劣化などを防いでもらっているとか」
「へー……」
 ウイスキーを一口飲み、僕は相槌を打った。疲れているためか、いつも以上に酔いが回ってる気がする。クーレ君の顔が、『過去に会ったクーレ君』の顔に見えてきた。
「そういえばさ……。『騎士のきーりちゃん』って、どんな絵本なの?」
 言った時、僕は我に返った。何を聞いているのだと軽く後悔した時だった。
「故郷で広く広まっている絵本ですよ。たぶん、これを知らないファーイーストっ子はいないんじゃないかな?」
「ファー……イースト……?そ、それって、どんなお話なの?」
 予想外のクーレ君の言葉を聞いて、少し酔いが醒めた僕は、身を乗り出すように尋ねた。
「心優しい騎士のきーりちゃんが、困っている人々を助けながら、洞窟に住む魔物を退治する物語です。最終的に魔物を赦し、自分の体に住ませ、王国を護っていく所でお話は終わります。ただ退治するだけでなく、赦して一緒に生きていく所が、僕は好きですけどね」
「…………」
 クーレ君の言葉を聞いて、僕は言葉を失った。
 表現はかなり抽象されているが、これは紛れもなく、『ファーイースト王国の王子』として生きていた僕の話だ……。この事を知っているのは、ごく僅かだ。その内の誰かが――僕の事を想って――この物語を作ったのか……?
 不意に目頭が熱くなり、涙が溢れそうになった。そんな僕に、クーレ君はハンカチを差し出してくれた。
「埃が目に入ってしまいましたか?すみません、もっと掃除をキチッとしておきます」
「……うん、気にしてないから大丈夫……」
 僕はハンカチを受け取り、溢れそうになった涙を拭きながら、クーレ君の優しい嘘に感謝した。何故なら、カウンターテーブルはおろか、バックバーのボトルまでピカピカに磨いてあるからだ。
「あ、そうだ。故郷で思い出しました」
 クーレ君はしゃがみ、カウンターテーブルの内側を探し始めた。
「ああ、あった。これ、故郷の実家を大掃除した時、ふいに出てきたんですよ」
 言いながら、クーレ君は一枚の古びた封筒を出した。かなりの年数が過ぎているのか、紙は茶色に変化していた。
「これ、どう見てもきーりちゃん宛ですよね?だから、店に来た時に渡そうと思っていたんですよ」
 クーレ君が指差す先には、大きく、黒い文字で、『親愛なるキリヤナギこと きーりちゃんへ!』と書かれていた。僕は封筒を手に取ると裏に返し、フェンサーの紋章が押された赤色の封蝋を剥がして、中に入っていた紙を取り出す。
「……ぷっ!あはははははははは!!」
 その紙を見て、僕は大きな笑い声をあげた。
「え?と、突然どうしたの?」
「あははは!あ、大丈夫、大丈夫。ところで、次の一杯は別のウイスキーにしたいんだけど、クーレ君が選んでくれるかな?値段は気にしなくていいから」
 僕の言葉を聞くと、クーレ君は一瞬きょとんとした後、体を反転させ、バックバーのボトルを確認しはじめた。
 僕は中に入っていた紙を再び見て、また笑いがこみあげそうになった。
『レンタル料金100万ゴールド。確かに受領しました。~アマガツ工房~』
 と書かれた領収書に、
『絶対に払ってよね!!byクーレ』
 と手書きで書かれた、黒く大きな文字を見ながら、笑いと涙がこみあげそうになった。
 そして僕は……『あの世界』のクーレ君とリュウド、サチホにロロ、そして……ガーディアンの姿を思い浮かべながら、グラスに残ったウイスキーを一気に飲んだ……。

EMIL CHRONICLE ONLINE

SAGA-EX GUARDIAN OF MACHINE

MAIN CAST

クーレ

リュウド

サチホ

ロロピアーナ

キリヤナギ

GUEST CAST

はにゃ

パリ☆ミ

アイアンウルフ

せつこ(モモンガ)

Ragdoll(ラグドール)

ビブリア
エラトス

吉村みつ

クルシェンヌ

サラ・チャーチ
カシス
マナ=ティアース

くるす

セミナーラ(ミーナ)
マリネッラ(マリー)
リーガル

アマガツ

真魅

アリス・ルーベル

SPECIAL GUEST

Exceptional Chaotic Orchestra(ECOバンド)

HERO

ガーディアン

そして……

…………エンジン起動確認。
「……電源は入ったみたいだけど――う、動くのかコレ……」
……当機の中から声を確認。
「動いて――動いてくれよ……!このままだとみんなが……!」
 徐々に意識がハッキリしてくる。声の主を探ると、16歳位の少年がシートに座りながら、左右のコントロールレバーを握っていた。
 私はどれくらいの時を過ごしていたのだろうか……?
 いや――私は破壊されたはず……。
 ハスターの一撃を喰らって……。そして、C塔を破壊した時に……。
 ――待て、何故私はこのように思えるんだ?私は――機械のはずだ……。
 とりあえず、状況を確認しよう。CPUを辿り、自分の体を確認する。
『正式名称:RX-78AL3-GU』。この文字を見つけた時、私の体は以前変わらない人型機動兵器だと言う事が分かった。ビームサーベルも両肩に内蔵されているのが確認できた。
 次は場所。至る所が朽ちているが、人型機動兵器の整備工場だと認識する。同時に、機材の規模、少年が乗り込んでいる事から、私の体は18メートルくらいの大きさであると理解した。重力や空気を感じる事から、少なくても宇宙空間では無い事は確かである。
 ここは、私が知る世界なのか?
「爆発音!?見つかった!?」
 爆音が響き、震動が伝わる。私は状況をレーダーで確認した。
 ライフルやバズーカを持った、全長18メートルくらいの人型機動兵器5機、それに並行するバギー車1台を確認。人型機動兵器の該当データが無いが、手足などの関節部に類似データがある。新型もしくは、装甲を変えているのであろう。
 それで、私は理解した。この世界は、『私のいた世界』だと。
「え?ぱ、パイロット登録?」
 少年が見るモニターに
『a pilot name is registered(パイロット名を登録)』
という文字を浮かばせた。少年はタッチパネルを操作し、文字を入力していった。
『Kure Sanger』
 入力された文字を見て――私は驚愕した。
 もし、人の身なら、感動で体を震わせ、涙を流していただろう。この時ほど、機械の体である事を恨めしく感じた。
 だが……!私は――再びクーレに出会える事ができた……!
『Completing Registration Our Machine and RX78AL-3GU(登録完了、当機、RX-78AL-3GU)』
 登録完了を告げ、自分の正式名称をクーレに伝える。文字を消して、通称名を現す。
『GU――』
 続けて、『N』の文字を現そうとしたが、私のメモリに記憶された声が蘇る。
「GU――ガーディアンだな!」
 そうだったな、私は……!
「G、U、A、R、D、I、A、N……。ガーディアン……?」
 ガーディアンだ……!
「よ、よぉし!ガーディアン!力を貸してくれ!アイツらを倒して――みんなを守るために!」
 少年が左右のコントロールレバーを握り、フットペダルを踏む。
 私は了解の返事代わりに、左右の目に緑色の光を灯せると一瞬激しく光らせた。そして、直立の姿勢からゆっくりと右足を一歩踏み出す。
 私はメモリに、今まで出会った者達の姿を記録させた。
 クーレ・マイスター、リュウド、サチホ、ロロピアーナ、キリヤナギ、はっきりとした顔は認識できないが、私に想いを与えてくれた者達。
 そして、ガーディアンのクーレ……。
 私は、貴方達の事を忘れない。これから先も――貴方達から託された『想い』を胸に、これからも生きていこう。
 そして、私の中にいるクーレ……。
 貴方が誰かを護る意思がある限り、私は貴方に力を貸そう。
 私が貴方の――いや、言い返そう。相応しい言葉があった。それも、メモリに記憶させよう。

『ボクが、キミの盾になる』

エミル・クロニクル・オンライン
サーガEX 『機械のガーディアン』

END

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